第四十三話「魔術師ギルド帝都支部」
前半がイシャーウッド視点の一人称、後半が三人称になっています。
私マイルズ・イシャーウッドが帝都に来たのは五年前。
魔術師ギルド・プリムス支部長という肩書きだが、ギルド内での評価はあまり高くない。
その昔、この街にはギルドの総本部があった。しかし、それは遥か遠い過去のことであり、今では一応支部があるという程度の価値しかない。
魔術師ギルド本部がドクトゥスに移転したのは、帝国政府からの干渉を嫌ったためだ。元々魔術師ギルドは国家から独立した組織で、各国の宮廷に魔術師を送り込んでいる。しかし、当時の皇帝がギルドを帝国の政府機関の一つにしようとしたことから、干渉されにくい辺境に移ったらしい。
そのため、帝国では別の教育機関を作り、魔術師を独自に育成し始めた。帝都の学術院もその一つだが、未だにティリア魔術学院はもとより、ドクトゥスの大手私塾にも水をあけられている。
帝国も独自の教育がうまくいっていないことから、魔術師ギルドの価値を渋々認めているが、積極的に活用しようという気がない。つまり、ここ帝都支部は帝国からもギルドからも軽く扱われている存在なのだ。
私も今年で四十二歳だ。六年前には若手の参事と言われ、人事委員長の椅子に手が届く目前だった。
しかし、同期のピアーズ・ワーグマンの失脚を画策するも失敗し、逆に左遷させられてしまった。あの時ピアーズを葬ることに成功していれば、今頃私が評議会議長の座についていたはずだ……。
いや、今更過去のことをどうこう言っても仕方がない。今は未来に向けて行動すべきだ。
そして、私に挽回の機会が訪れた。
魔術師ギルドの帝国内での存在価値が低いのは、ギルドが帝国政府の意向に沿わないこともあるが、魔術師の存在価値が昔より低くなったことも原因の一つだと考えている。
では帝国内における魔術師の価値とは何かという話になる。
少しくどいが帝国における魔術師とはどのような存在かから話をしたい。
市井の治癒師を除けば、帝国で魔術師というと宮廷魔術師と帝国軍の魔法兵となる。
このうち、宮廷魔術師はほぼ世襲制で、知識はあるが魔術師としての能力は低く、皇室や大貴族の子息の教育係程度としか認識されていない。
つまり、魔術師としての価値はほとんど関係ないのだ。
更に問題なのは、帝国軍の魔法兵という存在だ。
これが標準的な編成では、定数二千名の一個連隊には百名からなる魔法兵一個中隊が属する。魔法兵中隊は攻城戦のための長距離攻撃部隊であり、陣地構築を行う工兵だ。
しかし、現在ではその実力は低く、攻城戦では射程の短さから全く役に立たない。
これは魔法兵の平均レベルが二十五程度であり、射程は五十mほどしかなく、連射も利かないためだ。
この程度の能力なら弓兵の方が遥かに攻撃力があり、使い勝手もいい。
陣地構築でも簡単な土塁を作るだけで魔力を枯渇してしまうほどレベルが低い。千年以上前の魔法兵は城塞や橋梁の建設を行っていたが、その当時の魔法兵と今の魔法兵では同じ兵種とは思えないほどの差がある。
これらのことから、魔法兵は部隊ごと欠員にしている連隊がほとんどだ。また、魔法兵部隊を持つ連隊でもあまりに使い道がないため、輜重隊と共に常に後方に置かれているとさえ言われている。
すべての元凶であるレベルの低さは教育の不備が原因だが、今はそのことに言及しない。
これらのことを整理すると、帝国の魔術師に対する認識は、口は達者だが大した実力はないというものだ。
この認識を改めさせることができれば、魔術師の価値は上がり、それに従ってギルドの地位も上がるはずだ。
しかし、魔術師のレベルを上げることは一朝一夕でできることではない。更に言えば、十年後に評価が上がったとしても、私にとっては何の価値もない。
ならばどうするか。
帝国に優秀な魔術師がいないなら、スカウトすればいい。
そして、ここプリムスに三人の優秀な魔術師がやってくる。
一人目はあのラスペード教授が手放しで褒める天才、ザカライアス・ロックハート。
二人目はロックハートの陰に隠れて目立たないが、教授が魔力制御の天才と絶賛するシャロン・ジェークス。
三人目は二人の師であり、ティリア魔術学院を首席で卒業したリディアーヌ・デュプレ。今はロックハートと結婚し、リディアーヌ・ロックハートと名乗っている。
この三人はいずれもレベル四十を超えており、アンデッドの大群を全滅させた魔術師として、元老たちの受けもいい。
更にロックハートには鍛冶師ギルドという強力な後ろ盾もいる。
そのロックハートたちを帝国軍に引き入れる策を提示すれば、元老たちの私に対する評価は一気に上がるだろう。
今のところ、元老たちがどの程度ロックハートを評価しているかは分からないが、もし、鍛冶師ギルドとのコネクションを正当に評価できるなら、引き入れる策を与えた私の評価は大いに上がる。
更に言えば、私自身の価値が上がるなら、ギルドの評価を上げる必要はない。
私個人と帝国との間に太いパイプができれば、帝国との冷え切った関係を憂慮するギルドの上層部の受けもよくなるだろう。それにより、ギルド本部への返り咲きも充分にあり得る話だ。
一足飛びに議長になることはないが、外交委員長に抜擢される可能性はあるはずだ。
しかし問題があった。
それはキーになる人物ロックハートに、地位や名誉に対する興味がないことだ。
彼が卒業する前、帝国を含め様々な国が彼を招聘しようと破格の条件を提示した。しかし、彼はそのすべてを断り、冒険者として実家のある辺境に戻った。
そんな男を帝国に招聘、言葉を飾らずに言えば、縛り付けるには飴ではなく鞭が必要だと考えている。
しかし、魔術師ギルドに彼を縛り付けるほどの力はない。
ギルドに力がなければ、力のある組織を利用すればいい。私が考えた方法は帝国内の派閥争いを利用するというものだった。
現在のカエルム帝国だが、皇帝に実質的な権力はなく、実態は元老たちによる寡頭政治だ。
元老院は恒常的に政争の場であり、現在も皇太子派とレオポルド皇子派で争っている状態だ。もっとも、実質的に権力を握っているのは中立派と呼ばれる宰相一派だが。
しかし、その中立派も現宰相フィーロビッシャー公が引退すれば、一気に力を落とす。つまり、いずれも将来に不安を抱えており、三すくみという状態なのだ。
この状況が劇的に変わる可能性があった。それは次期皇帝の座に誰がつくかということだ。
順当にいけば皇太子が次の皇帝の座につくはずだが、そこには大きな問題があった。
それはジギスムント皇太子という存在そのものだ。
皇太子は素行不良で廃嫡の噂が絶えないほど評判が良くない。
特に女好きということで皇宮の女官に手を出すだけでなく、下級貴族の妻を強引に奪い、何人もの女性を自殺に追い込んでいる。
一方で、レオポルド皇子は平民たちに人気が高い。カエルム帝国の力の源泉である帝国軍も掌握しており、悪い噂はほとんど聞かない。
レオポルド皇子にも泣き所はある。彼が妾腹の生まれだということだ。現皇妃の実子であるジギスムント皇太子と比べると生まれの差は歴然だ。
噂を信じるなら、皇帝自身は皇太子を廃嫡にしたいが、皇妃が恐ろしくできないらしい。逆に言えば、皇妃ですら納得せざるを得ない失態を犯せば、廃嫡は充分にあり得ることなのだ。
私が考えたのは皇太子にザカライアスの妻の話をしたらどうなるかということだ。
戯れに手を出すことは間違いなく、そうなった場合、ロックハート家は皇太子派を敵視するだろう。
それだけなら大したことはないが、ロックハート家には鍛冶師ギルドが付いている。
特にザカライアスはドワーフとの関係が深く、そんな男の妻が強引に奪われたら帝都のドワーフが暴発することは火を見るより明らかだ。
帝都に住むドワーフは二、三百人しかいないが、彼らが暴発すれば大規模な暴動になることは間違いない。怒れるドワーフたちを抑え込むには、帝国軍が出撃する必要がある。
そうなれば、その原因を作った皇太子はまず間違いなく廃嫡される。
このことで最も利益を受けるのはレオポルド皇子とその一派だ。
レオポルド皇子派であるラングトン大公やケンドリュー公は生粋の武人であり、このような謀略は苦手だ。そこに私がこの策を持っていけば、乗ってくる可能性は充分にある。
しかし、生粋の武人ということでこのような謀略を嫌う可能性が残る。そうなった場合を考え、大公たちにはロックハートに対し妻たちを皇太子から守りたくばレオポルド皇子派に与するしかないと説得してはどうかという話を持っていく。
これならば単純な武人である彼らも理解しやすいだろう。
ロックハートは若いながらも政治家の才能を持っているらしいから、ラングトン大公から話があればすぐに理解するだろう。そして、自分の妻が危険であると知れば、私の思惑通り、レオポルド皇子派に入るしかない。
宰相がいる中立派に助けを求めるという選択肢もないわけではないが、彼がそれに気づく前に大公らが動けばよいのだ。
問題は大公に皇太子から守るだけの力があるかということだ。皇太子の暴走を確実に止められる者は皇帝以外におらず、その皇帝も皇妃の顔色を伺い、強く言えずにいる。
しかし、大公は前皇帝の弟だ。その地位を最大限に利用すれば何とかできるだろう。
頭が固い武人ということで方法が思いつかないようなら、私が参謀役として策を出してやってもいい。暴虐なだけの皇太子を封じる策など、情報さえもらえれば簡単に思いつくはずだ。
私はラングトン大公に面会を申し込む前に、更なる情報収集を行った。部下たちを使って情報を集めると、エザリントン公が先手を打って動き始めたことを知る。
エザリントン公は次期宰相と言われるほど優秀な政治家だ。そんな男が動き始めたとなると、こちらも早急に動かなければ、私の策は始める前から潰えてしまう。
手を打とうと考えるが、大きな問題があった。
私には五十名以上の部下がいるが、子飼いの部下は一人もいない。つまり、信用できる者が一人もいない状態なのだ。
ここにいる者はほとんどがピアーズの息の掛かった者で、唯一まともに使えそうなのは次長のアンセル・ブレナンだけだ。
ブレナンは以前、教育研究委員会におり、私の下で働いたこともある。
ピアーズが仕切っていた教育研究委員会ということで、彼の影響を受けている可能性はあるが、職務には忠実で今のところ私に対して不利益になることは一切していない。それどころか私の打ち出す計画に積極的に協力している。
不安は残るが、魔術師ギルドの地位向上のためと言って説得すれば、私の策に協力するだろう。
二月に入ってすぐにブレナンを呼び出し、ロックハートらを帝国軍に入れる策について説明した。
「……というわけだ。ギルドに不利益はないし、そもそも皇太子の耳にロックハートの妻の話が入れば同じことだ。ロックハートたちにとってもよいことだと思わないかね?」
ブレナンはいつも通り無表情なまま黙っており、しばらくしてから「その通りです」と頷いた。
「では、ラングトン大公閣下との面談をセットしてくれたまえ」
ブレナンは「かしこまりました。数日中には必ず」と言って下がっていった。
私は久しぶりに血が熱くなるのを感じていた。
ここに来てから無力さを感じることばかりだったが、ようやく自分の得意な謀略が使える。
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アンセル・ブレナンはイシャーウッドからの命令について考えていた。
(確かに支部長が言う通り、帝国軍での魔法兵の評価は低く、それが魔術師全体の評価を下げていることは間違いない。噂に聞くラスペード先生の愛弟子たちなら、その評価を覆すことはできるかもしれない。しかし、あの支部長がそれだけのことで動くだろうか? もっと悪辣なことを考えているのではないだろうか……)
彼はイシャーウッドを信用しきれずにいたが、ギルドに不利益になるわけでもなく、直属の上司命令を無視するわけにはいかない。
仕方なく行動しようとした時、部下の一人が彼に来客があると伝えた。
「来客? 誰なのかね?」
「ラスペード先生関係の案件だそうです。あのシャロン・ジェークスがザカライアス・ロックハートと教授の依頼で情報を探しているようです」
シャロン・ジェークスの名はここ帝都でも知らぬ者はいなかった。ザカライアス・ロックハートの陰に隠れているが、リオネル・ラスペード教授が助手に勧誘した話はすべてのギルド職員に衝撃を与えている。
ブレナンはラスペードに関する案件の担当だった。
本来は支部ナンバーツーの次長が行う業務ではないのだが、ラスペード絡みの案件だけは評議会議長から直々に最優先で実施するよう通達が出されている。
これは代々の議長がラスペードへの苦手意識を持っているためと言われているが、ギルド職員は自分も同じ苦手意識を持っているため誰も奇異に思っていない。
「応接室に通してくれたまえ」と命じると、この仕事の方がやりがいがありそうだと苦笑いが浮かんでいた。
応接室に入ると十代半ばの少女がソファに座っていた。
彼は思った以上に若いため、見間違いかと思うほどだが、彼女に関する情報を思い出し、すぐに右手を差し出した。
「次長のアンセル・ブレナンだ。ラスペード先生関係の依頼ということだが、具体的にはどのような依頼なのかな」
シャロンは握手しながら、「シャロン・ジェークスです。先に謝罪させてください」と言って頭を下げる。
「申し訳ございません。先生の名前は勝手に使わせていただきました」
「どういうことかな。ことと次第によっては冗談ではすまされないが」
ブレナンが声を低めてそう警告するが、シャロンは意に介すことなく説明を始める。
「魔術師ギルドがロックハート家に関する情報を集めていると聞きました。杞憂であればよいのですが、もし、ロックハート家を利用しようとするなら、必ずや魔術師ギルドに災いします。そのことを確認しに来たのです」
自分が先ほど聞いたばかりの話を目の前の少女が知っていることに、ブレナンは驚きを隠せず、「なぜそのことを知っているのかね」と聞いた。
口にした瞬間、しまったと思うものの、一度出た言葉を戻すことはできない。
「ロックハート家には様々な情報源がございます。イシャーウッド支部長が何をされようとしているのかはまだ分かっていませんが、少なくともエザリントン公爵様を敵に回すことだけは覚悟してください。もちろん、鍛冶師ギルドは当然ですが」
ブレナンは目の前の少女の言葉に戦慄する。
(エザリントン公と手を握ったのか……ならばフィーロビッシャー公も当然知っている。宰相を敵に回すのは不味い。しかし、支部長に言っても聞かぬだろう……)
ブレナンはどうすべきか悩み、沈黙する。
「魔術師ギルドが皇太子派、皇子派のいずれについてもメリットはありません。彼らは目先のことしか考えませんから。それに引き換え、中立派を敵に回すリスクは大きいと思います。最悪の場合、支部の閉鎖、いいえ、ドクトゥスへの帝国軍侵攻すら考えられます」
「支部の閉鎖はともかく、侵攻はないだろう。都市国家連合を敵に回すつもりなら別だが」
ブレナンの反応は特に楽観的なものではない。実際、帝国軍が侵攻しようとすれば、商業ギルドを筆頭に多くの妨害が予想されるからだ。
「本当にそうでしょうか? 都市国家連合は現在、その盟主であるアウレラの力が落ちています。この状況でアウレラの安全を保証されれば、ドクトゥスへの侵攻を黙認する可能性はあります。実際、都市国家連合の一つ、キルナレック市はエザリントン公爵様の発案でロックハート家の領地に編入されます。力は弱いとはいえ、連合に属する都市の独立が取り上げられたのです」
「確かにそうだが、それがドクトゥスへの侵攻とは直接関係しないのではないか?」
「宰相であるフィーロビッシャー公爵様は冷徹な方と聞いております。帝国にあだなす存在を認めない方であるとも……もし、魔術師ギルドが帝国内の派閥争いに口を挟むようなら、宰相様は容赦なく、ギルドに制裁を加えるでしょう。二度と政治に口を出さないように。恐らくですが、エザリントン公爵様と宰相様はアウレラへの圧力を加えるために、キルナレック市の自治権を取り上げたのではないかと思います……」
更にシャロンの話は続いた。
「……魔術師ギルドはどの国に対しても中立の立場であり、ギルドとして内政に干渉しないというのが基本的な方針だったはずです。もし、ギルドの中立性を失うようなことになれば、宰相様だけでなく、他の国もギルドに対し疑念を持つことでしょう。一支部が起こした問題とし処理できるものではないのです」
ブレナンはイシャーウッドより彼女の方が正しいと感じた。
(支部長のやろうとしていることは魔術師ギルド員を推薦しているだけに見える。しかし、実質的にはエザリントン公爵と結んだロックハート家を脅し、派閥関係を変えようとする内政干渉に近い。特に危険なのはあの宰相がいる中立派を敵に回す可能性だ。彼女の言う通り、ギルドが敵に回ったと宰相に認識されたら大きな不利益を被る。帝国との微妙な関係を考えれば、藪を突く必要はないのだ……)
ブレナンはシャロンの考えに乗ることにした。
「よろしい。君の言葉はすべて合理的だ。私としても魔術師ギルドが不要なリスクを負うことを見逃すことはできない。私にできることがあれば協力しよう。もちろん、ギルドの中立性を揺るがさない範囲でだが」
「ありがとうございます」とシャロンは頭を下げ、
「では、支部長が何をなされようとしているのかについて、情報を教えていただきたいのですが……」
こうして、シャロンは魔術師ギルド内に協力者を得た。
情報を得た彼女はブレナンに対し、サボタージュを依頼する。
「イシャーウッド支部長と大公様の面談についてですが、できる限り遅らせてほしいのです」
「なぜかね? やめさせるなら分からないでもないが、遅らせるだけでは意味がないのではないと思うのだが」
「この先、エザリントン公爵様がいろいろと動かれるはずです。今、支部長に動かれるとそれを邪魔することになります。時が経てば支部長がどう動こうが情勢は変わらないところに落ち着いているはずです」
「なるほど。エザリントン公ならありうる話だな。承知した」
こうしてイシャーウッドと大公の面談は通常より二日ほど遅れることになる。
シャロンが本格的に動き始めた……イシャーウッドの命運は……もう決まっているようなものですね(笑)




