煙幕は白く凍る
今日から毎日一日投稿になります。
書き貯めの在庫が少なくなってしまい……。
毎日19時30分に更新しますので、よろしくお願いします!
深く冷たい夜の闇へと飛び出していったスクーターは、スラムの入り組んだ高架下を縫うように疾走していた。
吹き抜ける夜の風が、肺に張り付くような鉄錆と血の匂いを運んでくる。
ページの視線は、前方の暗がりとバックミラーをせわしなく行き来していた。
ミラー越しに見える光景は、控えめに言っても最悪だった。
建物の角を強引に削り取り、瓦礫をまき散らしながら突き進んでくる大型の『血の獣』が、ぴたりと背後に張り付いていたのだ。
アジトを襲撃した個体とは比較にならない巨躯。
剥き出しになった悍ましい筋肉の隙間からは、魔力の蒸気がしゅうしゅうと噴き上がっている。
それは生き物というより、暴走する重機の化け物だった。
(チィッ、なんだあのデカさは……!)
ページは脳内で逃走ルートの秒単位の計算を猛スピードで回し続ける。
右か、左か。
いや、この先の路地は瓦礫で塞がっている確率が高い。
片手運転のままコートのポケットから通常の発煙筒を引き抜き、後方へ投げつけた。
だが、開けた高架下では不規則で強い風が吹いており、発生した煙は目くらましになる前に無力に霧散していく。
その直後、背後から迫る血の獣が、巨大な顎をガクンと外れるほど大きく開いた。
喉の奥で、血の蒸気と魔力が禍々しく混合していく。
ズズズッ、という不快な音と共に、どす黒い燐光を放つ魔力弾が形成され始めていた。
(まずい……!)
ページはバックミラーから発射のタイミングをうかがう。
手綱を握るようにスロットルを捻ったまま、コートの裏に仕込んでいた特製の煙幕弾を掴み出す。
獣が顎を突き出したその刹那、ページは煙幕弾を獣の鼻先へ正確に投擲した。
弾けた煙幕の衝撃で、獣の狙いが僅かに逸れる。
射出されたどす黒い魔力弾はページたちの上を通り越し、進行方向の先にある巨大な廃工場の煙突を直撃した。
バキィィンッ!
凄まじい金属的な破壊音が夜気を震わせた。
直撃を受けた数百トンのコンクリート塊が、中ほどからぽっきりと折れる。
それはまるで、巨大な断頭台のように、ページたちの逃走路へ向かってゆっくりと倒れ始めた。
コンクリートの塊。
自分たちのスクーター。
倒壊速度を瞬時に計算したページの脳内で、非情な結論が弾き出された。
「……クソッ、間に合わねぇ!瓦礫に潰されるのが先だ!」
衝突は避けられない。
回避ルートはない。
死を悟ったページの絶望を、しかし、背中の獣が打ち破った。
火花を散らしながらアスファルトを滑る不安定な車体の上、彼女は重力など存在しないかのように、凛とした足取りで直立した。
その青銀の瞳には死への恐怖など微塵もなく、ただ獲物を射抜くような鋭い意志を感じさせた。
彼女はページの腰元に手を伸ばすと、彼が予備として持っていた発煙筒を強引に奪い取った。
「おい、何して――」
「貸せ!」
短く、低い命令形。
振り返る暇もなかった。アワユキは自らの右腕に躊躇なく爪を立て、肉を裂いた。
傷口から溢れ出したのは、赤い血ではない。水銀のように鈍く光る「銀の血」だ。彼女はその血を、奪い取った発煙筒に無造作に塗りつけた。
キィィィィンッ!
魔力を過剰に注がれた発煙筒が、壊れる寸前の悲鳴を上げる。
次の瞬間、網膜を焼くような純白の閃光が炸裂した。
放出された煙は一瞬にして圧倒的な質量を持つ『氷の結晶』へと変貌し、落下してくる煙突の支点を下から突き上げるように一瞬だけ固定し、跳ね上げた。
「捕まってろ!!」
バキバキと凍りついた煙突が悲鳴を上げるその直下。
ページは全身の体重をかけてスクーターを横倒しに押し込んだ。
ギャリギャリギャリッ!!
車体がアスファルトを削り、激しい火花と金属音を散らしながらスライディングで死地を潜り抜ける。
振りまわれる重圧と路面のすさまじい振動が骨を軋ませる。
通過する刹那、崩落する瓦礫の破片がページの愛用の黒コートを紙のようにあっけなく引き裂いていった。
直後、背後で煙突が完全に着地し、周囲を土煙と鼓膜を破るような轟音が支配した。
バランスを失ったスクーターから、二人の体が虚空へと放り出される。
「ッ……!」
ページは投げ出される瞬間、アワユキの首根っこを力強く掴んで引き寄せた。
自分の体が下になるように彼女を抱き込み、アスファルトの上を幾度も転がって衝撃を殺す。
やがて回転が止まり、完全に崩落した煙突が巨大な壁となって追手の咆哮を物理的に遮断した。
一転して静まり返った闇の中、立ち込める土煙の中で二人の荒い息遣いだけが響く。
「……はぁっ、はぁっ……」
ページはゆっくりと体を起こした。
胸元に抱きしめたアワユキの体からは、コート越しに微かな温もりが伝わってくる。
だが、彼女の右腕だけは異常なほど冷たかった。
肺に張り付くような、鉄と水銀の匂い。
見れば、アワユキの右腕には、凍傷を伴う痛々しい火傷の裂傷が深く刻まれていた。破壊の跡には、銀色の霜の花やガラス状の結晶が残酷なほど美しく咲いている。
アワユキは痛みで耳を力なく伏せつつも、ページを射抜く青銀の瞳孔は垂直に鋭く裂けていた。
ページの心臓が、恐怖とは違う別の理由で大きく跳ねた。
自分の『予測』を、この少女はたったの一瞬で、これほどまでに暴力的に破壊してみせたのだ。
彼は言葉を失い、恐怖を通り越した得体の知れない畏怖を感じながら、無言のまま彼女の負傷した腕へとゆっくり手を伸ばしかけていた。
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