表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

黒パンと銀の獣

第二章からはスピードアップ!

ジェットコースターのような展開をお楽しみください!


毎日1話投稿の予定でしたがゴールデンウィークということもあり、お昼と夜の2話投稿に切りかえます!

ぜひお楽しみください!

 空は、綺麗に赤く染まったりはしない。

 

 上層階が垂れ流す黒い煙に塗れた厚い雲の向こうで、夕光が濁った血のように滲んでいる。


 ギィィ……。


 アジトの重い鉄扉が、ひどく錆びた悲鳴を上げた。

 外の世界に蔓延る、冷たくて生臭い泥とヘドロの匂いが、一瞬だけ部屋の中に滑り込んでくる。

 だが、扉を閉め切ると同時に、その冷たい空気はふっと途切れた。


「……はぁ」


 代わりにページを包み込んだのは、黒パンの蒸し戻しの仄かに酸っぱい匂いと、安物のラジオが流す微かなノイズ、そして——。


「あ、兄貴! おかえ……うわっ!? ボロボロ!?」


「ページにぃ!? 血、血が出てるよ!」


 コグとフリントの騒がしい足音と声だった。


 ページは泥と血にまみれたコートを引きずり、気を失ったままの少女を肩に担いだまま、アジトの床に重いブーツを沈めた。

 肺の奥をヤスリで削られるような呼吸を悟られないよう、小さく息を吐く。この煤けた部屋のうるささだけが、今の彼にとって唯一の安全地帯だった。


 強張っていた肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。


「大丈夫だ。俺の血じゃねぇから」


 嘘だった。


 胸から腕にかけて、内臓を直接焼かれているような鈍い激痛が絶え間なく続いている。だが、それを子供たちの前で顔に出すわけにはいかない。


「おかえりなさい……って、その子は?」


 鍋の前から振り返ったベルが、ページに担がれた少女を見て目を丸くした。


「拾い物だ。……悪いがベル、少し綺麗にしてやってくれ。俺はちょっと、情報を探る」


 ページは少女をベルに預けると、乱暴に布巾で手の汚れをぬぐい取り、ドカリと古いソファに深く沈み込んだ。

 震えそうになる指先を誤魔化すように、テーブルに置かれた真鍮のアンティーク・ラジオへ手を伸ばし、ガチガチと乱暴にダイヤルを回す。

 

 琥珀色の光を放つ真空管の奥に耳を澄まし、警備隊の通信周波数を探る。ノイズの向こう側に潜む、静かすぎる悪意の気配をページは追い続けた。


 その間、ベルは手際よく湯気を立てる洗面器と手拭いを用意し、自室の寝台に寝かせた少女の汚れを拭い落としていた。


「……」


 手拭いが泥と煤を拭い去るにつれ、ベルは静かに息を呑んだ。

 現れたのは、少女の頭にピンと立った獣の耳と、豊かな尻尾。根元が雪のように清冽な白であり、そこから毛先に向かって鮮やかな黄金へと美しいグラデーションを描いていた。

 だが、ベルの視線を釘付けにしたのは、その美しさではない。


 古着に着替えさせようと布をまくった肌には、少女の細い体には不釣り合いな無数の古い傷跡と、まだ塞がり切っていない生々しい裂傷が刻まれていた。

 そして、細い腕に焼き付けられた無機質な番号『13』の烙印。

 

(この傷、それにこの数字……まさか、研究所の……?)


 ベルは察したが、それ以上は深く詮索しなかった。

 哀れみを押し付けるようなことはせず、ただ淡々と、傷に障らないように泥を落としていく。


「……ん、っ」


 不意に、寝台の上の少女が身じろぎした。

 

 青銀の瞳がゆっくりと開き、見知らぬ天井を映す。

 次の瞬間、野性の警戒心が弾けた。少女はバネのように跳ね起きると、ダボダボの古着を纏ったまま素早く部屋の隅へ滑り込み、壁を背にして身構えた。


「……近寄るな」


 喉の奥から絞り出すような、完全な獣の威嚇。

 青銀の瞳は極限まで細められ、見知らぬ環境に対する強い警戒心で張り詰めている。

 

 そんな彼女に対し、ベルは一歩だけ後ろへ下がり、両手をゆっくりと胸の高さまで上げて敵意がないことを示した。

 

「大丈夫よ。安心して。汚れを落として、着替えさせただけ」

 

 ベルの声は、張り詰めた空気を溶かすように穏やかだった。

 少女はピクッと黄金の耳を動かし、ベルの言葉の真偽を測るようにじっと睨みつける。その際、ベルの視線が一瞬だけ自分の腕――『13』の烙印に落ちていたことに気づいた。

 

 少女は反射的に、自身の細い腕を庇うように隠し、鋭く歯を剥き出しにした。

 

「……見るな」

 

「ごめんなさい。もう見ないわ」

 

 ベルは静かに、けれどはっきりと首を振った。

 

「私はベル。あなたの名前は?」

 

 アワユキはすぐには答えなかった。

 青銀の瞳で、ベルの指先や呼吸の間合いをじっと観察する。

 ただ、そこにあるだけの静かな気遣い。

 値踏みするような沈黙の末、ようやく少女の唇が開いた。

 

「……アワユキ」

 

 名乗ったあとも、警戒は少しも緩まない。ただ、喉の奥の唸りだけを少し弱め、アワユキはゆっくりと立ち上がった。

 

 やがて、扉の隙間から、アワユキが居間へと出てくる。

 

 だが、その足取りはひどくおぼつかない。

 彼女の細い体には、ベルが用意した古着のシャツがあまりにも大きすぎた。長すぎる裾を足で踏みそうになり、袖は手が完全に隠れてしまっている。

 

 居間には、食事の匂いとページたちの視線が充満していた。

 

 アワユキは部屋の境界に立つと、無言でページを睨みつけた。

 黒いソファに沈み込み、アンティークの機械をいじっている男。


 自分を助け、この煤けた場所まで運んできた張本人。

 

 ページとアワユキ。


 二人の視線がぶつかった瞬間、獣の警戒心と張り詰めた魔力が無意識に漏れ出した。


 ピキッ……。


 アワユキの裸足の足元から、微かに白く冷たい霜が石畳の床を這う。

 

「ッ……」


 それに合わせて、ページの腕に刻まれた銀の血を注がれた傷跡が、内側からチリッと焼かれるように疼いた。ページは咄嗟に顔をしかめ、右腕を押さえる。

 

 さらに、彼の手元にあったラジオの琥珀色の真空管が不規則に明滅し、ただの環境音ではない、耳障りなノイズがジジジッと部屋に鳴り響いた。

 

 何かが根本から狂い始めている。

 その不吉な予兆が、煤けたアジトの温かい空気を冷酷に侵食し始めていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

小説投稿はまだまだ初心者なので、読みづらい部分もあるかもしれませんが、楽しんでもらえたら嬉しいです。

評価・ブックマーク・感想などいただけると、かなりモチベになります。

今後も少しずつ更新していく予定なので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ