二人分の命の賭け
ボタンの追撃によって足場を粉砕され、ページとアワユキの身体は廃炭鉱の最下層へと真っ逆さまに落下した。
叩きつけられたのは、骨の髄まで凍りつくような冷たい地下水が溜まる水没区画。
ざばぁっ、と鈍い水音が響く。
同時に、落下してきた巨大な岩や錆びたレールが次々と水面に激突し、凄まじい水飛沫を上げた。
跳ね上がった大量の冷水が、最下層を這うように走っていた高熱の蒸気管へと降り注ぐ。
――ジュゥゥゥッ!
鼓膜を劈くような金属の悲鳴と共に、超高圧の水蒸気が一気に噴出した。
瞬く間に周囲は、濃霧に包まれる。
「あはっ!どこ行ったのさ!」
頭上の足場から、ボタンの歓喜に満ちた声が響く。彼女がそのまま霧の中へ突っ込もうとする気配がしたが、直後にザックの冷えた声がそれを制止した。
「待てや、見えん」
プロの冷静な判断が、ページたちにわずかな、だが致命的な空白の時間を与えた。
(……クソ、クソッ)
轟音と吹き荒れる熱気の中、ページは濁った泥水に半ば浸かりながら、必死に思考の歯車を回そうとしていた。
だが、回らない。
手持ちの逃走用ガジェットはすでに底を突き、頼みのスクーターも喪失し、ここは物理的に逃げ道のない最下層だ。
自分の命を守り抜く。そのための冷徹な理屈が、通じない。
パニックが足元から這い上がり、ページの喉を締め上げようとした、その時だった。
――パンッ!
頬に走った鋭い痛みが、壊れかけていたページの意識を現実に引き戻した。
「……っ?」
霧の中。
目の前には、落下や戦闘で傷つき、銀の血を流すアワユキの姿があった。
彼女の身体からはすでに限界を超えた魔力が漏れ出し、その髪が根本から毒々しい銀色に染まりかけている。
彼女は、パニックに陥りかけたページの頬を、そのひどく冷たい手でピシャリと叩いたのだ。
強制的に冷静さを取り戻させる、不器用で暴力的な喝。
アワユキはページを真っ直ぐに見据え、ひび割れた唇を動かした。
「この命はもう私だけのものじゃない。それを肝に銘じろ」
その言葉には、少女の脆さと、獣のような執着が同居していた。
「私の力をどう使うのか示せ。……働かせるんだろ?給料分」
ふん、と鼻で笑うアワユキの仕草は、ひどく挑発的な獣のそれだった。
彼女の青銀から移り変わった黄金の瞳が爛々と輝きを増し、体内の銀の魔力が暴力的なまでに高まっていく。
頬の鈍い痛みと、眼前の不器用な覚悟。
それを受けた瞬間、ページの中で何かが完全に切り替わった。
ページは無言のまま、泥水に浸かって重くなったベルトポーチを外した。
ずっと泥の街で自分を守ってくれた運び屋としてのアイデンティティ。
それを、容赦なく脱ぎ捨てる。
重いベルトポーチが泥水へと落ちる音が、彼の覚悟の完了を告げていた。
身軽になったページは、ニヒルな笑みを浮かべ作戦を提示する。
「敵はプロだ。だからこそ、お前が銀狼になった後に俺の血を見れば『切り札を切った』と誤認する。……俺の血を、お前の血に見せかける」
それは、自身の血を利用して敵の目を欺く、あまりに狂った計算だった。
アワユキは呆れたように鼻で笑いながらも、その狂った計算に、己の命を一切の躊躇なく預ける。
やがて、立ち込めていた高熱の蒸気の霧が少しずつ晴れ始め、空間の輪郭が再び泥水の上に浮かび上がる。
「……見つけた」
上方の足場から、ザックの冷たい視線が二人を発見し、見据えてきた。
だが、盤面はすでに裏返っている。
アワユキは一気に魔力を限界まで高め切り、銀狼への変身を開始した。
――ドクンッ!!
「……っ、ぐぁ……!」
その凄まじい魔力の急増が、不可逆の呪いを逆流し、ページにアワユキの傷が激しく焼くような痛みとしてダイレクトに共有される。
神経が内側から炙られるような激痛に、ページは奥歯を噛み砕くほどの力で耐えた。
アワユキの小さな身体が爆発的な銀の霧に包まれ、次の瞬間、巨大な銀狼へと姿を変える。
――オオオオオォォンッ!!
廃炭鉱の底を震わせる、孤高の咆哮。
同時に、周囲に立ち込めていた高熱の蒸気が一瞬にして凍りつき、水没区画一帯を氷点下の冷気が支配した。
圧倒的な威圧感。
「うっわー……。聞いてた話より五倍やばいきーするわ」
ザックは心底嫌そうに頭を掻き、
「これじゃ一撃は無理そうだね……!わくわくしてきたよ!」
ボタンは巨大なハンマーを構え、戦闘狂の笑みを浮かべる。
氷結した泥水の上。
ページは胸を焼く呪いの痛みに耐えながら、鋭い眼光で上の敵を見据えた。
もう、逃げるだけの時間は終わった。
「反撃開始だ……」
静かに、だが確かな熱を帯びた声で、ページは逆転の狼煙を上げた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
小説投稿はまだまだ初心者なので、読みづらい部分もあるかもしれませんが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
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今後も少しずつ更新していく予定なので、よろしくお願いします。




