第四十話「帝国の事情」
トリア歴三〇一八年九月一日。
ここ二ヶ月ほどで、鍛冶師や蒸留職人たちの受入れは順調に進んでいる。
ラスモア研修所には八月から第一期の蒸留器コースが開講し、三十人ほどの若いドワーフたちが学んでいる。彼らはアルスだけでなく、ペリクリトルやドクトゥス、更には帝都プリムスから集まってきた二十代から三十代前半の俊英たちで、二年間の修行の後、それぞれの街に帰っていく。
七月にはペリクリトルからギーゼルヘールら三人の鍛冶師が熟練者コースに来ていた。更に八月にはドクトゥスからゼルギウスらが熟練者コースで魔法陣の改良に来ている。
ゼルギウスが剣を打つ相手は昨年まで世話になった二級冒険者のジェラルドだった。ジェラルド自身は剣を作り直す気はなかったそうだが、ゼルギウスの懇願を受け承諾したそうで、その時の話を苦笑交じりに教えてくれた。
「俺もそろそろ引退って歳なんだが、ゼルギウスが会うたびに金はいらんからついて来いとうるさくてな。仕方なく来たわけだ。まあ、真闇の魔剣士様を見に来たのも理由の一つなんだが、まさか進化しているとは思わなかったわ。ククク……ハハハ!」
装備を見て俺の昔の二つ名を思い出したようで、最後には腹を抱えて爆笑していた。言われること自体予想していたが、この二つ名を面と向かって言われると未だに身悶えするほど恥ずかしい。
更に話を聞いていた弟たち、セオとセラの二人が「ザック兄様の二つ名、かっこいい!」と言って無邪気に言いふらすので、この村で知らない者はいないほど有名になってしまった。恐らく、黒池亭などで聞いた商人たちがそこら中で話のネタにするから、アルス街道で一気に広まると思っている。
俺が身もだえていると、リディが「いい加減に諦めなさい」と笑いながらいい、ベアトリスも「あたしなんか、そのまんま“雌虎”だよ。それよりよっぽどマシじゃないか。何が気に入らないんだい」と取り合わない。
ダンは「僕なんか誰も二つ名なんか付けてくれませんでしたから」と少し拗ねている。
確かにリディには“氷雪の姫君”という二つ名がある。
メルもドクトゥス時代、その激しい訓練から“赤髪の剣鬼”と呼ばれ、シャロンも刃の竜巻を良く使ったことから“竜巻の魔女”などと呼ばれていたらしい。
ダンは俺たちの中で目立たない方だったから、特に二つ名はなかった。俺には全く必要ない二つ名も、ダンくらいの男子には欲しいものなのかもしれない。
ラスモア村の防衛計画も順調に進んでいる。
防空用の塔も全て完成し、弩の数も二百を超えた。弩は自警団の剣術士や槍術士が使えるよう訓練を施し、一定の成果を挙げている。また、主婦など自警団員以外の希望者、約二百人に取扱いを教え、二、三十メートル先の固定目標なら充分に当てられる技量になっている。
彼女たちも昨年のオーク騒動で危機感を持ち、家族、特に子供たちを守るために積極的に訓練に参加しているのだが、実戦で通用するかは未知数だ。
新たに開発したミスリルコーティング技術だが、現状で満足いく物が作れるのはベルトラムだけだ。ミーナや新たに加わったフォルカーたちも学んでいるが、金属性魔法と魔法付与のスキルを併用する技は一朝一夕では習得できないらしい。
それでもミスリルコーティングの剣が四十、槍が二十、太矢が二百と、徐々にだが整備が進んでいる。矢については鏃にコーティングしようとしたが、小さすぎて断念した。
その代わりミスリルの鏃をつけた矢を百本ほど用意している。これはヘクター・マーロンやガイ・ジェークスと言った一流の弓術士用だ。現状では防具にまで手が回っていないが、数ヶ月以内にはある程度の数は揃えられると思っている。
防衛計画のうち、カウム王国からの救援体制についても順調に進んでいる。七月上旬、カエルム帝国の帝都プリムスに鍛冶師ギルドからの要請が届き、その後すぐにカウム王国からの使節が到着した。帝国側の交渉窓口は予想通りシーウェル侯爵となった。
シーウェル侯爵の巧みな交渉術だけでなく、宰相であるフィーロビッシャー公爵が積極的に賛同したことにより、七月下旬には元老院で承認され、即日皇帝によって裁可されている。
カウム王国とは八月中旬に協定の調印が行われた。そして、本日クレメント・シーウェル侯爵と腹心イグネイシャス・ラドフォード子爵がここラスモア村を訪れると連絡が入っている。
本来、協定自体は帝国と王国間で結ばれるもので、ロックハート家には通知すれば済むのだが、侯爵自身がラスモア村を訪問したいと希望し、アルスからわざわざここまで足を延ばしたそうだ。
侯爵本人が訪問すると聞き、驚くより困惑した。ロックハート家は成り上がりの騎士に過ぎず、侯爵という上級貴族と接点は少ない。兄ロドリックが辺境伯の娘婿であるため、他の騎士よりは接点はあるが、領地に招くような間柄ではない。
また、ここには侯爵のような重要人物を受け入れるほどの施設がない。祖父と父の方針により、ロックハート家の屋敷は農家よりマシな程度の粗末なもののままだ。先日、カウム王国の王妃が訪問しているが、非公式な訪問であり、第一あの王妃様は王族というよりドワーフの一員と認識しているから、あまり気を使わない。
特に大きな問題は人数に関してだ。侯爵の随行員は護衛を含めれば百人を優に超える。そのため、宿泊先の確保が大変なのだ。そんなこともあり、そろそろ俺の土属性魔法で城を造った方がいいのではないかと思い始めている。
何とか随行員の宿泊先を確保し、迎える準備を終えると、ちょうど侯爵一行が到着した。
父と兄は村の入口で出迎え先導する。その後ろには騎士たちに守られた豪華な馬車が丘の間を抜けてくる。村人たちはシーウェル侯爵家がロックハート家と懇意であると知っており、村人全員が道に並んで出迎え歓迎する。
屋敷で迎えるのだが、今回は公式訪問なので基本的には俺に出番はない。恐らく蒸留所や貯蔵庫の見学の案内をするくらいだ。
一行の中には旧知のイグネイシャス・ラドフォード子爵の姿があった。一通り挨拶を終えると、子爵が声を掛けてきた。
「しかし、ザカライアス卿もつれないな」と恨めしそうな目で言ってきた。何のことか分からず、首を傾げると、
「例の酒類品評会、“ドワーフフェスティバル”のことだ。あれを逃したことは我が人生で最大の失敗だった。未だに悔いが残っておる。三月に聞いておれば無理にでもここに残っていたものを……」
詳しく聞いてみると、領地に帰る途中でプリムスを出発したドワーフたちとすれ違い、酒類品評会があることを聞いたそうだ。
「あの時は私も聞いていなかったんですよ」というと、「あれほどのイベントを一ヶ月ほどの期間で準備したのか……」と絶句されてしまった。
その後、子爵から「可能ならばこの滞在中にドワーフたちに振舞った料理を賞味させて欲しいのだが」と頭を下げて懇願された。
爵位持ちの貴族、それも侯爵家の筆頭家臣から頭を下げられ慌ててしまう。
「すべては無理ですが、可能な限り出すように手配します」
その言葉に満足したのか、いつもの快活な笑顔で屋敷の中に入っていった。
屋敷の中に入ると、侯爵から協定が締結されたことを正式に告げられた。
その後、和やかな雰囲気の中、シーウェル侯爵領産のワインや蒸留所開設のことが話されている。しかし、帝国軍がルークス聖王国に進攻した話になると、一気に雰囲気が暗くなる。
「……ある程度は知っておると思うが、思った以上に苦戦しておる。私は軍事に疎いのだが、あと数ヶ月は膠着状態が続くらしい……」
帝国がルークス聖王国に進攻したのは北部総督ラズウェル辺境伯家への謀略がきっかけだった。ルークスは辺境伯の嫡男を暗殺し、更に実弟であるタイスバーン子爵を使って辺境伯領を独立させようと画策した。
偶然、俺たちがそれに巻き込まれ、その陰謀は防ぐことができた。皇帝はルークスへの懲罰を行うとして出兵を命じた。この出兵の主力は北部総督府軍とされたが、これは帝都の貴族たちが辺境伯の力を削ぐために画策したことだ。
総大将レオポルド皇子の第三軍団二万と北部総督府軍一万五千の計三万五千が総兵力となる。今回の出兵は攻城戦まで想定していないため、攻城部隊や宮廷魔術師隊は同行していない。
第三軍団のレオポルド皇子は若いが優秀な指揮官であり、これまで対ルークス戦で多くの功績を挙げている。また、北部総督府軍も練度は充分で、苦戦する要素は見当たらない。
逆にルークス側は実質的なスポンサーである商業ギルドの協力が得られないため、資金面や輸送面での不安を抱えている。更に戦略に疎い教団本部が戦場で横槍を入れる可能性が高く、ルークス側に勝てる要素は少ない。
祖父がそのことを指摘すると、侯爵が知り得る事実を説明していく。
「確かにラークヒルから進撃する時には楽観ムードがあったようだ。事実、進攻を開始して半月ほどは大きな抵抗を受けることはなかったそうだ……」
ラークヒルはルークスとの国境にある城塞都市で、対ルークス戦の進攻拠点になっている。ラークヒルからモエニア山脈の南側を抜けてルークスに入っていくのだが、国境付近は荒地が広がるだけで大きな都市はない。
帝国軍は五月一日に進攻を開始し、文字通り無人の野を行くように百キロメートルほど進攻した。
ルークスも手を拱いていたわけではなかった。帝国軍を引き込んだところで五万の兵力を展開し、待ち構えていた。
しかし、ルークスの戦力は貧弱な装備しか持たない農民兵が主力であり、騎兵を中心とした帝国軍の敵ではなかった。僅か一日で五万の敵を打ち破り、追撃しながら更に敵地の奥深くまで軍を進めた。
ラークヒルから百五十キロメートルほど進軍したところで、ルークスの反攻が始まった。
聖都パクスルーメンに向かう主要な街道の峠に防御陣を構築し、そこに三万の兵力を置いていた。更に敗走してきた味方を収容し、五万を超える兵力を揃えた。
それだけなら帝国軍の敵ではないが、今回は攻城兵器や宮廷魔術師隊を同行していないことから進軍が止まる。それでもその防御陣地は恒久的な城塞ではなく、馬防柵を並べた程度の貧弱なものであり、勢いに乗る帝国軍なら苦もなく攻略できると楽観していた。
ルークスは農民兵たちを前面に押したてて防御を固める。農民兵たちの武器は槍であり、狭い峠に設置された馬防柵と相まって帝国の騎兵はなかなか突破できない。歩兵である槍兵と弓兵による正攻法に切り替えたが、ルークスの抵抗が思った以上に強かった。
帝国軍の将たちはルークスが“ルキドゥスの血”という薬物を使用し、農民兵の恐怖を紛らわせていると考えた。そのため、攻撃の手を緩め持久戦に移行した。“ルキドゥスの血”の効果は数時間であり、効果が切れると燃え尽きたように力を失う。また、連続して使用すると利き目が落ちるだけでなく、薬物中毒で廃人になり、戦力は急速に落ちていく。
帝国側はこれを期待したのだが、数日経っても一向にルークスの士気が落ちることはなかった。理由を探ろうと間者を忍ばせるものの、間者が戻ってくることはなかった。
更に帝国軍の輜重隊が襲撃を受けるようになる。そこで帝国側も獣人奴隷部隊が間者狩りをして情報を遮断すると共に後方撹乱を始めたと気づいた。それでも数と装備に優る帝国軍は輜重隊を守りながら、峠の攻略を進めていく。
峠での攻防が始まってから十日ほど経った頃、ルークスの騎士を捕らえることに成功した。それによりルークスの抵抗が強かった理由が判明する。
「……教会が督戦隊として狂信的な聖職者を配したのだ。彼らは怯えて下がろうとする農民兵を神の名の下に魔法で撃ち殺し、一歩も下がることを許さなかった。特にアザロという司祭は光の輪の魔法で農民兵の首を刎ね飛ばし、“ここで引く者は神敵である。神に逆らう者は一族すべてを根絶やしにする”と宣言したそうだ。農民兵たちは敵に殺された方がマシだと考えるようになり、死を恐れなくなったのだ……」
ルークスは旧ソ連の政治将校のような督戦隊を作り、兵士たちを死兵としたようだ。
アザロ司祭は三十代半ばだが、レベル六十を超える高位の魔術師で櫓の上から魔法を放って騎兵を馬ごと両断するだけでなく、戦意を失って逃げる兵士に「神敵を滅せよ!」と叫びながら情け容赦なく光の矢を投げつけるなど、帝国軍兵士に強い恐怖を植えつけていた。
それでも戦力的に優勢な帝国軍の優位は揺るがなかった。徐々に峠の防御陣地を攻略し、攻略開始から約一ヶ月後の六月中旬には峠の頂点に達した。峠を越えればその先にはルークスの都市や農村が広がっている。今回の作戦ではルークスに損害を与えることであり、恒久的な占領は考えられていない。このため、進攻軍はルークスの都市や農村で破壊や掠奪を行い、引き上げる予定だった。
峠の頂点に達した時、帝国軍の兵士たちは勝利を確信した。眼下に広がるのは平坦な農地と平原であり、帝国軍が最も得意とする戦場だったからだ。
ルークスは峠の出口に防御陣を構築し徹底抗戦の構えを見せたものの、障害の少ない平地では二万近い騎兵を擁する帝国軍の敵ではなく、僅か一日で潰走した。
ルークス軍は城塞都市に逃げ込み、防御を固めた。帝国軍は城塞都市を無視して近隣の町や村を襲っていく。この時、帝国軍の将たちは兵糧の残量も減ってきたことから、数日間荒らし回ったところで帰還するつもりでいたが、ルークスは思いもよらぬ方法で反撃してきた。
「……レオポルド殿下は比較的大きな町には大隊単位、農村には中隊単位を派遣したそうだ。しかし、ルークスは恐るべき戦いを仕掛けてきた。農民たちは女子供であろうと、突然武器を手に襲い掛かってきたのだ……」
帝国の中隊は百名、大隊は五個中隊、五百名で構成される。農村であれば三百から五百人程度の人口で、成人男子は徴兵されて不在であるため、占領するのではなく掠奪や破壊を行うだけなら充分な兵力だ。しかし、ルークスは女性や子供、老人を使ってゲリラ戦を仕掛けたらしい。
女性は兵士たちを寝室に誘って油断させ、潜ませていた包丁を使い、子供は物をねだる振りをして近づき、毒を塗った針で鎧の隙間を狙う。老人たちは炊き出しを手伝いながら毒を盛った。
最初の三日で数百人単位の兵士が犠牲になった。第三軍団は報復として村を焼き、見つけた住民は女子供関係なく、問答無用で殺害していった。
六月下旬、レオポルド皇子はこの状況を憂慮し、撤退を考え始める。しかし、敵軍に多少の損害を与え、二十程度の町や村を焼いたものの、懲罰という目的に対して戦果は充分と言えないのではないかと考えてしまった。
大きな戦果を上げるためには野戦での決戦が必要だが、ルークスは自軍に不利な野戦に応じる可能性は少ない。
皇子は宗教施設への攻撃なら敵も出撃せざるを得ないと考え、町や村の教会を破壊していくとともに三十キロメートルほど先にある聖堂を攻撃目標とした。更にその情報を故意に流し、ルークス側の出撃を促す。
ルークスはその挑発に乗り出撃したものの、レオポルド皇子の予想を超える対応をしてきた。
彼らは焦土作戦を行ったのだ。
井戸や泉などの水源に毒を入れ、更に森や草原に火を放った。この作戦もアザロ司祭の発案とされ、狂信者独特の執拗さにレオポルド皇子も驚き、進軍を諦めて峠まで後退した。
それでもルークスは帝国軍の予想以上に執拗だった。後退する帝国軍の輜重隊や負傷兵に対し、獣人奴隷部隊による奇襲を掛けてきたのだ。
数百人にも及ぶ獣人奴隷たちが闇夜に攻撃を仕掛けてくるため、兵士たちの士気は一気に低下していく。レオポルド皇子はラークヒルから五十キロメートルほどの平原にまで後退を余儀なくされた。
「……これが七月末の状況だ。レオポルド殿下は苦境に立たされておる。幸い第三軍団にも北部総督府軍にも大きな損害は出ておらんが、成果を挙げることなく逃げ帰ったと非難されてもおかしくはない。実際にはルークスの損失は計りしれんほど大きなはずだが、帝都の政敵はこれ幸いにと攻撃するだろう……」
侯爵の言う通りルークス側は自国の領土内で焦土作戦を行ったため、多くの農村は放棄せざるを得ない。また、虎の子といえる獣人奴隷部隊も百人単位で戦死者が出ており、今後の国力及び戦力低下を考えると充分な成果が上がっている。しかし、今回の出兵は派手な戦果を求める懲罰作戦であるため、レオポルド皇子の評判が下がることは間違いない。
本来ならレオポルド皇子の手腕は褒められるべきものだ。敵国に進攻し勝利を収め、更に敵の国力を低下させているからだ。更にルークスの切り札ともいえる獣人奴隷部隊の攻撃に対しても、全軍が秩序を保ったまま撤退している。これまでの戦いでは数十人の獣人部隊による奇襲により二千人からなる連隊が壊滅したこともあったのだ。
「このままでは帝都に戻ることはできんだろう。秋以降に陛下から再び出撃命令が下されるはずだ。敵も戦力を集めるだろうが、殿下は戦力を増強されんだろう。メンツに関わるからな……」
帝都の軍事専門家の予測では来年の春頃まで長引く可能性があるということだった。
(来年の春まで北部総督府軍は帰還できないとなると、アウレラ街道の治安が更に悪くなるんだろうな……)
アウレラ街道の治安の低下はラスモア村に直接関係しないが、この状況が続けばアクィラ山脈に近い東部域から優秀な傭兵や冒険者たちがアウレラ方面に向かう可能性がある。その状況で魔族がアクィラを越えてきたら、カウム王国やラクス王国ならいざ知らず、ペリクリトルは即応できない。
(これが神々の敵の仕業でなければいいんだが……嫌な予感が消えない……)
ラドフォード子爵のリクエストに応え、酒類品評会で作った料理をふるまったのだが、侯爵のような上級貴族にピザやハンバーガーなどのジャンクフードを出すことに躊躇いを感じていた。
そのことを子爵に告げるが、「君が言うほど下品な料理でもないと思うが?」と首を傾げられ、「このような料理は帝都にもないのだ。ここでしか食べられん料理を是非出していただきたい」と頼まれてしまった。
結局、フィッシュ・アンド・チップスやジェラートなど再現できるものは全て出している。
子爵はそれを食べながら、「本当に惜しいことをした。ドワーフたちが選りに選った最高の酒と合わせたら……」と呟き、「ぜひとも次回のドワーフフェスティバルには呼んでいただきたい。どのような障害があろうと必ず参加する」と主君である侯爵の前であるにも関わらず大きく頭を下げる。
その姿を見た侯爵が笑いを堪えながら、
「済まんがイグネイシャスの望みを叶えてやってくれ。四月に帰ってきた時には大変だったのだ。私に報告するためにわざわざ帰ってきたと何度も繰言を聞かされてな。これ以上愚痴を零されてはたまらん」
その言葉に思わず噴き出してしまった。
「イグネイシャス様にはぜひとも審査員として参加していただきたいと思います。ドワーフたちの酒に対する執念に敵うのはイグネイシャス様しかおられませんから」
俺の言葉に「いや、審査員は遠慮させてくれ。ドワーフたちの恨みを買う気はないからな」と言って本気で断ってきた。その仕草にその場にいた全員が爆笑する。
平和な時間が過ぎ、シーウェル侯爵一行は二日間の滞在の後、帝都に向け出発した。
帝国の無駄な出兵がいろいろなところに影響を与えているようです。
次話から本格的にシリアスになります。これがドリーム・ライフかと思うほどです。
(単に最近コメディ要素が強かっただけのような気がしますが(笑))




