第五十二話「重い罰」
前半がザック視点、後半がシャロン視点になっています。
二月十日の夕方。
ダンとシャロンから帝都での情報収集の結果を聞いた。そして、シャロンが独断専行し、情報収集以上のことをやっていたことが分かった。
報告を聞いた父の表情は硬く、彼らに対する処分を考えている。
シャロンは自分のやってしまったことの重大さに気づき目に涙を溜めている。ダンも拳をしっかりと握り下を向いていた。
兄もいつも浮かべている笑みを消し、真剣な表情で一点を見つめている。
「ザック」と父が俺に声を掛けてきた。
「この影響はいかほどだと思う。二人のことは考えず、事実から考えうることだけを聞かせてくれ」
父も判断に迷っているようだ。
「分かりました。まず、宰相閣下ですが……」と説明を始めた。
俺は先ほど考えたことをできる限り客観的に話していった。
ロックハート家が今回の謀略に関わっていることが宰相に知られていることは確実で、それに対し、何らかの要求を突きつけてくる可能性が高いこと。
その要求が鍛冶師ギルドに関係し、ことごとく妨害してくる商業ギルドや今は休戦状態のラクス王国に対する謀略にまで踏み込んでくる可能性があること。
少なくともロックハート家が中立派に属するよう要求され、俺に対しても何らかのアクションが起こされること。
他にも商業ギルドや魔術師ギルドが事実を知れば、ロックハート家に対して何らかの行動を起こすことなどを話していく。
三分ほどで話しきる。
話している途中、シャロンの顔が見る見る青くなり、ガタガタと震え始めた。俺の推論までは考えていなかったようだ。
「つまり、宰相閣下が何をお求めになるかが鍵となるのだな」
武人らしく端的に事実を把握したようだ。
「その通りです。宰相閣下から話があるまでは動きようがありません」
「うむ」と父は頷き、ダンとシャロンに向き直る。
「今回の件は明らかに命令を逸脱している。今のところうまくいっているようだが、どのような結果になるかはまだ分からん。いや、うまくいったとしても、これを許すことは我がロックハート家に良くない前例を残すことになる」
ダンとシャロンは「「はい」」と答える。
「ダン・ジェークス」と父が言うと、ダンが椅子から立ち、片膝をついて頭を垂れる。すぐにシャロンも同じように彼の横で片膝を突き、頭を垂れた。
「ジェークス家の嫡男として、私の命令を逸脱した罪は重い。よって、ジェークス家に与えられる俸給を向こう半年間半減とする。また、ダンには村に帰ったら超過勤務として東の森への偵察を増やすことにする。分かったな」
六ヶ月間の減給五十パーセントと聞くと厳しいように聞こえるが、実際にはほとんど影響がない罰だ。ジェークス家が騎士に叙任された後の俸給は月に千クローナ、百万円を予定している。従士時代は三百クローナであり、半減しても今までより多いのだ。
もちろん、騎士になるからには部下である従士を採用する必要があるが、今のところ彼らに付ける従士はロックハート家から派遣された者になる。つまり、従士の俸給はロックハート家が負担するため、単純に給料が上がったことになるのだ。
その決定にダンが「そ、それでは罰になりません」と反論するが、
「これからの働きで返してくれればいい」と父は諭すようにいい、ダンの肩に手を置いた。
ダンへの処分を言い渡した後、シャロンにも罰を言い渡した。
「指揮官が遠く、現場の判断が必要なことは理解しているが、今回の件は現場の判断では済まされぬ。少なくともダンに相談すべきだった。それを怠った罪はダンより遥かに重い」
父にしては口調が固い。
「シャロン・ジェークス。ザカライアスとの婚約を凍結する。つまり、結婚は当面延期だ。延期の期限は無期限。解除するかは私が決める」
シャロンはその言葉を想像していなかったのか、「そ、それだけはお許しください!」と父に縋りつく。
「それはできん。お前は確かに優秀だ。ある程度先も見通せるし、見た目とは違い大胆さもある。しかし、それとこれとは話は別なのだ。ザック、そしてロックハート家に迷惑が掛かるだけでなら、これほど厳しい罰を与える気はなかった。しかし、今回のことは鍛冶師ギルドにも多大な迷惑を掛ける可能性がある」
そこで言葉を切り、更に重々しい口調で付け加えた。
「それだけではないのだ。最悪の場合、この世界の存亡にまで影響を与える可能性がある。そのことをよく考えよ」
父の言うことは強ち間違っていない。俺がルナと引き離される可能性があり、そう考えると世界の存亡に関わる可能性は高い。
しかし、それでもシャロンにとっては厳しすぎる罰だ。彼女は崩れ落ちるように両手をつき、涙を零している。
「父上に申し上げます。挽回の機会を与えることは可能でしょうか。私がその汚名を返上することは可能でしょうか」
「ザック、お前が何をしようとも、本人が今回のことを充分に反省し、お前の妻としても問題ないことを示せねば、結婚の無期限延期は解除せぬ」
「反省はしていると思います。それに私の妻としても問題ないはずです」
「それは家長たる私が判断する。これについては誰が何を言おうとも変えぬ」
「しかし……」と俺が更に言い募ろうとした時、兄が俺の肩に手を置く。
「父上も苦悩しておられる。第一、婚約解消じゃないんだ。父上もシャロンとお前が結婚することを認めてくださっているということだ」
「ロッドの言う通りだ。しかし、今回の件は別の話だ。もし、このことが報告されず、後で分かるようなことがあったら、私は迷わず婚約を解消させた。そして、その後一切結婚を認めなかっただろう。無論、結果がよくても同じだ。そのことをよく考えるのだ」
それだけ言うと、部屋を出ていった。
兄はシャロンに慰めの言葉を掛け、父の後に続く。
父は俺のことを考えて厳しい処分を下したのだろう。
もし、ここで厳しい処分を下さず、俺に後始末をつけるように命じたら、俺はシャロンに対し、同じように罰を与えなければならなかった。
しかし、俺にそれができたかと問われれば否としかいえない。シャロンが悲しむことが分かっているから。
父もシャロンのことを自分の娘のようにかわいがっている。だから、今は辛い思いをしているはずだ。
俺とダン、そして泣き崩れるシャロンだけが残されていた。
何とか彼女を慰めようと声を掛ける。
「大丈夫だ。兄上がおっしゃったように婚約解消じゃないんだ。それに俺もお前を手放すつもりはない。だから、これからのことを考えよう」
それでも涙が止まらないのか答えが返ってこない。
「結婚式までまだ一年以上ある。それまでに父上のお許しを得るようにがんばろう」
そこで彼女は顔を上げる。その目は真っ赤で嗚咽が止まらない。
「で、でも……御館様に嫌われて……しまいました。私は……どうしたら……」
どう慰めていいのか言葉にならない。
とりあえず、リディたちと合流し、このことを伝える必要がある。
「お前には貧乏くじを引かせたな」と妹を慰め続けるダンにも声を掛け、
「リディたちにこのことを話さないといけない。部屋に行こう」
抱きかかえるようにしてシャロンを立ち上がらせ、俺たちに与えられた部屋に向かう。
部屋では暢気に寛いでいたリディとベアトリス、メルが待っていた。
そして、涙が止まらないシャロンを見て慌てて駆け寄ってきた。
「何があったの!?」とリディが俺に聞きながらシャロンの肩を抱く。メルも「大丈夫?」と心配そうに声を掛ける。
「今から事情を説明する。まずは座ろう」
まだ嗚咽を漏らすシャロンをリディとメルが両側から支えるようにしてソファに座る。
「今回の情報収集の際にシャロンが少しやり過ぎた。本来認められていないことを勝手にやったんだ……」
事情を知らない三人に簡潔に説明していく。
話が進むにつれ、ベアトリスの顔が険しくなり、リディとメルも困惑の表情を浮かべている。
「……今回のことの罰として、父上は婚約を凍結し、結婚を無期限延期とされた」
「どういうことなの!」とリディが声を張り上げる。
「今回のことは明らかに命令違反だ。今のところ影響は出ていないが、この先も問題が起きないとはいえない。特に宰相閣下からはどんな要求が出てくるのか分からない」
「でも、結婚できなくなるのは酷いわ! あんなに楽しみにしていたのに!」
リディが憤り続け、メルが「そんな……酷い……」と呟いている。
ただ一人ベアトリスだけは何も言わずに話を聞いていた。
「結婚できないわけじゃない。あくまで結婚を、一年後の結婚を凍結されただけだ。婚約を解消したわけじゃないから婚約者と名乗ることもできる」
その言葉にメルは安堵の表情を浮かべるが、自分が同じ罰を受けたらと考えたのか、沈痛した表情に戻る。
「マットに文句を言ってくる! この子がどれだけがんばっていたのか知らないわけはないのに酷すぎる……」
「それはやめておきな。話を聞く限りじゃ、義父上のおっしゃることは間違っていない」
「でも、これは酷すぎるわ!」
「リディアが憤るのは分かるが、シャロンも自分で分かっているんじゃないのかい? そうなんだろう?」
ベアトリスの問いにシャロンは小さく頷く。
「あんたは一人じゃないんだ。頼りないかもしれないが、これからはあたしらに相談しな。ザック、これからのことはあんたが考えるんだ。義父上に許していただく方法をね」
「ああ、考えてみるよ。父上も本気でシャロンとの結婚に反対しているわけじゃない。それにこれはうまく使えるかもしれない」
俺の言葉にシャロンが顔を上げる。
「宰相閣下とエザリントン公爵閣下が今回のことで何らかの要求をしてくる可能性が高い。その時にロックハート家としては既に処分済みだと言い張れる。もちろん、その二人がこの程度の言い訳で引くことはないだろうが、少なくともこちらが手を打っていることは分かるはずだ。それに俺自身、宰相閣下からの要求が何であれ、すべて突っぱねるつもりでいるんだ」
「大丈夫なの? 相手はこの大きな国を一人で背負ってきた化け物よ」
「ああ、それでも引くつもりはない。ここで引けばシャロンが間違ったことをしたことになるんだ。やり方は間違っていたが、俺たちを、いや俺を守るためにやったことなんだ。それが間違っていたとは言わせない」
シャロンは俺の言葉に「ごめんなさい……ありがとうございます……」と言って少しだけ落ち着いた。
「いずれにせよ、このことは大々的に広めるつもりはないし、俺の婚約者でなくなったわけでもないんだ。今回のことを反省したら気持ちを切り替えてくれ。何といっても明日は鍛冶師ギルドで宴会だ。メソメソしていたら鍛冶師たちが気づいてしまう。そうなったら、本気で暴動が起きるかもしれないからな。まあ、これは冗談だが」
何となく場の雰囲気が明るくなった。
■■■
私は御館様のお言葉がよく聞き取れなかった。
でも、すぐに理解できた。一年先のザック様との結婚式が無期限で延期されるということが。
昨夜、兄からすべてを話すといわれた時、こうなることは何となく分かっていた。
ううん、その前から分かっていたかもしれない。ギュンターさんに宰相様に面会してもらうことをお願いした時から。
それでもショックだった。
このままあの方の横にいられなくなるかもと考えたら、情けないけど涙が零れてしまった。
御館様がおっしゃることはよく分かる。途中から調子に乗っていたことも自覚している。
どこで間違ったのかと考えるけど、あの時はあれが最善だと信じていた。今も最善だと思っている。
でも、ザック様のお話を聞いて、自分が宰相様のことを侮っていたことが思い知らされた。あれだけ警告されていたのにエザリントン公爵様に手紙を出し、ロックハート家が関わっていることを教えてしまった。
よく考えれば私が宰相様の立場でも今回のからくりは思いつく。もっと慎重にことを進めて、ロックハート家が関わっている証拠を残さないようにしなければならなかった。
私は思い上がっていたのかもしれない。ううん、思い上がっていたわ。
鍛冶師ギルドを使えばロックハート家に危険は及ばないと思っていた。でも、それは思い違いだった。
ギュンターさんから宰相様との面談の話を聞いた時、ドワーフを皆殺しにしてでも権威を守ると言われたと聞いた。宰相様にはその力があるし、帝国のためならやることをためらわないということも。
今になってザック様があれほど警戒していた理由が痛いほど分かったわ。
そこまで分かっても涙が止まらない。だって、ザック様と一緒になれないかもしれないと考えたら……。
部屋に戻ってからベアトリスさんに叱られた気がする。正確にいうと叱られたわけじゃないけど、確かに自分ひとりで何でもやれると思っていた。そして、大失敗をした。
ザック様がおっしゃるとおり、まだ婚約を解消されたわけじゃない。だから、チャンスは残っている。でも、御館様にお許しいただく方法が全く思いつかない。そのことで更に絶望が深くなっていく。
ザック様は私を慰めた後、今後のことを協議するために御館様の部屋に戻っていかれた。
「大丈夫よ。ザック様があなたのこと見捨てるわけはないわ」とメルちゃんが慰めてくれる。
「それに延期になるなら私もいっしょよ」
そう言ってニコリと笑う。私にはその言葉が信じられなかった。
「どうして……」
「あなたとは親友のつもりだったんだけど? あなたが逆の立場なら一人で式を挙げる? そんなことしないでしょ」
確かに逆の立場なら同じことを言ったかもしれない。
「さて、今後のことを考えるよ。あたしは考えるのが苦手だ。シャロン、あんたが考えな」
ベアトリスさんがそう言ってあたしの頭に手を載せる。そして、少しだけ動かしてから、
「あんたもザックの嫁になるんだ。このくらいで挫けちゃ駄目だよ。今はあたしらがいるんだから、みんなで一番いい方法を考えるんだ」
「そうね。ベアトリスの言う通りだわ。まず、宰相がどう出るかを考えましょう。シャロン、あなたが宰相ならどういう手に出るかしら?」
リディアさんも私を慰めるためにいつも以上に積極的に話に加わってきた。最近ではお酒ばかり飲んでいるイメージだけど、やはりこの人たちは頼りになる。
私は涙を拭いて顔を上げた。
そして、自分が帝国宰相ならどうするかを必死に考え始めた。
シャロンにとっては思いのほか重い罰が与えられました。
次話からは宰相フィーロビッシャー公とザック、そしてロックハート家の勝負となります。




