第二章:姫抱きのままですが、約束通り大人しくしていますよ 1/3
※次回は明日20時~20時半の間に更新
デヴィッドが由香を抱き上げたまま森の中を進んでいると、前方から慌ただしい足音が近づいてきた。
「ディー!」
デヴィッドの名を呼ぶ声が響き、木々の間から二人の男が姿を現した。
「……やっと追いついたか」
息を切らしながら現れたのは、ジークとラルフだった。
二人ともデヴィッドとは長い付き合いのあるAランクの冒険者仲間で、今回の調査でも同じ班として危険区域を調査していた。
ほぼ同時に森へ駆けて行ったはずだったが、剣だけでなく体術も使いこなすデヴィッドの身体能力を前に見事に置いていかれたのである。
「やっとじゃねぇよ!」
声を上げたのはジークだったが、その隣ではラルフも肩で息をしながら苦笑している。
「お前が速すぎんだよ。途中から完全に置いてかれたぞ」
「お前らが遅ぇんだろ」
「はいはい。もうそういうことにしとくわ」
普段と変わらないやり取りだったけれど、二人の視線はすぐにデヴィッドの腕の中へ向いた。
「……で、無事か?」
「ああ。ただ、足と腕をかなり擦ってる」
外套に包まれた小さな身体がすっぽりとデヴィッドの腕の中に納まり、彼の胸元へ身体を寄せるようにしてじっとしている。
先ほどまで泣き続けていた由香の目は赤く腫れてはいるが、落ち着いたのか先ほどまでのような明らかな恐怖心は薄れているようだ。
デヴィッドに「そのまま大人しくしていろ」と言われたことを守るように、身体を預けたまま動かない。
とは言え、初めてみる二人を警戒しているのか、ジークとラルフが少し近づくだけで由香の身体がほんのわずかに強張る。
その変化を、デヴィッドはすぐに感じ取った。
「……こいつらは大丈夫だ」
低い声で由香へ言い聞かせる。
「正確に言えば、多少の難はあるが、悪い奴じゃねぇ」
「おい」
ジークが即座に抗議する。
「多少の難ってなんだよ」
「自覚ねぇのか?」
「ねぇよ」
「俺はあると思うけどな」
ラルフが平然と口を挟む。
「お前まで言うなよ!」
そんなやり取りを見ながらデヴィッドの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「ほらな」
「なにがだよ!」
由香はそんな光景から、少なくとも目の前の二人がデヴィッドと親しい間柄らしいことだけはなんとなく理解はできたが、すぐに警戒が解けることはなかった。
そんな彼女の不安を拭うように、デヴィッドは由香の頬へそっと手を添える。
「大丈夫だ」
指先で、涙の跡が残る頬を優しく撫でる。
「こいつらは俺の昔からの仲間だ。見た目はともかく、変なことはしねぇよ」
「見た目はともかくって、お前な……」
「否定できないのが悲しいな」
「ラルフまで!ディーだって大概だろうが!」
まだ少し強張っている由香を気遣うようにもう一度頬をゆっくりと撫で、デヴィッドは小さく息を吐いた。
「追っている時は酷いもんだったが、ようやく落ち着いたんだ」
その声音には、先ほどまでのぶっきらぼうさとは違う、はっきりとした心配と安堵が滲んでいた。
「だから、今はあんまり近づくな」
「……はいはい」
ジークは両手を上げる。
「俺たちは危険人物じゃありませんよーっと」
「その言い方が一番怪しいんだよ」
「うるせぇな!」
ラルフが笑う。
「まあ、いいじゃないか。怖がってる相手に無理に近づく必要もないだろ。ギルドに戻ってからまた話せばいい」
「ああ」
デヴィッドは頷き腕の中の由香へ視線を落とし、先ほどまであれほど怯えて震えていた身体が、今は自分に預けられていることを実感する。
だからこそ、自分の腕の中くらいは、安全だと思っていてほしいと思っていた。
そんなデヴィッドの様子を、ジークとラルフは黙って見ていた。
二人とも長い付き合いから、デヴィッドは何だかんだと言いながら面倒見のいい男だと分かっていたが、ここまで誰かを気にかけている姿は珍しい。
由香が少し身じろぎするだけで視線を落とし、抱き方も異様なほど慎重で、その様子はまるで少しでも力加減を間違えれば壊れてしまうものを扱っているようだ。
それを指摘すれば目の前の男は間違いなく否定するだろうから今は何も言わないが、少しだけ面白そうに二人は続けた。
「……で、その子」
「俺が抱えようか?」
「必要ねぇ」
「いや、でもお前戦闘スタイル的にいつも――」
「問題ねぇ」
間髪入れずに返ってきた答えに、ジークとラルフは笑いをこらえきれないまま顔を見合わせ、どちらからともなく堪えきれない笑いが零れる
「……っ」
「……ふっ」
「……なんだよ」
そんな二人にデヴィッドが眉をひそめると、ジークは慌てて口元を手で覆った。
「いや……悪い。ちょっと、面白ぇもん見ちまったから」
「俺もだ」
ラルフまで肩を震わせている。
「お前ら……」
「だってよぉ」
ジークがどうにか笑いを押し殺しながら、由香を抱いたまま一歩も譲る気のないデヴィッドを見る。
普段であれば自身の戦闘スタイルから、負傷者を安全な場所まで運ぶ役割を交代することなど珍しくなかったはずの男は、今腕の中にいる彼女を手放す気が無いらしい。
「お前がそこまで即答するとは思わなかったんだよ」
「……」
「しかも、あのデヴィッドがだぞ?」
ラルフも堪えきれずに小さく吹き出した。
「これはなかなか見られない」
「うるせぇ」
デヴィッドが低く唸るが、二人は怯むことなくますます楽しそうに笑っている。
目の前の男が、今まで見たことのないくらい分かりやすく、一人の女性を気にかけている。
それが面白くて仕方がなかった。
「……まあ、いいか」
ひとしきり笑ったラルフが続ける。
「お前がそこまで気にかけてるなら、俺たちが無理に手を出す必要もないだろ」
「だから、そういうんじゃねぇって」
「はいはい」
そんな会話もほどほどに、いつの間にか他の班と連絡を取っていたラルフから、このまま森を抜けてギルドへ向かい他の班と合流することになったと聞いたデヴィッドは、由香を抱きなおす。
今度は両側を二人が警戒してくれているぶん随分と余裕があるため、先ほどよりも彼女の様子を伺いながら再び歩みを進めた。




