49.卒業
黄色い絨毯が続く坂道、少し音痴な鶯の合唱に、金色のお日様も笑っていた。
麗らかな陽射しに包まれ、昨日までの肌寒さを忘れるような見事な春の訪れだった。
雲一つない晴天の下、次々と続く車列に一際目立つ車がゆっくり坂を上がって行く。
◇
──ガチャリ
「お父様!」
父と娘の感動の再会シーンではないようだ。
思いがけぬ人物の登場に由紀は驚いた。
「仕方あるまい貴志が来られない以上。聞けば身よりが無いと。あの子には私も恩があってな。私のことは内緒で頼んだよ由紀」
そして立派な花束をテーブルに預けるように置く。
男はそれだけ残し部屋を出ようとした。
その時だった。
「学長そろそろお時間です」
──ガチャリ
「え?」
「おお、高科君。随分と久しぶりだね。たまにはうちにも顔を見せに来てやってくれ。由紀が寂しがるから」
「え?」
一瞬微妙な空気が漂ったが、言いたいことだけを言い、さっさと出て行く姿はやはり似ていた。
「ちょ、っ御神会長!」
高科が急ぎ追いかけようとしたが、娘の由紀に止められた。
学長室にある応接セットのテーブルに、視線を移す。
黄色いガーベラとオレンジの薔薇に白のかすみ草。添えるように緑の葉があしらわれた可愛らしい丸い花束。
ピンクの薔薇やチューリップを中心に春らしい可愛らしい花束。
紫とピンクや白のスイトピーを中心とした清楚で可憐な花束。
蘭や薔薇を惜しみなく入れた立派で大きな花束。
どれも素晴らしい花束並ぶ中、一際目立つ物が鎮座していた。
薔薇の中でも希少と言われる紫色した薔薇の花束。その数40本。
『真実の愛、変わらぬ愛』を意味する花束。
「あいつこんなに持てるか?」
高科は皆が同じことを考えていたことに笑った。
「黄色いのは天野ですか?」
「ええ。少し前に届きました」
由紀はテーブルから落ちそうなぐらい並んだ春の訪れに、苦笑いした。
「では、そろそろ参りましょうか? 姫」
その言葉に手を引かれ部屋を後にした二人は、何処か温かな雰囲気だった。
◇
来賓席ではなく、一般保護者席に一人で座る男の姿に、古参の職員は驚愕していたが、彼の強い意思は変わらず、何度職員から席の移動を提案されても断固拒否していた。
「御神音楽学校」創始者、御神 幸造が卒業式含め式典に訪れたのは、創立以来今日が初めてであった。
厳かな雰囲気の中、音楽学校らしくショパンの「別れの曲」が在校生とアカデミーの者達により、さながらフルオーケストラで始まった。
卒業証書の授与が始まる。
各科、クラス毎に担任から名前が呼ばれる。
声楽科から名前が呼ばれ、順に卒業証書が学長である御神 由紀から手渡されていく。
バイオリン科の番となり、高科がクラスの者の名前を読み上げる。
そして最後に。
代読で彼の姉である御神 由紀によって名前が呼ばれた。
『バイオリン科 御神教室 桜井 花音』
「はい」
由紀様の声に私は、すっと立ち上がり、階段を登る。
壇上で待つ由紀様の前に行き一礼し卒業証書を貰う為、両腕を伸ばす。
「おめでとう」
由紀様の言葉に、堪えていた涙が溢れてきた。
1年間しか通っていないのに、こんなにも素敵な夢を見せてくれたこの学校を、私は今日卒業する。
◇
「あれ? あのおじさん? 確か? あ! 老人ホームのおじさん!」
老人ホームの入居者ではない。と、聞こえていたら皆に突っ込まれていただろう。
現在の日本経済の中心人物とも言える御方である。
「花音さんでしたかな? 此方の学生さんだとあの後、聞きましてね。今日はあの時のお礼に」
幸造は、近づいて来た少女に微笑む。
花のワルツをリクエストしてくれた、おじさんが大きな花束を私に差し出してきた。
あまりに立派な花束に驚く私を見て、おじさんが再びにっこり微笑む。
「卒業おめでとう。花音さん」
先生?
柔らかで落ち着いた雰囲気が、何となく先生の感じと似ていて、思わず脳裏に浮かんだ。
姿も顔も似ていないのに。
「いえいえ私のほうこそ、とても楽しい時間を頂戴したのにも拘わらず、こんな立派な花束まで……」
天野先生が花束を持って近づいて来た。
「え? ええええええ?」
天野は、目を擦りながら固まった。
「ん? お知り合いですか? 天野先生と?」
私はおじさんにたずねた。
「いえ。初めてお会いしました」
「え?」
天野は一瞬、?が頭の中に。
そりゃあ自分のことなど、忘れられていても当然と言えば当然ではあるが……
学院の創立記念パーティーや、音楽堂のこけら落とし、御神グループ主催のコンサートには、何度も自分も及ばずながらピアノを演奏させて貰ったが……
ご実家にも、参りましたよ?
「はじめてですよね? 天野さんと言いましたか?」
その恐ろしい圧力ある言葉に天野は無言で何度も首を立てに降った。
やっぱり親子だ……
圧怖すぎ!
「あら? 高科先生まで!」
大きな花束を二つも抱えている。
「こっちが俺からね。と、このド派手なのが貴志から」
「桜井さん。これは私からね」
由紀様まで!!
「有り難う御座います! こんなに皆さんにお祝いして頂けるなんて……折角なんで皆さんと一緒に記念撮影したいです!」
「あ、ああ、そうだねぇ」
高科と天野は顔を見合わせた。
これ大丈夫か? と。
幸造が帰ろうとした瞬間だった。
「あ! 折角だからおじさんも一緒に! ね?」
おい! おじさんって!
知らないって怖い……
高科と天野は二人で見つめ合いながら絶句した。
そして、その後ろで苦笑いする幸造の娘の姿。
微妙な空間であった。
御神 幸造氏と花音が中央に、その後ろに三人が立つという、とても貴重な撮影会が終了した。
「では私はこれで。花音さんまた会いましょう」
「はい。有り難う御座いました」
先生にも送ってあげようっと。
「も、もしかして桜井、貴志に今の写真送った?」
「はい。駄目でした? 高科先生?」
あれ? 皆さんの様子が??
「い、いや? 良いんじゃないかな?」」
あれ? 何か皆さんが余所余所しい?
◇◆
──ヴゥ゙ヴゥ゙
『送信者 花音』
「何だこれ? 俺の中学の卒業式にも来なかったくせに。小学校もそう言えば由紀だったか」
送られて来た写真を見ながら、男は笑っていた。




