第四十四話「ダンの鍛冶師ギルド訪問」
今回はダンの視点です。
二月三日の午後。
僕は商業ギルドで妹と別れ、工業地区にある鍛冶師ギルドに向かっている。
商業ギルドのある商業地区はプリムスの北側にあり、目的地である鍛冶師ギルドは南側にある。また、街の中心部には皇宮と貴族街があり、真直ぐに抜けていくことができないため、遠回りする必要がある。
そのため、冬の冷たい雨の中、五km以上歩かなくてはいけない。
商業ギルドから帝都の西側を南に進み、工業地区に向かっている。
結構本降りの雨だが、街を歩いている人は思った以上に多かった。分厚い防水マントで分かりにくいが、商人風の人たちが多いように感じる。
しかし、中には旅行者なのかキョロキョロと周りを見回しながら歩いている集団もいた。
凱旋通と呼ばれる大通りから離れるにつれ、商店の大きさは小さくなり、人通りも少なくなっていく。
その代わり四階建ての集合住宅が増えてくる。晴れていたら子供の声が溢れているのだろうけど、今は足早に歩く主婦を見るくらいだ。
住宅地の街路は狭いが、ところどころに五十m四方くらいの広場があった。テントのようなものが建てられ、雨の中でも野菜などの食料品を売っている。
西地区に入ると、大きな建物が見えてきた。帝都の卸売市場だ。何となく魚の生臭い匂いも漂っている。
左手側に帝国軍本部があるらしく、天気がよい日なら軍本部から飛竜が飛ぶのが見えるらしいけど、今日は雨ということで飛竜の姿は見えなかった。
この辺りには安くておいしい食堂が多いと聞き、適当な店に入ってみた。ちょうど昼食時ということで、多くの人が食事をしている。
「初めて見る顔だね。うちは定食しかないよ。それでいいかい!」
威勢のよい中年女性の声に出迎えられる。
僕はマントを脱ぎながら空いている席に座り、「それでお願いします」と言って、小銀貨を一枚渡す。
「あいよ! 定食一丁!」という威勢のいい声が店に響く。
すぐにトレイに乗った定食が出てくる。トレイの上には腸詰が入った魚のスープと黒パン、それにエールが入ったカップが載っていた。
スープは少し塩味が強いけど、複雑な出汁が出ていて黒パンを浸して食べると、手が止まらなくなるほど美味しかった。
これが一クローナで食べられるのだから、安くておいしい店が多いという話は間違っていない。
「美味い」と呟くと、先ほどの女性が「うちの自慢のスープだからね」と言って通り過ぎていく。
エールは少し炭酸が弱くて酵母の雑味があった。多分、残り物なのだろう。
もう少し美味しいエールの方がいいのにと思ったところで、僕もザック様の影響を受けてきたんだなと思い、笑みが零れた。
昼食を終えたが、雨は相変わらず本降りで、防水性のあるマントも水を含んで重くなっている。今日は鎧を着けていないが、もし着ていたら手入れが大変だったんだろうなと思いながら南に歩いていく。
三十分ほどで工業地区に入った。金槌の音や機を織る音などが雨の音の中から聞こえてくる。
地図で確認してあったので、すぐに金槌と金床が描かれた看板は見つかった。
鍛冶師ギルドの建物は三階建ての石造りで、馬車が出入りする大きな通用門と人が出入りする正門がある。
僕はまっすぐ正門に向かい、中に入っていった。
昼過ぎということで一階のホールは閑散としている。ドワーフの鍛冶師が十人ほどいたけど、知っている人はいなかった。
受付を見つけ、三十歳くらいの男性職員に用件を伝える。
「ラスモア村から来ました、ロックハート家の従士ガイ・ジェークスの嫡男ダンです。支部長のギュンター・フィンク様にお会いしたいのですが」
ラスモア村と言ったところでドワーフが一斉に振り向いた気がした。受付の人も“ラスモア村”と“ロックハート家”という単語を聞き、慌てて立ち上がる。
「少々お待ちください! 支部長に確認してきますので!」
何だかザック様が教えてくれたウェルバーン支部の出来事に似ている。
「ラスモア村と聞こえたが、ロックハートの者なのか?」
ベテランらしき一人のドワーフの鍛冶師が声を掛けてきた。
「はい。ロックハート家の方々はまだシーウェルにいらっしゃいますが、先触れとして私が派遣されました。二月十日頃に帝都に到着される予定です」
「おお! そうか! そうか!」と言って笑い、僕の腕をバシバシ叩く。今日は鎧を着ていないため結構痛い。
他の鍛冶師とも挨拶をしていると、先ほどの職員が戻ってきた。
「すぐに支部長がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
そう言って奥に案内される。
ここまでは予定通りで特に緊張はしていないけど、ここからは気を引き締めていかないといけない。僕の不用意な一言で、鍛冶師方が暴走することもありえるのだから。
支部長室と書かれた部屋に案内されると、中にはドワーフ・フェスティバルで顔を合わせたギュンターさんが待っていた。
「よく来たな、ダン!」
そう言ってゴツイ手で握手をする。僕も握力はある方だけど、これも結構痛い。
「お久しぶりです。ギュンターさん」と挨拶を返すと、
「今日は何のようじゃ? ザックたちが来るのはもう少し先だと聞いておったのじゃが?」
「はい。ザック様たちはまだシーウェルにいらっしゃいます。今頃は蒸留所の建設候補地を確認され、侯爵様たちと計画を検討されているくらいだと思います」
「おお! 遂に帝国南部にも蒸留所ができるのか!」と満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
釘を刺すようで悪いけど、まだ先の話なのでそのことはきちんと伝えておく。
「ですが、まだ職人が育っていませんし、蒸留器の生産の目途も立っていませんので。ザック様がおっしゃるには生産開始は二年後くらいで、販売開始は五年後くらいだと」
「そうか……まだ、そんなに掛かるのか……」と目に見えてがっかりしている。
「この話はザック様がこちらでしてくださると思います。今日は別のことでお願いに参りました」
そう言って居住まいを正す。僕の表情が変わったことでギュンターさんの表情も変わった。
「別の頼みじゃと? 儂らにできることなら何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。今すぐにお願いすることはありません。ですが、商業ギルドと魔術師ギルドが動いているようなので、情報があれば教えていただきたいのと、何かあった時に支援をお願いしたいというのが今回のお願いなんです」
「何かあればいつでも言ってこい。儂らはロックハートの味方じゃからな。しかし、商業ギルドと魔術師ギルドは何をしようとしておるんじゃ?」
「妹がそれを探っています。それが分かったら、またお願いすることができるかもしれませんが、今のところ情報を集めているということくらいしか掴めていません」
ギュンターさんは「分かった」と言い、「誰か来てくれ!」と支部長室の外に向けて大声で叫んだ。
すると、すぐに二十代前半の若い男性職員が現れる。
その男性は何があったのかといぶかしみながら、
「お呼びでしょうか?」
「アランか。商業ギルドからロックハート家のことで問合せが来ておらんか?」
アランと呼ばれた男性は即座に「はい、ございました」と答え、
「業務日誌に記載があったのですが、三日ほど前に商業ギルドの職員の方が来られたようです。ロックハート家の方々がいつ頃到着される予定かと質問され、更に雑談交じりにザカライアス様のことをいろいろと質問していたとのことですが……」
以前、アルスの総本部の職員ジャック・ハーパーさんに聞いたことがあるが、鍛冶師ギルドではロックハート家に関する情報は業務日誌に記録され、全職員に周知されるそうだ。鍛冶師方が暴走することを未然に防ぐためらしい。
「なるほど……商業ギルドが何を考えているのか調べる必要がある。アラン、済まんが取引がある商人たちに情報収集を頼んでくれ。儂の名を使っても構わん……」
ギュンターさんはその場でアランさんに指示を出した。
「了解しました。商業ギルドの動きを探ればよろしいのですね。他には何かありますでしょうか」
「そうじゃな。魔術師ギルドも動いておるという話じゃ。うちと魔術師ギルドではほとんど接点はないが、何か情報があればそっちも頼む」
あっという間に鍛冶師ギルドが主体となって情報収集に当たる話になってしまった。
後で妹に叱られるかなと思うが、こうなったら成り行きに任せるしかない。
「ロックハート家が動いているということは内密でお願いします。鍛冶師ギルドが蒸留所絡みで独自に動いているという感じで聞いてもらえると助かります」
アランさんはニコリと笑って頷く。
「分かりました。帝国内に蒸留所を作る話がありましたから、そっち方面から話を持っていきます。他に注意すべき点は?」
そう言われてもすぐには思いつかない。答えに窮しているとローレンシア様たちのことを思い出した。
「エザリントン公爵家のご令嬢の噂は帝都に流れてきているでしょうか?」
僕の質問にギュンターさんが答えてくれた。
「聞いておるぞ。何でもエザリントン支部での宴会に一緒に行ったそうじゃないか。イヴァンの奴が褒めておった。あの娘たちならばザックの嫁になっても問題ないとな」
「では、その話を広めてください。もう少ししたらシーウェル方面からも同じ噂が流れてくるはずです。その話に信憑性を持たせたいのです」
アランさんは僕の話の意図が掴めず、「それはどういった意図があるのでしょうか」と聞いてきた。
「つまりじゃ。ザックの嫁はもう充分じゃという話を広めてくれということじゃ。そういうことじゃな、ダン」
ギュンターさんは何も説明しなくてもエザリントン公爵様の策を見抜いていた。
「その通りです。いろいろな方から話が来るのでザック様も困っておられます」
そこで自分のことも噂にしてもらおうと思いつく。
「ついでと言っては何ですが、僕ダン・ジェークスもラドフォード子爵様のご令嬢との婚約の話が進んでいるという噂も流していただけませんか。まだ、フェリシア様に話は行っていませんが、子爵様と奥様から噂にしてもよいとの了解は頂いておりますので」
この話はあと何日かしたら、イグネイシャス様からご令嬢のフェリシア様に手紙が届くはずだ。今から噂を流しておいても、問題にはならないだろう。
アランさんは「お任せください」と行って支部長室を出ていった。
僕も話が終わったので、宿に戻ろうと立ち上がるが、
「よし、今から宴会じゃ!」とギュンターさんがいい、僕の手を掴む。
「運がいいことに今日は支部の集まりがあるんじゃ。そろそろ連中も集まっておるじゃろう……」
運が悪いことに集会と言う名の宴会の日に来てしまったようだ。
(今日はザック様もリディアさんもいない。どうしよう……潰れたら絶対シャロンに怒られる。それ以前に無事に明日を迎えられるか心配だ……)
プリムスにはドワーフの鍛冶師が親方の工房が百以上ある。つまり、百人以上のドワーフと酒を飲まなくてはいけない。
いつもなら、ザック様やベアトリスさんがいるから、僕一人が飲まされるわけじゃないけど、今日は僕しかいない。つまり、いつも以上に飲まされるということだ。
そして、僕の心配は的中した。
宴会は午後三時頃から始まったが、僕が覚えているのは二時間くらい。気づいたら宿の寝台で寝ていた。
二月四日の朝、二日酔いの激しい吐き気と戦いながらベッドから起き上がる。サイドテーブルには水差しが置いてあった。まだ残るエールの強い匂いと戦いながら水を飲む。
「大丈夫、お兄ちゃん」と妹が声を掛けてきた。大して大きな声ではないが、その声でも頭に響く。しかし、そのことは顔に出さず、無理やり笑顔を作り、
「二日酔いだけど、何とか生きているよ。水を用意してくれて、ありがとう」
一度トイレに行くと多少楽になった。
「こうなると思っていたけど……」と妹は苦笑しているが、「ちゃんと帰ってきたから許してあげるわ」と言って微笑んでくれた。
その後、痛むこめかみを押さえながら、ギュンターさんと話したことを伝える。
「上出来よ。ローレンシア様たちの噂を流すことは忘れていたわ。それに鍛冶師ギルドが蒸留所建設の関係で調べているという話もいいわね。鍛冶師方ならあり得るとみんなが思うから」
どうやら僕の交渉は合格点だったようだ。
「そういえば、どうやって部屋の前まで帰ってきたの?」
「部屋の前までは帰って来れたんだ。覚えていないな……」
「ドアを叩く音で気づいたんだけど、歩ける雰囲気じゃなかったわ」
「ああ、ギルドの職員の方にお願いしてあったんだ。酔い潰れたら宿まで送ってほしいって。雨が降っているからって馬車に乗ったことは何となく覚えているけど……」
揺れる馬車で気持ちが悪くなったことも覚えているけど、どうやって宿に入って部屋の前まで来たのか覚えていない。
「潰れた後のことまで頼んであったのは褒めてもいいけど、そろそろ、お酒の量を覚えなさいってザック様に言われていたよね……」
妹の小言が始まりそうだったので、「もう少し横になるよ」と言って、妹の小言攻撃を回避する。その後はすぐに睡魔に襲われ、昼前になって目を覚ました。
既に妹の姿はなく、サイドテーブルに二日酔いの薬と水、そしてメモが置いてあった。
僕は薬を飲みながら、メモを見た。
『起きそうにないので先に情報収集に行きます。今日は商業ギルドのスペンサー支部長に会ってくる予定です。時間があったら、兄さんは魔術師ギルドの近くにある魔道具の店を回って、ザック様の噂を流してください……午後からは鍛冶師ギルドに向かうので昼には戻ってきてください。シャロン』
妹は商業ギルドの支部長に接触するようだが、今回の計画にはないことだった。どうやら昨日のうちに新たな情報を得て、計画を変更したらしい。
既に昼前なので噂を流す時間はなかった。
(でも大丈夫なんだろうか? ザック様からは情報収集だけにするようにって言われているのに……)
僕は一抹の不安を感じながら、妹が戻ってくるのを待っていた。
ダンも大人になりましたね。酔っぱらった後のことまで考えられるとは。うちの上司に爪の垢を……(笑)




