第五十一話「報告」
前半がダン視点、後半がザック視点となっています。
二月九日の夜。
僕と妹シャロンは商業地区の宿で集めた情報を整理していた。明日にはロックハート家の方々が帝都に到着されるためだ。
皇太子派、レオポルド皇子派、商業ギルド、魔術師ギルド、鍛冶師ギルドと組織ごとに整理していく。この辺りは妹に任せるしかないが、作られた報告書は僕もすべて目を通していく。
情報については、何一つ抜け落ちはなく、すべて記載されていた。しかし、妹の行動については、その結果のみが記載されているだけだった。
「お前が行った交渉の話が抜けている」
僕がそう言うと、言われることを予想していたのか、すぐに答えが返ってきた。
「すべて終わったことだから、今更報告する必要はないと思うわ」
妹の表情が揺れている気がした。自分でも報告しないことに後ろめたさを感じているようだ。
「駄目だ。僕たちは情報収集を命じられたんだ。経過も含めてすべてを報告すべきだ」
「でも、御館様やザック様にご心配を掛けるだけよ。だったら言わなくてもいいと思うんだけど」
いつもの妹ならもっと理屈で言いくるめてくるのだけど、今日はきちんとした理屈がない。
「僕たちは斥候なんだ。指揮官である御館様、ロッド様、そして、参謀役のザック様に正確な情報を届ける必要がある。その情報に僕たちの考えを入れてはいけないんだ。これはザック様が常々おっしゃられていることだから、お前も分かっているんだろ?」
僕の言葉に下を向いてしまう。
「今回のことは僕が責任を取る。だから、きちんとした報告書を作ってくれないか」
「責任は私にあるわ! お兄ちゃんが知らない間に私が勝手にやったことなんだから!」
冷静な妹が珍しく取り乱している。
「僕はジェークス家の嫡男だ。ジェークス家の者が行ったことなんだから、父さんがいないのなら僕が責任を取るしかない」
「だって!」と言って反論しようとしたが、僕は「これは決定事項だ」と反論を遮る。
妹はまだ何か言いたそうにしているが、
「明日の午後には報告書がいる。午前中は最新の情報を仕入れに行くから、これまでの経緯は今夜中にまとめておいてくれ」
僕の言葉に妹は小さく何かを呟くが、すぐにライティングテーブルに向かった。
ここ数日で分かったことがある。
妹にはザック様が必要だということだ。
妹は物心付いてから初めてザック様と離れ離れになった。僅か数日だけど、妹にとっては何年にも感じていることだろう。
そして、そのことが今回の暴走の原因だと思っている。
妹はザック様のために自分の力で何とかしようと考えた。もし、この場にザック様がおられたら、ここまで無茶なことはしなかったはずだ。詳しい話はしなくても、ザック様なら今の状況を見ながら的確に指示を出してくださるからだ。
でも、ここにザック様はおられない。
だから、ザック様ならどう考えるかを妹は考えた。だけど、ザック様なら考えただけでやらないようなこともやっている。ドワーフの皆さんに宰相との交渉を頼むなど、ザック様なら絶対にやらない。
でも、妹はザック様のために何とかしようと自分が考える最善の方法で対応した。そして、それを成功させたことは凄いことだ。
妹にもザック様がその方法を望んでいないことが分かっている。だから、報告したくないのだろう。
二月七日の夜に鍛冶師ギルドに結果を聞きにいった際、ギュンターさんから宰相から脅しに屈するくらいなら帝国にいるドワーフを皆殺しにすると逆に脅されたと聞いた。
その話を聞いた後の妹は取り繕ってはいたけど、酷く動揺していた。
このことをザック様に知られたら叱られると思ったのだろう。
その後の妹はいつもと異なり、積極的に動かなかった。動けなかったんだと思う。
僕が代わりに情報収集に当たったから特に問題はないのだけど、落ち込んだ妹を見ると不憫になる。自業自得といわれればその通りなのだろう。でも、やっぱり妹が悲しむ姿は兄としては見たくない。
ザック様がおられれば、妹が暴走する前に止めたはずだ。いや、リディアさんかメルでもいい。本来なら兄である僕が止めるべきだということは分かっている。
でも、僕では止められない。それはザック様のためという一点だけが妹の判断基準であり、同じ価値観を持つリディアさんたちじゃなければ止められないからだ。
そこまで分かっていても僕も気が重い。
恐らく、御館様もザック様も強くは叱責されないと思う。リディアさんやメルは積極的に褒めるだろう。もしかしたら、シムさんだけは僕と同じ考えで叱るかもしれない。
今回のことは厳しい処分が下されるべきことだと思う。でも、それ以上に気になるのは、ザック様が困ることだ。
僕が思いつくようなことは絶対に分かっておられる。
つまり、僕たちの行動がロックハート家のためであり、成功していたとしても、御館様の命令に対して行き過ぎていることは明らかで、決して許されていいことじゃないことを。
でも、それがザック様のためだということで、悩まれると思う。
それでも僕は正直に報告し、処分を願い出ようと思っている。
これからのロックハート家にとってよくない前例を作ることになるから。
■■■
二月十日の夕方。
俺たちは帝都プリムスに無事到着し、シーウェル侯爵の屋敷に入った。
シーウェルからの道中を含め、今のところ皇太子派、レオポルド皇子派のいずれからも接触はなかった。
屋敷に入ると、情報収集のため先行して帝都に入っていたダンとシャロンの兄妹が俺たちを待っていた。
父が「ご苦労だったな」と労った。
「報告したいことがございます」と張り詰めた表情のダンが片膝を突く。シャロンも同じように片膝を突いて頭を大きく下げていた。
(何か不味いことでもあったのか?)
一抹の不安が過ぎる。
父も同じように思ったのか、「では、部屋に着いたらすぐに報告を聞こう」と言ってシーウェル侯の方に歩いていった。
父が離れた後、二人に小声で話しかける。
「何があったんだ? ここまで来る途中では特におかしな噂は聞かなかったんだが」
普段ならシャロンが話すのだが、珍しくダンが答える。
「急いで対応が必要なことはないと思います。ですが……」
言いづらそうにしているので、「分かった」とだけ言って彼の肩をポンと叩く。
「ご苦労様」と言ってシャロンの頭を撫でるが、いつもは喜ぶ彼女が泣きそうな顔になった。
すぐに父が戻ってきたため、それ以上話は聞けなかったが、悪い予感しかしない。
シーウェル家のメイドに部屋に案内される。
父たちの客室はスイートタイプで、応接室を兼ねるリビングで報告を聞くことになった。
メンバーは父と兄、俺だけだ。あまり大勢で聞く話ではないと思い、父に提案した。
ダンとシャロンは沈痛な表情のまま、ソファに座る。
「報告の詳細はこれにまとめてあります」とダンが言って十枚ほどの報告書を父に手渡した。
ダンは大きく頭を下げる。頭を下げたまま、「まず、お詫びしなければならないことがあります」と言った。
「謝罪は後で聞く。まずは状況を教えてくれ」
父の言葉にダンは頭を上げて、「分かりました」と言い報告を始めた。
「既にご存知かもしれませんが、皇太子殿下が第二軍団とエザリントン公爵閣下の第四軍団を率いてルークスに出征なさいます。既に皇太子殿下は帝都の南にある第二軍団の駐屯地に向かわれました。レオポルド皇子殿下の第三軍団は帝都に凱旋されるとのことです……」
彼の説明では元老院がルークス戦でのてこ入れのため、疲弊している第三軍団を帝都に戻し、新たに皇太子率いる第二軍団とエザリントン公率いる第四軍団を派兵することを決めた。
皇太子は第二軍団の駐屯地に向かい、一ヶ月間の訓練の後に出発する。
この訓練だが、皇太子は軍事に疎いことと、訓練を投げ出して帝都に戻らないように、ラングトン大公とケンドリュー公が顧問となって鍛え上げるらしい。
「……レオポルド殿下は凱旋という形で戻られ、盛大な式典が行われるそうです。今のところ、ラングトン大公閣下もケンドリュー公爵閣下も今回の件には賛成し、特に行動は起こしていません……」
レオポルド皇子派の領袖二人が帝都を離れており、皇子派が何か行動を起こすことはないということだった。
「……一方の皇太子派ですが、インゴールスロップ公爵閣下とギャビストン公爵閣下は今回の決定を歓迎しており、宰相閣下の中立派とは良好な関係となっております。商業ギルドのスペンサー支部長は……」
皇太子派は現状より戦力が増強されたことと戦上手のエザリントン公が実質的な指揮を執ることから、諸手を挙げて賛成している。
商業ギルドは別の動きをしようとしたが、インゴールスロップ公らが中立派と共闘したことから動きを封じられている状態らしい。
「……魔術師ギルドにつきましては、イシャーウッド支部長がラングトン大公に面会したそうですが、何も得ることなかったそうです。これは次長のブレナン氏から直接聞いた話です」
中立派や鍛冶師ギルドの情報についても報告されていく。
「……中立派につきましては、エザリントン公爵閣下の情報のみですが、宰相閣下はしかるべきタイミングでザック様を召喚されるおつもりとのことです。鍛冶師ギルドにつきましては、フィンク支部長と三十名の親方たちが宰相閣下に面会を申し込み、ロックハート家に対する不当な行動を牽制されております」
俺は思わず、「三十人の親方が宰相閣下と……」と言葉に出してしまった。
「はい。五日ほど前に不穏な噂が流れたということで、その真偽と帝国として厳正に対応してほしいとの要望を伝えたということです」
「不穏な噂とはどのようなものなのだ?」と父が質問する。
「えっと……」とダンは言いづらそうな表情をしてから言葉を選ぶように話し始める。
「皇太子殿下が……リディアさんやベアトリスさんに手を出す……のではないかという噂です。実際には皇太子殿下が何かおっしゃられたということではないのですが……」
俺は怒りを覚えるより、違和感を抱いた。
確かに皇太子は女好きとして有名だが、接点がなさすぎる。リディたちの容姿についてはある程度噂になっているらしいが、それでも皇宮の最奥にいる皇太子に話がいくとは考えにくい。
元老の中でも実際にあっているエザリントン公と情報収集を怠らない宰相以外は知らないだろう。
「……この件に関しまして、お詫びがございます……」と言ってダンは唇を噛み締める。
「詫びというが、何があったのか、まずそれを話してくれんか」と父が言い、兄も「話を聞かないことには判断が付かない」と先を促す。
俺はこれまで一言もしゃべらないシャロンに視線を向けていた。
彼女は下を向いたままで時折、肩を震わせている。
そこで何となく、ダンが何を謝罪しようとしているのか分かった気がした。
「最初からお話します。まず、帝都についてから商業ギルドと魔術師ギルドに接触しました……」
ダンたちはロビンス商会を通じて商業ギルドに接触し、ラスペード先生の名を出して魔術師ギルドに接触した。
ここまでは想定内なので問題はないが、その後の話が問題だった。
彼らというかシャロンは独断で商業ギルドのスペンサー支部長と次期支部長候補の筆頭のクラーク氏に謀略を仕掛けた。
スペンサー氏にはロックハート家が中立派と結び、レオポルド皇子を支持するという偽情報を流し、クラーク氏には商業ギルドがロックハート家に手を出せば鍛冶師ギルドを使ってクラーク氏個人を攻撃すると脅した。
その結果、スペンサー氏がインゴールスロップ公らに情報を流したものの、クラーク氏がそれを阻止するという構図ができ、皇太子派は混乱し動きを封じることに成功した。
魔術師ギルドにはアンセル・ブレナン次長にイシャーウッド支部長がギルドの利益に反する行動を起こすということで協力者に仕立て上げ、イシャーウッドの行動を遅らせた。
そのため、彼の謀略は空振りに終わり、その後もギルド職員のサボタージュによってイシャーウッドは完全に無力化されている。
そして極め付けが鍛冶師ギルドを使った策だ。
支部長であるギュンター・フィンクに面会し、リディたちが危ういという不確かな情報を流す。そして、宰相に彼女たちが皇太子に狙われたら、ドワーフは帝国からアルスに引き上げると脅させた。
その結果、宰相は皇太子率いる第二軍団の出兵を決めたが、ドワーフたちに対し、脅しに屈するくらいなら帝国中のドワーフを皆殺しにすると逆に脅している。
話を聞くうちに非常に不味い状況であると思い始めた。
鍛冶師ギルド以外の関係者に、ロックハート家が関わっていると知られたら不味いことになる。商業ギルドも自分たちが踊らされたと気づけば敵対行動を取ってくるだろう。
特に新しい領地になるキルナレックは都市国家連合の一員であり、商業ギルドの影響力が強い。ロックハート家の人気を考えれば不用意な手は打てないだろうが、それでも懸念は残る。
魔術師ギルドについてはワーグマン議長が知ったら、この事実を使って何をしてくるか分からない。今のところ、魔術師ギルドが影響を受ける事案はないし、彼が敵対的な行動をとるとは思えないが、隙を見せれば何をしてくるか分からない人物だ。
そして最も危険な存在は宰相だ。
彼の情報網ならシャロンの行動を探り出すことは不可能ではないだろう。既に事実を掴んでいる可能性もある。
何といってもエザリントン公が近くにいるのだ。公爵は尊敬できる人物だし、領地の発展に協力するということで、今では良好な関係が築けているが、それでも彼は中立派であり、宰相に最も近い人物だ。
宰相とロックハート家のどちらを選ぶかといわれれば、間違いなく宰相を選ぶだろう。
そして、公爵なら完全な情報でなくとも情報の一部を掴めばシャロンが画策したと気づくはずだ。
既にシャロンがドワーフたちのことで手紙を送っていることから彼女が関与していることを知っていることになる。
(不味い……宰相が噂通りなら、どんな要求をしてくるか分からないな……)
考えられるのはロックハート家が中立派に完全に属することだ。現在でも名目上は中立派ということになっているが、実際にはどの派閥にも属さないと宣言している。宰相なら鍛冶師ギルドという力が手に入るなら、今回のことで派閥に加わるよう要求してくる可能性は高い。
次に考えられるのは俺に対し、エザリントン公の配下に加われと要求されることだろう。今の中立派は人材不足であるらしいから、俺程度でも充分に役に立つ。
まだ会っていない人物だから、もっと厳しい要求が来る可能性もある。例えば、鍛冶師ギルドに対し、商業ギルドやラクス王国との取引停止を持ち掛けろというような要求すら考えられるのだ。
そんなことをダンの話を聞きながら考えていた。
「……すべては僕の責任です」とダンが締めくくると、それまで黙っていたシャロンが慌てて口を開いた。
「違うんです。私が勝手にやったんです。兄には事前に一切相談していません。ですから……」
「分かった。少し考えさせてくれ」と父が眉間にしわを寄せてそう言うと、シャロンも口を噤まざるを得ない。
そして、一分ほど沈黙がその場を支配した。




