第一話「フォルティスへ」
第六章の始まりです!
トリア歴三〇一九年四月二十四日。
ロックハート家の子爵陞爵とそれに伴う政治関係の話、更に鍛冶師ギルド絡みの案件について、帝国内でやるべきことはすべて終えた。
ロックハート家に不利益になることはなく、無事にやり終えたと言ってもいいだろう。まあ、何となくだが、鍛冶師ギルド絡みの案件が多い気がするが。
北部の主要都市ウェルバーンを四日前に出発し、中部域の主要都市ネザートンに到着した。
北部域での盗賊・魔物掃討作戦は未だ開始されておらず、ウェルバーンとネザートンを結ぶ北方街道は依然閑散としたままだった。
北部総督であるラズウェル辺境伯に聞いた話では、掃討作戦の開始は五月一日とし、現在は各地に騎士団・傭兵団を派遣している最中ということだ。
そのため、魔物や盗賊の襲撃が懸念されたが、大きなトラブルはなかった。
掃討作戦に参加する兄ロドリックは元々治安が悪かった東部のタイスバーン子爵領に向かっている。タイスバーンはポルタ山地に近いだけでなく、ファータス河を挟んで自由国境地帯に近いことから盗賊が多く潜んでいるという情報があったためだ。
辺境伯は愛娘ロザリンドを危険な地に送ることを嫌い、兄にも別の地域を担当するよう提案したらしいが、兄だけでなく、ロザリンドからも反対され、止む無く許可したらしい。
殺伐とした雰囲気が漂う北部域とは異なり、中部域は相変わらず平和だった。特にネザートンは前回のような祭の喧騒もなく、平穏そのものだ。
いつも通り、鍛冶師ギルドに向かい、宴会に参加する。その席で支部長のカール・クリューツからラスモア村に修行にいく職人たちを紹介された。
「こいつらが一緒に行く職人たちじゃ」
彼の後ろには酒造りの職人らしき若者十人と、蒸留器造りを学びに行くドワーフ五名がいた。ドワーフは三十代から四十代の比較的若い世代で皆独身だ。聖地ラスモア村に行けるということでニヤニヤ笑いが消えない。
そして、今回の代表者らしい一人の若者が一歩前に出る。
「今回の責任者、バートラムじゃ。うちの若手職員で一番やる気を見せた男じゃ……」
バートラムは人間の男性で、身長は父と同じくらいでガッシリとした体つきと濃い髭が特徴的だ。後で聞いたら二十六だそうだが、三十代後半のベテラン傭兵といってもいいほど貫禄がある。
「バートラムです。仲間からはバートと呼ばれております」
単に緊張しているのか、それともカールたちの期待が大きすぎるのかは分からないが、若干声が震えている。
「バートはこんな見た目じゃが、数字に強い。生まれ故郷も酒造りが盛んなところで、酒の作り方をある程度は知っておる。まあ、蒸留酒のことは何も知らんから、一から叩き込んでくれればよいがな」
そう言ってバートの尻をバンと叩く。
そこでカールの表情が少し変わった。困惑という感じでもないが、豪快なドワーフにしては逡巡しているような雰囲気が伝わってきたのだ。
「言っておらんことがあっての……」
「言っていないこと? 面倒事か?」
俺の言葉に首を横に振るが、その表情はあまり否定している感じではなかった。
「こいつらの家族のことも頼みたいんじゃ……」
今回バートを含め人間の職人たちは既婚者が多いらしく、家族も帯同することになったらしい。既婚者と言っても若い夫婦が多いため、子供は小さい。
妻が八人、子供が十歳くらいを筆頭に十二人。一番幼い子供は五歳くらいだ。さすがにそれより小さな子供は長旅に耐えられないと、幼児を持つ職人は候補から外されたのだろう。
馬車での旅とはいえ、二ヶ月にも及ぶ長旅であり、子供が耐えられるのか心配になる。
そのことをカールに言うと、
「親子が離れ離れになるよりよいじゃろう。それにこの辺りでは家族が別れて住むことはあまりないんじゃ……お前たちと一緒なら盗賊や魔物に襲われて命を落とすこともないと思うしの。面倒なことじゃと思うが、よろしく頼む」
そう言って大きく頭を下げる。彼の後ろにいる職人たちも同じように頭を下げ、その姿に俺は困惑する。
中部域は遊牧民の風習が多く取り入れられている。遊牧民は一族で行動するため、仕事の都合だろうと、家族が一緒にいるのは当たり前という考えが強いそうだ。
「そうは言ってもだな。子供が病気になったらどうするんだ? 置いていくわけにはいかんだろう」
「その時は置いていってくれればよい。この者たちのペースに合わせる必要はない。ロックハートに迷惑を掛けるのは本意ではないのでな。といっても、これだけの人数を預ける時点で迷惑を掛けておることは重々承知しておる。それでも何とかしてやってくれんか」
そう言って、もう一度大きく頭を下げた。仕方なく、父と母に相談することにした。
「急ぐ旅ではないが、この先危険な地域に入る。我々なら守りきれると思うが……それにフォルティスまでの山道は厳しいと聞く。季節は悪くないが、それでもな……」
いつもなら即断する父も職人たちの家族のことを心配し迷っているようだ。
「ちなみに宿舎は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。研修所に仮住まいをして、その間に家を建てれば問題ないでしょう」
そこで母が話に加わってきた。
「家族が一緒というのはいいことだと思いますわ。三年もの間、父親と離れて育つ子供はかわいそうですから」
父もその考えに異論はないため、「よかろう」と言って認めた。
ギルドの馬車は五輌で、ロックハート家の荷馬車にも分乗する。サスペンションはないとはいえ、魔物の皮で作ったタイヤがある分、振動が少ないためだ。
九輌の馬車に対し、護衛は父とセオ、セラ、エレナを含め二十人。今まで御者は従士と自警団員が行っていたが、母が乗る馬車以外は鍛冶師ギルド側から出してもらうことで護衛の数を増やしている。
最初は鍛冶師ギルドが傭兵を雇うと言ってくれたのだが、この辺りの傭兵は実力的に問題がある。そのことを正直に伝えると、“それならば人馬族に声を掛ける”と言いかねないので、連携が取れる俺たちだけの方がいいと言って断っている。
実際、人数こそ少ないものの、実力的には充分だろう。
ロックハート家だけでも盗賊なら五、六十人は相手にできるし、更に五人のドワーフが加わる。彼らは戦闘訓練こそ受けていないが、ラスモア村でのドワーフたちの活躍を見る限り、充分な戦力と言えるだろう。
翌日の四月二十五日、ネザートンを出発する。
出発前、父はいつも通り真面目な表情で訓辞を行った。
「ここからは馬車の数も増える分、隙が大きくなる。フォルティス街道は今までの街道より整備されておらぬ。山に入れば見通しは利かなくなるし、特に国境付近は魔物が多く出るところと聞く……」
そこで職人の家族を見る。
「人数が増えて危険が増したと思っているだろう。それは事実だ。しかし、彼らは我らの友であり仲間でもある。当然守るべき対象だ。この程度のことで不満を持つような者はここにはおらぬと思うが、今一度肝に銘じておいてほしい」
父の言葉に従士たちは大きく頷く。
父が訓示を行った理由はよく分かる。フォルティス街道は帝国の主要街道に比べ、整備されておらず、一日に進める距離は短い。特にポルタ山地は標高が高く、馬に掛かる負担が大きいため、慎重さが求められる。
また、草原地帯を抜けると、自由国境地帯に入り、治安は一気に悪化する。
盗賊や魔物の襲撃の危険性は常にあるが、馬車が九輌もいるため、五十メートル以上の長い隊列となる。見通しがいい場所なら問題はあまりないが、森の中では護衛の負担は大きい。
訓示を終えると、鍛冶師ギルドの支部長カールが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまんな」
それに対し、父は「気にしなくていい。私が決めたことだ」と言ってカールの肩をポンと叩く。
父の合図で護衛たちは騎乗し、出発した。
フォルティス街道はネザートンから草原地帯、ポルタ山地を越えてフォルティスに入り、更に帝国東部の主要都市エアルドレッドに至る。
アウレラ街道やアルス街道と同じ主要街道の一つではあるが、カエルム帝国が建設に携わっていないため、舗装などは行われておらず、馬車の轍によって街道があることが分かる程度だ。
草原地帯は中央街道と同じく宿場町が少ない。
中央街道では百キロメートルに一箇所程度宿場町があったが、フォルティス街道は更に少なく、町はフォルティスとの国境までに一箇所しかない。
そのため、前回同様野営になるのだが、子供が十二人も加わると大変だ。
親たちはロックハート家に遠慮して、はしゃぐ子供たちを叱りつけるのだが、母が「子供がはしゃぐのは仕方がないことです」と言って止めたため、遠足の弁当の時間のような騒がしさだ。
野営地にいる遊牧民や商人たちも珍しいのか遠目に見ているが、子爵家であるロックハート家に苦情は言えないようだ。
さすがに不味いと思ったが、子供の相手は苦手なため、母に相談した。
「子供たちがはしゃぐのはよいのですが、周囲に迷惑を掛けることはよくないです。どうにかした方がいいと思うのですが」
「そうね。他の旅人に迷惑を掛けることはいけないことだわ」と言って子供たちに話をしにいった。
母はパンパンと手を叩くと、「皆さん、聞いてください!」と言った。
その言葉に子供たちが一斉に母を見る。
「ここには他の方たちもいらっしゃいます。あまり大きな声で話さないようにしましょう。年上の子は小さな子を見てあげてください。では、食事の準備を始めましょう!」
母の言葉で一旦は大人しくなるが、キャンプファイアを熾し、大きな鍋で料理を作り始めると、子供たちは再び興奮し始める。
見かねたリディが「みんなも手伝ってくれる?」というと、子供たちは元気に「はーい!」と返事をする。
「じゃあ、君と君は野菜を洗ってきて。洗い方は分かるわよね……あなたはお皿を準備して。場所はあのお姉さんに聞いたら分かるから……」
子供たちに仕事を割り振り、大人しくさせる。
村の学校で勉強を教えているから、子供たちの扱いが上手い。
「本当に子供の相手が上手いよな」と褒めると、
「あら、私の精神年齢が近いからって言いたいのかしら?」と睨む。昔、そんなことをいったことがあり、それを根に持っているようだ。
俺が言い訳をしようとすると、すぐに噴き出し、
「冗談よ。上手いかどうかは知らないけど、子供の相手は結構好きなのよ」
食事を始めると、子供たちも大人しくなった。更に満腹になると、旅の疲れが出てうとうととし始める。親たちに馬車の中で寝させるようにいうと、あっという間に眠りについた。
野営地での朝を迎えるが、子供たちを含め、体調不良の者はおらず安堵する。
職人たちもその家族も今まで旅に出たことはなく、更に慣れない野宿で体調を崩さないか心配していたのだ。
二日目以降も順調で、五月五日にフォルティスとの国境であるオークホープ峠の入口に到着した。
オークホープ峠は北のポルタ山地と南のテスタ山地の間にあり、ネザー河の源流に沿って道が延びている。そのため、切り立った崖の下を通ることになり、今まで以上に道が悪い。
「騎乗の者は馬の足元に気をつけながら周囲も警戒しろ! 御者は脱輪に特に気をつけろ! 速度はゆっくりでいい。確実に通り抜けることだけを考えろ! では出発する!」
父の命令が伝えられると、ゆっくりと進み始める。ここまで騎乗できたルナとソフィアも馬車に乗り込む。
切り立った崖からは時折、小さな石が落ちてきた。落石の徴候かと思い、一瞬ヒヤリとする。
だからと言って、崖だけに注意しているわけにはいかない。崖の反対側にはネザー河が流れているが、時々森になっているからだ。そこに魔物や盗賊が潜んでいないか注意する必要がある。
懸念は現実のものとなった。小さな森に剣牙虎が潜んでいたのだ。
最初に見つけたのは先頭を行くダンだった。
「停止! サーベルタイガーです!」と叫びながら、木の上にいる虎に合成弓で矢を放つ。
その矢に驚いたサーベルタイガーが木から飛び降り、俺たちを威嚇するように唸り声を上げる。
「ベアトリスとメルは迎撃に向かえ! リディア、シャロンはその場から魔法で支援! 弓術士は馬車の上に乗れ! ザックは後方の指揮を執れ!」
父の命令にロックハート家の者たちは即座に反応する。しかし、御者をやっている職人たちはどうしていいのか分からず、動揺してキョロキョロと周囲を見ているだけだった。
「馬車はその場で待機! 剣術士と槍術士は馬から降りて馬車の護衛だ! 他にもいるかもしれないから警戒を怠るな!」
俺が指示を出す前に父が命令を出していた。さすがに慣れている。
父の明確な命令に御者たちもすぐに落ち着きを取り戻す。
その間にベアトリスとメルが隊列の先頭に出て、立ち塞がるように武器を構えていた。
サーベルタイガーは尾を除いた体長が三メートルを優に超える大型の虎で、四級相当の魔物だ。巨大な牙と鋭い爪、巨体ながらも敏捷な動きで、奇襲を受けると厄介な相手だが、ベアトリスとメルなら問題はない。
問題があるとすれば、おこぼれを狙ってくる他の魔物だ。
特に奇襲が得意な動きの素早い魔物が混乱に乗じて襲ってくる可能性がある。そのため、父は俺たち魔術師組と弓術士組を積極的に支援に回さなかったのだ。
その懸念もすぐに現実のものとなった。
「崖の上に巨大ヤモリ! 高さ三十m、三、いいえ、四匹いるわ!」
目がいいリディが崖の上からスルスルと降りてくる魔物を見つけ警告する。
巨大ヤモリは六級相当の魔物で、体長二メートルほど。動きが素早く外皮が硬いことから、遠距離攻撃に対して強い魔物だ。
異様な動きに従士たちに動揺が走る。
シャロンは呪文を唱え始めるが、俺は馬から飛び降り、剣を構える。
「巨大ヤモリは大した敵じゃない! 体当たりと噛み付きに注意しろ! 舌が伸びてくるが、大した威力はないから必要以上に怖がるな! 背中は剣や槍を弾くかもしれない。確実に倒すなら口の中か腹を狙え!」
ラスモア村の近くにはいない魔物であり、素早く対応方法を伝えておく。俺の場合、ドクトゥスにいた時に何度か戦っているため、戦い方を知っていたのだ。
俺の指示に「了解!」という声が返ってくる。うちの従士や自警団員は相手のことが分かれば恐怖に負けることはない。
一匹のヤモリが身体をくねらせながら崖から落ちていく。
シャロンの撃ち込んだ風属性魔法、疾強風の矢が突き刺さったようだ。真空の矢であるため見づらいが、正確に頭部を撃ち抜いていた。
前方から「やった!」というメルの歓喜の声が聞こえてきた。向こうも決着が付いたようだ。
従士たちのやる気が一気に上がる。更にセオとセラまで前に出ようとした。
「僕たちも戦わせてください!」とセオが訴え、セラも「私も!」と叫んでいる。
俺がそれに答えようとした時、更に一匹のヤモリが落ちていった。今度はリディの矢が右目を貫いたようだ。
あと二匹になったことから、俺がフォローに回ればいいと、セオたちにも戦わせることにした。
「御者は馬車を前に出してください! ここで迎え撃ちます! 従士と自警団員は馬車を護衛しながら前進! シャロンは俺たちの支援を! リディは警戒を頼む!」
俺の指示に馬車がゆっくりと進み始める。
その間に巨大ヤモリは五メートルほどの高さのところまで降りてきていた。但し、そこで止まり、奇襲を仕掛けるつもりなのか、大きな目をキョロキョロと動かし、俺たちの動きを窺っている。
「動きは速いが噛み付き以外に大した攻撃はしてこない。舌で転ばそうとしてくるから、それには注意だ。他にも魔物がくるかもしれないから、あまり時間は掛けられないぞ」
セオとセラに注意を与える。
本来なら危険な場所であり、さっさと片付けて出発すべきだ。ただ、馬車に危険があるとはあまり考えていない。
サーベルタイガーという比較的大物がいたことから、縄張りの関係でこの辺りに強力な魔物がいる可能性が低いことと、不測の事態が起きても俺とシャロンがいれば、一分と掛けずに倒せるためだ。
俺の言葉に二人は「はい!」と元気に答えて剣を構えて前に出る。
ヤモリは小柄な二人が前に出たことで、餌がやって来たと思ったのか、舌で口の周りを舐めた後、同時に飛び掛った。
奴らも自分の弱点が分かっているのか、腹を見せないように頭から突っ込んでくる。そして、二人に届く直前に大きく口を開けた。
その口は直径にして三十センチほど。細かい歯がびっしりと並び、弟たちの頭なら丸呑みにできるほどの大きさがあった。
戦い慣れた俺が見ても一瞬恐怖を感じる光景だが、セオとセラは冷静だった。二人は怯むことなく、剣先を前に出すように構え、タイミングを合わせて一気に突き出した。
“グゲッ!”という間の抜けた鳴き声が響く。
二人の剣は巨大ヤモリの口に吸込まれるように入り、ヤモリたちの自重によって脳を貫いた。
二人は全く同じ動きで身体を左右にずらし、ぶつかってくるヤモリの身体を避ける。そして、手首を捻るようにしてヤモリの頭の向きを変え、剣を持っていかれることなく、きれいに抜き取った。
訓練の時のように喜びを表現することなく、周囲を警戒し、地面に落ちたヤモリに止めを刺す。
十一歳の子供とは思えない見事な動きと冷静さだ。思わず感歎の声を上げそうになるが、できる限り冷静な声を作って指示を出す。
「よくやった。魔晶石を抜いたら、馬車に合流だ」
二人は「「はい!」」と元気に答えて魔晶石を回収し、「思ったより弱かったね」と言いながら走っていった。
巨大ヤモリの死体を処理し、父たちと合流した。
その後は魔物が現れることなく、五月十一日に無事フォルティス市に到着した。
活動報告でもお知らせしましたが、本作品のユニークアクセス数が一千万を超えました。のべ一千万人の方に読んでいただけたかと思うと感無量です。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。ジーク・スコッチ!




