第一章:全力疾走で逃げていたら、Aランクのイケオジ冒険者に拾われました 2/3
※次回は明日20時~20時半の間に更新
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木の根や岩があちこちに転がり、落ち葉で滑りやすくなった森の中を由香は転ばないように必死で駆けていた。
だが悪路に慣れていない彼女と、こうした場所を日常的に走り回る冒険者とではそもそもの走り方が違う。
デヴィッドは木々の間を縫うように駆け抜け、足元の障害物を軽々とかわしながら驚異的な速度で逃げる由香との距離を着実に縮めていたようで、1~2分ほど経った頃に遠目ではあるが視界の端に小さな人影を捕らえることができた。
「――いた!」
黒髪で小柄な肌が露出した衣装を着た裸足の女が、その白い肌に傷がつくこともいとわず森の中を必死に走っている。
「おい!」
デヴィッドが声を張る。
「待て!」
女の肩が跳ねたが、止まらない。
「そっちは危険だ!」
聞こえていないのかとも思ったが、反応があるところを見る限り聞こえているがそれでも逃げているようだ。
――何で逃げるんだよ。
思わず悪態をつくが、一瞬様子を伺うように振り返った女の顔がはっきりと見えた時、その苛立ちはすぐさま霧散した。
目元は真っ赤になり涙を流し、呼吸は乱れ、髪はぐしゃぐしゃに乱れている。
ひどく怯えているのは火を見るよりも明らかで、苛立ちの代わりに湧いてきたのは、どうしようもない焦りだった。
「……くそ」
あんな状態の人間を追い詰めるような真似をしていると思うと、声を荒げることすら躊躇われたが、危険区域へ行くことだけは止めなければならない。
今一般人が入り込めば魔物たちに餌を投げ込むようなものだ。
「待て!」
もう一度叫ぶ。
「そっちは本当に危ねぇ!」
女が一瞬だけ再び振り返るが、その青ざめた表情に自分を見てさらに怖がっていると察する。
知らない場所に知らない人間、それも武器を持った大男が追いかけてきているのだから当然だろう。
――そりゃぁ、怖いよな。
そう思ったけれど、このままでは本当に危険区域へ入ってしまう。
「止まれ!」
叫ぶと同時にビクリと肩を揺らした由香は、止まるどころかさらに速度を上げた。
血がにじんでいる裸足の足が、地面を強く蹴り小石を踏みよろけても、枝が脚を擦り傷を増やしても止まらない。
「来ないで!」
「……っ」
追いかける道に赤い血痕が残っていることに、すでに傷だらけであることは安易に想像できるが、それでも走り続ける彼女は痛みを感じる余裕すらないのかもしれない。
「おい!そんな足で走るな!」
もう少しで結界の境目に差し掛かり、このままでは本当に間に合わなくなる。
デヴィッドは一瞬だけ迷い歯を食いしばった。
「……あー、くそ!」
この距離じゃ、走って追いつくより魔法を使ったほうが早い。
そう判断したデヴィッドは舌打ちしながら走る速度を落とさず、由香を追う意識を保ったまま、周囲に漂う魔力を引き寄せていく。
次の瞬間風が巻き起こる。
魔力操作が得意ではないデヴィッドだが、そんなことを言っている場合ではないため、必死に生み出した風を制御する。
強くしすぎれば怪我をさせるし、弱ければ届かない。
慎重に彼女の身体だけを包むように調整しなければならない。
「頼むから……うまくいってくれよ」
デヴィッドは手を由香の方向へ伸ばし、生み出した風を彼女の周囲に纏わせて、その足元をそっと掬い上げた。
それは羽毛を持ち上げるように、壊れ物を扱うように慎重に優しく丁寧な動きだった。
彼女の足元の落ち葉がふわりと舞い、黒い髪が風に揺れる。
「……え?」
由香の身体がふわりと浮いて、一瞬恐怖よりも驚きが思考を塗り替える。
対してデヴィッドは過去にないほど集中していた。
上げすぎるな。
速度を出しすぎるな。
怖がらせるな。
風圧を身体に直接ぶつけるな。
彼女を包むように。
落とさないように優しく。
そう何度も自分に言い聞かせて風を操る。
「……よし」
身体がゆっくりと後退してくる由香の目が大きく見開かれているのが分かった。
「……浮いてる……?…グスッ…ふぁんたじーだ…すごい…」
先ほどまでとは違う空気が混じっているその様子に、デヴィッドは思わず目を細めた。
泣いていることには変わりないが、ほんの少しだけ彼女の目が輝いているのだ。
こんな状況でも、魔法そのものには喜ぶのか。
デヴィッドは妙な気持ちになりながらも、先ほど極限まで警戒心を持っていた彼女が、自分の操っている風を怖がっていないことに胸を撫でおろす。
いや、むしろ――。
頬を撫でる風に、彼女の身体の力が少しずつ抜けているように感じた。
涙を濡らした頬が風に晒され、熱を持っていた肌がゆっくりと冷やされていく。
そして、先ほどまで激しく震えていた肩がほんの少しだけ下がる。
それを見た瞬間、デヴィッドの胸に妙な安堵が広がった。
――そうだ。それでいい。
怖がらなくていいし、もう逃げなくていい。
俺のところまで来れば守ってやれる。
そんな思考がごく自然に浮かび、デヴィッド自身も驚いていた。
まだ会ったばかりで名前すら知らないのにも関わらず、彼は目の前の彼女が怯えていることが嫌だと感じていた。
自分が安心させてやれるのなら、そうしてやりたいと思ったのだ。
「もう少しだ」
声を落とす。
「大丈夫だ」
デヴィッドは両腕を広げ、降りてくる彼女の身体をしっかりと受け止めた。
腕の中に、想像していたよりずっと軽く柔らかい人の温もりが収まった瞬間、デヴィッドはわずかに息を止めた。
――何だ、これ。
彼は今まで、魔物の牙や剣を受け止めて重い荷物を担いだこともあれば、仲間を抱えて運んだことだってある。
けれど腕の中にいる彼女を抱いた感覚は、今までの経験とはまるで違っていた。
傷つけたくない。
怖がらせたくない。
もっと言えば――。
誰にも触らせたくない。
そんな考えまで浮かんだ自分がよく分からなかった。




