第三十四話「ヴィクトリアの思惑:後篇」
最初は三人称、途中から一人称になります。
一月二十九日、正午前。
ダン・ジェークスは主家の三男セオフィラス・ロックハートとラドフォード子爵夫人ヴィクトリアと共に商業地区に近いカフェテラスで昼食を摂っていた。
ヴィクトリアはザカライアスを勧誘するために情報収集をしたが、思いの外ダンの口が固く、情報収集を諦めた。
当初、彼はヴィクトリアが神々の敵に操られているのではないかと疑ったが、早々に諦めたことから安堵する。しかし、その直後、彼女から思いもよらぬ話を聞かされる。
それはセオフィラスに対する帝国貴族の思惑だった。ヴィクトリアは美人局紛いのことすら考えられるため、警戒すべきであると警告した。
更にヴィクトリアはダンに対しても警告する。
「セオ君もそうだけど、あなたも気をつけるのよ」
「はい。ですが、僕にはそれほどこないと思っていますが」
「あなたは自分の価値に気づいていないみたいね」
ヴィクトリアはもう一度真剣な表情で彼を見つめる。
「あなたはザカライアス卿の腹心なのよ。ジェークス家はロックハート家の家臣だけど、あなた自身に限っていえば、帝国の三大派閥が狙う天才、ザカライアス・ロックハートの最も信頼する家臣であり、義兄弟になる人物なの」
その事実に「確かにそうですけど……」と言うことしかできない。
ヴィクトリアは更に具体的な話をしていく。
「仮定の話をするわよ。ザカライアス卿は彼が望めば、今すぐにでも男爵になれる。そして、二十年後に伯爵になってもおかしくはない。ここまではいい?」
ダンも同じことを考えており、「はい」と言って大きく頷く。
「そして、ザカライアス卿は宮廷魔術師長、帝国軍の軍団長、宰相府の官房長になれる逸材。その筆頭家臣なら男爵がふさわしいと誰もが思うわ。大事なことは、ザカライアス卿が望めば腹心の地位を上げることは容易だということ。つまり、あなたは将来男爵になるかもしれない人物と見られているのよ」
思ってもみなかった言葉に即座に反論する。
「ですが、ザック様はそんなことは望みません。もちろん僕も」
「ええ、分かっているわ。でも、すべての人が分かっているわけじゃないの。貴族には誰もが自分と同じように出世を望むはずと思っている人が多いの。つまり外から見れば、あなたは将来の男爵。それも帝国の中枢を動かすことができる人物の無二の親友にして腹心。そんな人物を貴族たちが放っておくと思う?」
「いいえ……」と答えることしか、ダンにはできなかった。
「主家のためにトラブルを招きたくないと思ったら、しっかりした手を打ちなさい。今のままでは無防備すぎるわ」
ヴィクトリアの厳しい言葉に「どうすればいいのか分かりません」と言って下を向く。
「ザカライアス卿でもいいし、あなたの妹シャロンさんでもいいわ。誰かに相談しなさい」
「はい」とダンは頷く。
ダンが了解したことで、ヴィクトリアが表情を緩める。
「私から提案があるの。聞いてみる?」
ダンが頷くとヴィクトリアは前のめりになり小声で話し始めた。
「私の娘フェリシアは帝都にある高等学術院にいるの。歳も君と同じ十七歳。娘と婚約しているかのように振る舞えば、ある程度は効果があると思うわ……」
彼女の提案は自らの娘と婚約しているように見せ、貴族たちが娘を押し込もうとすることを防ぐというものだった。
年齢的には全く問題なく、家格的にも子爵家令嬢ということで、成り上がりの騎士の嫡男に嫁ぐのは破格ではあるが、ロックハート家の家臣であることを考慮すれば違和感は全くない。更にザカライアスとイグネイシャス・ラドフォード子爵の関係を考えれば、当たり前と考える者の方が多いだろう。
フェリシアはローレンシアと同級生であり、交流もあるらしく、その点も不自然さを感じさせない要因になる。
「幸いなのかは微妙だけど、フェリシアに婚約者はいないの。それに浮いた話一つもないわ。私の娘なのにね。だから、ちょうどいいのよ」
「ですが、フェリシア様のご了解がなければ……」
「その点は大丈夫よ。帝都に着いたら夫と私が説得するから。それにあの子は結構いたずら好きだから、こういう話には乗ってくるはずよ」
「ですが……」とダンは煮え切らない。
「それに娘が気に入ったら、そのまま結婚してくれてもいいわ。そろそろ何とかしないといけないと思っていたからちょうどいいし」
ダンは話についていけず、「ザック様に相談します」とだけ答えた。
昼食を終え、街を散策する。
ヴィクトリアの話にダンとセオはやや沈んだ表情をしていたが、「今は考えても仕方がないわ。楽しみましょう」と言われ、気持ちを切り替えた。
城に戻った後、ダンはザカライアスに相談にいった。
■■■
シーウェル侯爵らとの協議を終えた後、俺は自分に与えられた部屋に戻っていた。まだ、夕方には時間があるため、ゆっくりしようと思ったが、ヴィクトリアと一緒に出かけたダンが部屋にやってきた。
「何か用があるようだが、ちょうどダンに話があったんだ。ちょっと待っていてくれ」
そう言ってシャロンを呼びにいく。彼女は明日の出発準備をしていたが、ダンが戻ってきたことを伝えるとすぐに立ち上がった。
部屋に戻り、帝都に先行して向かってもらうことを告げる。
「……商業ギルドと魔術師ギルドの動きが怪しいんだ。済まないがシャロンと一緒に帝都で情報収集をしてほしい」
ダンは商業ギルドと魔術師ギルドが動き始めたという話に気を引き締める。
「分かりました。冒険者として帝都に入って情報収集ですね。大丈夫です。お任せください」
得てほしい情報や注意点を伝えたところで、彼の話を聞く。
「先にこっちの用件を話してしまったが、そっちの用事は何なんだ?」
「実はヴィクトリア様から……」と言って、ヴィクトリアとの話をしていく。
「なるほどな……美人局か。確かにヴィクトリア様のおっしゃることは一理ある。俺だけじゃなく、セオやセラ、ダンにも気をつけておくべきだな」
俺の言葉にシャロンも同意する。
「私も賛成です。兄とフェリシア様のことも進めるべきです。問題はセオ様のことですね。ヴィクトリア様の言う通り、常にロックハート家の方と一緒というのも方法の一つかと思いますが、隙を一切作らないというのは難しいのではないでしょうか」
「そうだな。ダンと同じように婚約者がいるという話にするのが手っ取り早いが、騎士の家の三男坊だと年齢的に不自然さが目立つ……」
そして数秒間沈黙する。
「セラと一緒に居させるのが一番効果的だな」
「確かにそうですが、常に一緒というのはやはり難しいのでは?」
シャロンが疑問を口にする。
「セラにもセオと同じ格好をさせる。二人で同じ騎士服を着ていれば、どちらがセオか分からないと思うんだ。仕掛けてくる方も女のセラと間違えるわけにはいかない。それで手控えてくれれば十分な抑止力になる。いや、これはセラを守るためにも使えるな」
俺の考えた策は双子であるセラフィーヌを替え玉に使う方法だ。まだ十一歳の二人は二次性徴が始まったばかりで、身長や体形はほとんど変わらないし、セオの声変わりもまだ始まっていない。髪型も短めのストレートでほぼ同じであり、どちらも同じように日に焼けている。同じ格好をしていれば、知らない者には簡単に区別はつかない。
セラもロックハート家と縁戚関係を持ちたい貴族から狙われる可能性がある。セラの場合、自分より弱い男に嫁ぐつもりはないと宣言すれば、ある程度は防げるだろうが、貴族たちがそんなことを考慮するとは思えない。
「問題は母上だが、二人の安全のためといえば、諦めてくれるだろう」
「そうですね。セラ様は逆に喜ぶと思います。ドレスを着るのを嫌がっていましたから」
シャロンがそう言いながらくすっと笑う。
「真面目な話、三人については考えておく必要があるな。ヴィクトリア様はロックハート家を客観的に見ておられる。つまり、帝都の貴族も同じように考えるということだ。まあ、帝都にいる間だけなんだろうが……」
ヴィクトリアの言う通り、セオは三男とはいえロックハートの名を持つ男子だ。つまり、鍛冶師ギルドに一定以上の影響力を持つと認識されている。扱いにくいドワーフの鍛冶師を動かしうるなら、三男だろうが関係ない。セオのために騎士の地位を用意し、ロックハート家の分家を作ろうとする貴族すら出かねない。
また、セラについても同じことがいえる。ロックハート家と縁戚関係になれば、ドワーフたちを動かせると考えるかもしれない。
ダンも同様に重視される可能性がある。
世間からみれば、俺とダンの関係は命を預け合う義兄弟だ。当然、腹心という認識を持つ。仮に俺がロックハートの分家を立ち上げたら、筆頭家臣になると考えるのは自然なことだろう。
なぜ帝都にいる間だけと考えるのかだが、陞爵の式典を終えた後は帝国中央部を抜け、北部総督府があるウェルバーンに向かう。そうなれば、有力な貴族の手から逃れることができる。
帝都では公爵以上の権力者が出てきた場合、子爵家に過ぎないロックハート家では押し切られる可能性がある。もちろん、エザリントン公という後ろ盾はあるが、それでも万全とは言い難い。
しかし、公爵以上の力を持つ貴族は帝国南部に集中しており、帝都を出れば当主本人が接触してくる機会は一気に減る。帝都を出てしまえば、精々子爵程度の下級貴族が接触してくるくらいだろうから、権力を笠に着て強引に話を進めることは難しい。
これらのことを考えると、最も警戒すべきは帝都にいる間ということになる。もちろん、帝都を出ても油断するつもりはないが、替え玉作戦のようなトリッキーなことをする必要は帝都にいるだけでいいはずだ。
「このことは父上だけじゃなく、全員に言っておいた方がいい。ダンだけじゃなく、シムも狙われる可能性が高いからな。彼の場合はアンジーとの婚約の話を出せば何とかなりそうだが、美人局のことは全員が気をつけておかないといけないことだからな」
夕方の訓練前に父と母、兄に説明する。
「……というわけで、ヴィクトリア様がおっしゃる通り、うちを狙ってくる貴族が現れることは間違いないでしょうし、どんな卑劣な手を打ってくるかも分かりません」
その話を聞き、父は「そこまでするのか」と疑念を口にする。
「間違いないでしょう。ヴィクトリア様は帝都の社交界を実際に見ておられます。特に下級貴族がどう動くかについては、エザリントン公爵閣下やシーウェル侯爵閣下より実情をご存知だと思います」
母は「だから貴族は嫌なのよ」と呟くが、
「あなたとシャロンが危険というなら仕方がないわね。セラの評判がおかしなことになるけど、二人を守るためなら、私も認めるしかないわ」
母もセラが男装をすることを認めた。
「私も気をつけないといけないということか……総督閣下が帝都は魔都だとおっしゃっておられたが、本当にそうなのだな……」
兄は義理の父親であるラズウェル辺境伯の言葉を思い出したようだ。
「この後、全員にこのことを周知徹底します。シーウェルを出たら敵地だと考えろと言っておけば、気を抜くことはないでしょう」
「敵地か……まさにその通りだな」と父が頷く。
その後、ロックハート家の関係者全員を集め、父が話をした。
「……この先は敵地だと思って気を抜くな。剣の戦いではないが、一つの油断が我が家を危機に陥れる可能性があるのだ。従士はもちろん、自警団の者もロックハート家を代表しているという緊張感を持ってほしい」
最初は懐疑的だった従士たちも、父の言葉に全員が真剣な表情で頷いている。
兄が父に代わって話し始める。
「父上のおっしゃられたとおり、この先は敵地だ。北部のウェルバーンに入るまでは決して気を抜いてはいけない。難しいかもしれないが、常に獅子の紋章に恥じぬ行いを心がけてくれればいい」
兄の言葉に従士たちは自分たちの鎧に描かれた立ち上がった獅子の紋章、すなわちロックハート家の紋章を見る。彼らはその紋章に誇りを持っており、兄の言葉が心に響いたようだ。
全員の表情が引き締まったことを確認し、明日ダンとシャロンが先行して出発することを父が話し始めた。
「ダンとシャロンは明日帝都に向かう。これは今の話とも関係するが、二人には帝都で秘密裏に情報収集に当たってもらう。つまり、敵地の偵察だ。だが、表向きはザックが酒と魔道具の情報収集を頼んだことにしている。誰かに聞かれたら必ずそう答えてくれ」
敵地の偵察という言葉で全員が納得したのか、大きく頷いていた。
その後の訓練はいつも以上に気合が入っていた。敵地に向かうという言葉が彼らの気持ちを引き締めたようだ。
ちょっと早いですが、メリークリスマス!
私は天然猪のボタン鍋を家で楽しむ予定です。




