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ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第五章「教導者時代:帝国編」
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第七十七話「新しい酒の名」

前半が一人称、後半が三人称です。


 二月二十一日。


 陞爵の式典、その後の晩餐会も無事終了し、父は朝から機嫌がいい。


「これでようやく帝都を離れられるぞ」


 母も同じように喜んでいる。


「この後はウェルバーンだから、本当に楽しみだわ」


 生まれ故郷に戻れることを楽しみにしているが、それ以上に貴婦人として振る舞わなくてもよいことが喜んでいる原因のようだ。


 二人はすべて終わったと言っているが、実際にはまだ侯爵家や伯爵家の晩餐会などに出席しなくてはならない。一番大きなイベントが終わったことで忘れているのだろう。


 そういう俺にもまだ仕事があった。

 父たちと晩餐会に出席することもそうだが、昨日の後片付けも残っている。

 それだけではなく、フィーロビッシャー領での蒸留所建設計画の推進と、宰相からの宿題の回答も終わっていない。


 宿題は対ルークス戦の後始末の付け方を考えておくというもので、エザリントン公が宰相になるための策とほぼ同じだが、それだけでは宰相は納得しないだろう。

 そのため、腹案は考えてある。

 帝国が勝利すれば、必ずルークスでは大きな政変が起きる。それを利用する案だ。


 蒸留所建設計画の方はフィーロビッシャー家の優秀な若手文官に任せておけば問題はないから気が楽だ。

 今日は鍛冶師ギルドの帝都支部に彼らと共に行くが、それは交渉のためというより、若手文官たちがドワーフたちとの宴会で酔い潰れないように付きそうためで、成功は疑っていない。



 午前中に昨日の晩餐会の後始末を終えた。

 今日も鍛冶師ギルドの職員とロビンス商会の店員が手伝ってくれたが、それでもへとへとに疲れるほど働いている。

 しかし、鍛冶師ギルドとのアポイントメントは午後一番であり、休む間もなく疲れた体に鞭打ち、ギルドに向かった。


 フィーロビッシャー領の文官、レナルド・ミューアヘッド、ウンベルト・レンフィールド、モンタギュー・アンダーウッドの三人と、彼らを紹介してくれたスティーヴン・エザリントンと共に馬車に乗る。


 馬車の中ではレナルドら三人の表情に余裕はなかった。

 その気持ちも分からないでもない。もし、鍛冶師ギルドで認めてもらえなければ、この計画がとん挫することは確実だからだ。


「皆さんの想いをぶつければ鍛冶師方は認めてくれます。自信を持ちましょう」


 俺の励ましにリーダー格のレナルドが「卿はそういうが、気難しいことで有名だからな、鍛冶師たちは……」と答える。


「気難しいとおっしゃられますが、それは相手によります。彼らは情熱をもって仕事をする方に好感を抱きます。ですから、堂々と自分たちのやりたいことを主張しましょう」


「そうだな。ここまで準備をしたのだ。これで駄目なら最初から無理だったと思うしかない」


 自らにそう言い聞かせている。


 そんな話をしている間に南地区にあるギルド支部に到着した。既に話が通してあるため、ドワーフたちは集会室に集まっていた。

 集会室に入ると、支部長のギュンター・フィンクが俺の肩を叩き、満面の笑みでジョッキを上げる。


「ロックハート家の陞爵、心から祝福するぞ、ジーク・スコッチ!」


 その言葉にドワーフたちが「「ジーク・スコッチ!」」と唱和し、それぞれのジョッキを掲げていた。


 俺は礼を言って頭を下げ、四人を紹介する。


「今日はフィーロビッシャー公爵領での蒸留所建設に関する計画を説明します。このお三方がフィーロビッシャー領での蒸留酒製造計画を推進される、レナルド・ミューアヘッド様、ウンベルト・レンフィールド様、モンタギュー・アンダーウッド様です。また、蒸留酒に関する法律の整備に尽力してくださいましたスティーヴン・エザリントン様にもお越しいただいております」


 紹介を終えると、すぐに本題に入る。


「では、ミューアヘッド様より計画について説明していただきますが、よろしいでしょうか」


「うむ。構わんぞ」とギュンターが大きく頷く。


 それまでの陽気な雰囲気とは一線を画し、真面目な表情になっていた。それは他の鍛冶師も同様だった。彼らが飲むことになる酒に関することであり、自然と真剣になったのだろう。


 レナルドはその雰囲気に飲まれながらも計画の概要を説明していく。


「フィーロビッシャー公爵領での計画の概要は……」


 その説明をドワーフたちは大人しく聞いていた。

 あまりの反応の無さに説明しているレナルドの額に汗が浮き始める。


 蒸留所は初期には三ヶ所、職人が育てば更に増やしていく計画で、蒸留器の製造とメンテナンス、そして初期費用の融資を依頼する。


「この計画は次期当主ジェレマイア様の承認を得たものであり、フィーロビッシャー公爵家の事業と認められている。また、数日中には元老院に蒸留酒の品質に関する法律の制定を(はか)る予定であり、帝国内でもカウム王国同様、蒸留酒の品質を守る法律ができる予定である」


 説明を終えたレナルドは額の汗を拭きつつ、「質問があれば何でも聞いていただきたい」と言って椅子に腰をおろした。


 ドワーフたちから芳しい反応がない。

 賛同するとも反対するともなく、押し黙っている。


 そんな重苦しい空気の中、ギュンターがゆっくりと立ち上がった。


「計画は問題ない。というより、ザックが絡んでおるんじゃ、問題があるはずがない。皆の気持ちも同じじゃ。しかしじゃ、貴公らの酒に対する情熱が伝わって来ぬ」


 レナルドが困ったような顔をして俺を見つめる。しかし、俺が出ていくことは逆効果になると小さく首を横に振る。

 レナルドは俺の考えが分かったのか、しっかりと前を向く。


「我らの酒に対する情熱はザカライアス卿や貴殿らの足元にも及ばん。だが、故郷を愛する気持ちは貴殿らの想いに負けぬと自負している。この計画によって民たちに笑顔がもたらされることは間違いない。ぜひともこの計画に賛同していただきたい」


 そう言って大きく頭を下げる。他の二人も慌てて立ち上がり、同じように頭を下げた。


 その光景にドワーフたちからざわめきが起きる。


 レナルドはミューアヘッド伯爵家の次男だ。他の二人も爵位持ちの家に生まれた貴族であり、平民である鍛冶師に頭を下げることは普通なら考えられない。


 重要なことは彼らに卑屈なところが見られなかったことだ。

 三人は頭を上げるが、真剣な表情を一度も崩すことなく、ドワーフたちの視線を受け止めた。


 酒に絡んだことでドワーフと真剣に向き合うことは、非常に精神力を使う。

 豪放なベテラン傭兵である蒸留酒護衛隊スコッチガーディアンズのラッセル・ホルトですら、ドワーフたちの愛する酒を運ぶということで、ザックコレクションの輸送の時には胃が痛くなったと零したほどだ。

 そのドワーフたちの視線を怯むことなく受け続けている。


「ミューアヘッド殿らの気持ちは分かった!」とギュンターがいい、振り向いた。


「これより決を採る! フィーロビッシャー公爵家の計画に賛同する者はジョッキを掲げろ!」


 次の瞬間、一斉にジョッキが掲げられ、「「ジーク・スコッチ!」」という声が集会室に雷鳴のように響いた。

 不意討ちを受けたものの、とっさの判断で耳を塞ぐことができたが、三人は対応が間に合わず、耳を押さえてうずくまる。


「これで決まりじゃ! フィーロビッシャーに新たな酒ができる! その前祝の宴会を始めるぞ!」


「「オオ!」」


 次の瞬間、職員たちが宴会の準備のために集会室に入ってくる。

 レナルドたちは突然の轟音とその後の展開についていけないが、ドワーフたちはそれに構うことなく、彼らの肩をバンバンと叩いて祝福する。


「これからもがんばってくれよ」


「儂らも全面的に協力するからの」


 などと声を掛けていく。


 俺のところにもドワーフたちが訪れ、「村での研修を頼むぞ」とか、「他の酒も考えてくれ」などと言って豪快に笑っている。


 三十分ほどで宴会の準備が終わると、いつも通りの光景が繰り広げられる。


「新たな蒸留酒に乾杯! ジーク・スコッチ!」


「「ジーク・スコッチ!」」


 ジョッキを大きく掲げて唱和し、一気にビールを呷る。

 その勢いにレナルドたちも同じようにジョッキを掲げてから一気に呷っていた。三人はようやく目途がついたと感極まったのか、うっすらと涙を浮かべている。しかし、その表情は明るく、やり遂げたことに対するうれし涙のようだ。

 その様子を見ているスティーヴンも満面の笑みを浮かべ、彼らの努力に何度も乾杯の声を上げていた。


 俺も同じようにジョッキを掲げているが、四人のうれしそうな顔を見て少し羨ましくなった。


(話があってから僅か五日ほどだ。その短期間でドワーフを相手に酒の計画を認めさせる。最初は無理だと思っていたことをやり遂げられたんだからうれしいだろうな……俺もやりたいことだけをやれればいいんだが……これからはルナの指導がメインになるし、酒造りは何年かお預けなんだろうな……)


 ルナとのコミュニケーションが取れるようになったことから、村に戻ったら本格的に訓練を始めるつもりだ。

 短くて五年、長ければ十年は彼女のために時間を割く必要がある。

 空いた時間があれば好きなことをすることもできるだろうが、俺がこの世界に呼ばれた目的を疎かにすれば神々から罰を受ける可能性があるから、本格的に酒造りに手を染めるつもりはない。


 そんなことを考えているとレナルドたちがドワーフのペースに巻き込まれ、次々とジョッキを空けていく。

 不味いなと思い、何度か解毒の魔法を掛けるが、高揚した彼らは飲み続け、結局潰れてしまった。


 酔い潰れて寝ている四人を見ながら、ギュンターが「なかなかよい若者たちじゃな」と言うと、近くにいる鍛冶師たちも頷いていた。


「俺もそう思うよ。今回の件ではほとんど俺は口を出していないんだ。もちろん、蒸留所を作るために必要なことは教えているが、法律の話を含め、本当によく考えていると思う」


 俺がそう言うと、ギュンターが一瞬驚いた顔をするが、すぐに納得したのか大きく頷く。

 そして、真剣な表情を浮かべる。


「で、どうなんじゃ。お前がおらんでもフィーロビッシャーで新しい蒸留酒ができるのか?」


「できる」と断言する。


「少なくとも酒は作れるはずだ。あとはどれだけ美味くできるかだが、それについても俺は楽観している」


「なぜじゃ? 全く新しい酒なんじゃろう。お前とスコット殿の意見も聞けんようなところじゃ。なぜそうも楽観できる?」


「簡単なことさ。ここに酒好きのドワーフがいるからだ。最初から美味い物ができるかは分からないが、少なくとも試行錯誤をして美味い物を作り出すはずだ。まあ、職人たちは大変だろうがな」


 そこでドワーフたちが「そうじゃ!」と賛同する。


「実際儂らの飲むビールやワインは美味くなっておる。工夫を忘れねばよいということじゃな」


 本心を言えば、本物の味を知っている俺がラム酒造りに関わった方がいいと思っている。しかし、スコッチの時と異なり、概念は理解しているだろうから、あとは味の好みの問題だ。逆に俺が全く知らないラムができてもいい。そう思うから楽観していられる。


 若者たちを別室に連れていった後、ギュンターたちとフィーロビッシャー支部の設立について協議を行った。


「シーウェル支部とフィーロビッシャー支部を作るには、最低三十人の鍛冶師が必要だ。それだけの鍛冶師をプリムス支部だけで確保できるのか?」


「エザリントンとケンドリューにも声を掛けるつもりじゃ。各支部から十人ずつなら問題はなかろう」


 ケンドリューはウェール半島の北東部にある大都市で比較的魔物が出やすい東部に近いことから冒険者や傭兵が多い。また、帝国軍の駐留部隊もいることから、百人近いドワーフの鍛冶師がいる。


「第四軍団が出征するエザリントンはいいとして、ケンドリューは大丈夫なのか? ドワーフの鍛冶師が十人も抜けたら冒険者や傭兵が迷惑を被る気がするが」


「その点は大丈夫じゃ。というより、ケンドリューの連中に上手くやってもらうしかない。無理ならアルスの総本部から派遣してもらうだけで済む話じゃからな」


 アルスの総本部から鍛冶師を派遣してもらう方法を最初から採らないのは、帝国に住むドワーフとしての意地のようなものだ。

 自分たちが飲む酒を作るためとはいえ、本来の仕事に支障を来たすようなことは職人としての矜持に関わる。


「帝都にはいつまでおるんじゃ?」


「今月一杯だ。三月に入ったらウェルバーンに向けて出発する。まあ、何事も起きなければだが」


「そうか。では、その前に宴会じゃ。ロックハートの者は全員来るんじゃぞ」


 予想していたため、即座に頷く。


「ああ、父にそう伝えておくよ。出発の前日はシーウェル侯爵閣下に礼をしなくちゃならないから、その前くらいだと思うが」


 送別会の約束をし、更にある依頼を行った。

 その後、ある程度復活したレナルドたちと一緒に帰途に就く。


 まだ青い顔をしているが、解毒の魔法が効いたのか、普通にしゃべられるほどには回復している。


「本当に世話になった」と俺の手を取った。


「皆さんの努力の結果です。これからの方が大変だと思います。がんばってください」


 そしてウンベルト、モンタギュー、スティーヴンの手を順に取り、成功を分かち合った。


■■■


 数年後、フィーロビッシャー公爵領での蒸留酒生産計画は見事に成功した。

 初めて蒸留された酒を飲んだジェレマイア・フィーロビッシャー公爵はその成功をもたらした三人の家臣たちを褒め称える。


「この成功は貴公らの努力の賜物である!」


 そこで拍手が起きる。ジェレマイアはそれが収まるのを待ち、更に言葉を続けた。


「このサトウキビを原料とした酒は唯一無二の酒である。私はロックハート家に倣い、この酒の名を貴公らの名からつけようと思う……」


 そこで三人の顔を見る。


「卿らの頭文字を取り、R、U、M、“ラム”と名付けようと思う!」


 式典に出席していたドワーフたちはその言葉に「「ジーク・スコッチ!」」と叫んで賛同した。


 しかし、その後も「ジーク・ラム!」という言葉は生まれなかった。ドワーフたちにとってスコッチはそれほど特別な存在だったのだ。


■■■


 後にラム酒誕生の逸話を、酒類評論家であるロバート・パーマーが「三人の若者が作った酒:ラム誕生秘話」という書籍に記している。


『ラムはサトウキビを使った酒であり、当時はザカライアス・ロックハート卿とドワーフたち以外、これほど成功するとは考えていなかった……その成功を喜んだ当時のフィーロビッシャー公爵ジェレマイアはレナルド・ミューアヘッド、ウンベルト・レンフィールド、モンタギュー・アンダーウッドの頭文字を取り、“RUM”と名付けた。酒の名を付けるに当たり、フィーロビッシャー公は鍛冶師ギルドに相談していた。最大の、そして今後最も宣伝してくれるであろう顧客の意見を参考にしようと考えたのだ……』


 その時の様子を関係者にインタービューし、再現している。


『フィーロビッシャー公は「新しい酒の名をどうすべきか、私にはどうしても思いつかぬのだ。良い案はないだろうか」と鍛冶師ギルド帝都支部長のギュンター・フィンクに問う。フィンク支部長はその問いに「ロックハート家に倣えばよい」と即座に答えた。しかし、フィーロビッシャー公はその言葉をどう解釈していいのか分からず、「そうは言っても……ザカライアスとでも名付けるのか?」と聞き返した。「実際に作った者、ミューアヘッド卿らの名を取ればよいではないか」と言って三人の頭文字を組み合わせることを提案した……』


 こうして新しい蒸留酒の名が決まったが、その当時、既にザカライアス卿とドワーフたちの間では“ラム”という名が使われていたという記録が残されている。


『……私が取材した鍛冶師ギルド帝都支部の業務日誌には、蒸留開始直後からドワーフたちが“ラム”と呼んでいるという記載があった。これはラスモア村で研修を行ったドワーフの鍛冶師たちがザカライアス卿が時々使っていることから使い始めたとあり、そのことを知ったフィンク支部長がザカライアス卿に問い合わせ、新たな酒の名に提案した。なぜ、ザカライアス卿が“ラム”という名を使ったのかは不明だが、この名は瞬く間にドワーフたちに受け入れられた。それほど違和感の無い名であったのだろう……』

三人の名は苗字でも名前でもRUMになります。

何度も不自然に何人のフルネームを並べていたので、気付いていた方も多いと思います。実際、三人の名が出たところで、気付かれた読者さんもいらっしゃいました(笑)。


ここを書いている時、南大東島のラム、コルコルを飲みました。

サトウキビの甘い香りがガツンとくる酒で、フィーロビッシャーのラムもこんな感じなんだろうなと思っていました。

ご興味のある方は一度飲んでみてください。

カリブ海のラムとはひと味もふた味も違うことに驚かれると思います。

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本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
― 新着の感想 ―
[良い点] 卿らの頭文字を取り、R、U、M、“ラム”と名付けようと思う!」 山田さん、ザブトン一枚持ってきて~!
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