幕間
初めてあげた作品が総合ランキングに乗っちゃった……!
読者の皆様、本当にありがとうございます!
というわけで、第一章、終幕です!
本日から毎日1話投稿になります!
遥か上空。
眼下には、煤煙と錆、そして吐き気を催すほどの泥にまみれたスラムの街並みが、幾重にも重なる巨大な歯車のように広がっている。
魔石炭を燃やす煙突からは、青鈍色や薄緑色の不健康な燐光を帯びた蒸気が絶え間なく吐き出され、街全体をどんよりとした澱みの中に沈めていた。
そんな掃き溜めのような下層世界とは完全に隔絶された、清浄なる空間。
天を突くのではなく、まるで地上を見下し、その命の数を冷酷に測るかのように下へ向かって建てられた『逆さ時計塔』の先端に、彼は逆さに立っていた。
スラムの人間から畏怖と皮肉を込めて『ヘラルド』と呼ばれるその男の足元には、一片の泥すら跳ね上がっていない。
仕立ての良すぎる漆黒の高級スーツ。
完璧に磨き上げられた革靴。
手にした瀟洒なステッキ。
この泥と錆の街において、彼の存在自体が圧倒的な『上層の異物』であった。
無機質で清潔な夜風が彼の髪を揺らす。
ヘラルドはステッキに寄りかかりながら、遥か下方の、水没しかけた巨大廃工場で繰り広げられた泥臭い逃走劇の一部始終を、特等席から観賞していた。
「――実に、美しい」
眼帯で覆われた片目の奥。隠されたもう一方の瞳が、静かに、そして禍々しく青い光を放ち始める。
魔力の波長を視覚的に捉えるその瞳には、物理的な暗闇や瓦礫の壁など意味を成さない。
彼が見つめていたのは、ひび割れた世界に無理やり引かれた、いびつで鮮烈な一筋の光の軌跡だった。
研究所から逃走した『実験体』。
彼女の体内に流れる規格外の魔力――『水銀油』の波長は、ヘラルドの青い瞳の中で、極上の花火のように眩く明滅していた。
限界を超え、自壊寸前だったその膨大なエネルギー。
それが、魔力を奪われ、空っぽの器となっていたページの体へと、禁忌たる『血の刻印』を通じて注ぎ込まれた瞬間。
欠落と過剰。
相反する二つの絶望が、生き残るという本能のみで泥臭く噛み合い、強固な呪いの契約を結んだ。
熱を持ち、破裂寸前の不完全な魔力回路が放つ、血と痛みに塗れた歪な輝き。
ヘラルドの青く発光する瞳が、その輝きの残滓を追うたびに、空中に冷たい光の尾が引かれた。
「『他人の痛みには関わらない』。そんな薄ら寒い合理主義の鎧を被っていた凡人が、まさか自ら燃え盛る火中の栗を拾いに行くとはね。……これだから、人間という生き物は愛おしい」
ヘラルドはステッキの柄を軽く指先で叩きながら、愉悦に満ちた声を漏らす。
彼の脳裏には、先ほどの光景が鮮明に焼き付いていた。
白銀の髪を振り乱し、研究所製の『血肉のワイバーン』を凄まじい暴力で蹂躙する巨大な銀狼。
そして、致命傷を負い、血を吐きながらも、冷静な指示で配管の濁流を利用して追手を一掃した少年の姿。
生き足掻くための、無様で泥まみれの共依存。
それは、研究所の所長や上層の連中が目指す『少数の犠牲の上に成り立つ完璧な未来』という、退屈で予定調和なシナリオを根底から破壊する、至高のノイズだった。
「素晴らしい。やはり運命とは、誰かに与えられるのを待つものではない。踏みにじられた泥の中から、その血だらけの手で無理やり引きずり出すものに限る」
ヘラルドは空いた手で、見えないチェス盤の駒をつまみ上げるような仕草をした。
絶対的な安全圏に引きこもっていたページという駒は、今や後戻りできない危険地帯の中央へと、自らの意志で転がり落ちていった。
これで盤面は、最高に『面白く』なるだろう。
完璧な未来の計画に混ざり込んだ、ひとしずくの決定的なノイズ。
そのノイズが今後、どのような血と痛みの軌跡を描き、どれほどの崩壊をこの世界にもたらすのか。
想像するだけで、ヘラルドの口元が、たまらなく嬉しそうに、そして優雅で邪悪な弧を描く。
彼は退屈な時間が終わるのを待ちきれない子供のように、手にしたステッキを指先でくるりと楽しげに回した。
「さあ、次の一手はどうする?」
狂気と歓喜を孕んだその呟きは、誰の耳にも届くことはない。
無機質な上層の冷たい夜風が、彼の囁きをさらい、底なしの暗闇が広がるスラムの奥深くへと連れ去っていった。
第一章完結です!いかがでしょうか。楽しんでくださいましたか?
第二章も毎日投稿頑張りますので引き続きよろしくお願いします!
ここまで読んでくださりありがとうございます!
小説投稿はまだまだ初心者なので、読みづらい部分もあるかもしれませんが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
評価・ブックマーク・感想などいただけると、かなりモチベになります。
今後も少しずつ更新していく予定なので、よろしくお願いします。




