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御神先生の秘蔵っ子─出会い編  作者: 蒼良美月
第五楽章 夜想曲ノクターン

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38/51

38.才能と現実   

 今日も今日とて、朝から色々な音が重なり合う楽しげな雰囲気の学校が。

 今日はいつもと違って緊張感漂い、皆が固唾を飲んでその瞬間を待ちわびていた。


 第二レッスン室前には、幾重にもなる人集(ひとだか)りが出来ていた。


「いつでもいいですよ」


『フランツ・リスト作曲 ラ・カンパネラ』


 元々はこの曲は、パガニーニのバイオリン協奏曲の三楽章の輪舞曲(ロンド)()()()()()()としてリストによって編曲されたものだ。

 本来バイオリンはパガニーニ作で演奏し、伴奏でピアノ奏者が付くのが普通である。


 が、しかし。

 何と先生は、リスト作のピアノ用を編曲し直し、伴奏としてピアノが弾くのではなく、()()()()を弾くユニゾンにしてしまったのだ。


 それを先生は今回の日本公演の最終日、最後の曲に選んだ。

 しかも天野先生のピアノソロから始まり、バイオリンは途中から入ると言う、とんでもない内容だった。


 何度も二人で部分練習をしてきて、昨夕やっと全パートまでの練り合わせが終了したことにより、今日フル演奏を初めて試すために天野先生がレッスン室を借りた。


「いい? 桜井?」


「大丈夫です」


 鐘の音が左右交互に四小節。そこから始まる主題。三段目左手の合図のあと。

 バイオリンを構える。

 左手ソロ。

 今!


 天野先生うま!


 負けないように、ギリギリまで響かせないと。

 この曲、カプリースとかと違う意味で難しい。

 どんどん速くなるピアノの音。それに置いていかれないようにするだけが精一杯だ。


 リストの繊細なイメージを持ったまま、パガニーニの悪魔的低音部で引き裂く。

 もっと深く、細心部を(えぐ)るようなパガニーニの叫びを音に乗せて。




──「はぁ、はぁ、はぁぁ。お、終わった」


 放心状態に陥ったかのような感覚。

 何もかもが真っ白な世界。

 震えが止まらなかった。



 ──パチパチパチッ

 一人の生徒からの拍手により、それが大歓声へと変わった。


「ありがとう。久々に思い出せたよ。音楽が、ピアノが好きだったあの頃を」


 天野先生が私に握手を求めてきた。


「いえ。私の方こそ感動しました! 音楽って良いですねぇ。行ったことがない景色でも国でも、音で本当に見えるんですね。教会の鐘が鳴り響くのが見えました」


「……それは良かった」


「え? いつも先生に言われてるんですけど、ピアノだと違うのかなあ?」


 天野先生が少しだけ変な顔をしたので聞いてみた。


「どういうこと?」


「くるみ割りはクララになって弾けって言われたし、あ、金平糖もですが。今練習しているジュピターは宇宙を歩いてみろって。で、今のカンパネラは鐘が見えました! 天野先生のピアノで」


「は? 宇宙を歩く?」


 分からん。天才の言うことは。

 そしてその訳の分からん指導を聞いて、歩けるのか? 桜井は?



「あ、先生にさっきの送ってもいいですか?」

「え? 録音してたの?」

「一応? 記念に?」


「絶対文句言われそうなんですけど。細かいところチクチクと」


 天野先生が口を尖らせながら言う顔が面白くてつい笑ってしまう。

 一緒に撮影した写真も付けて送信した。




 ──ヴゥーブゥーー


『神様』


 早!


 天野先生が出て良いって言ってくれたので、通話ボタンを押す。


『浮気か?』

『何でそうなるんですか! もう』


『二ページ目、三段の二小節目、お前遅れてた。あと四ページ目最初の出だし何だあれ? 引っ張られてるし。天野にかわれ』



「先生がかわれって」

「え? 俺に?」


『はい。天野です』

『腕上げたな』


『え?』

『どうだった? 正直なところ花音でいけそうか?』


『俺が引きづられないように弾くのが精一杯でした』


『駄目なら高科と交代させるつもりだったけれど、いけそうならまぁいいや』


『分かってたでしょ? どっちが良いか』


『まだ伸びるぞ』

『置いて行かれないように頑張りますわ』

『頼んだぞ』

『桜井にかわります』


『先生、先生のカンパネラのピアノ演奏が聴きたいです』

『天野が泣いたら駄目だからなあ』

『聴いてみたいもん』


『考えとくわ』

『いつ帰れるんですか?』

『15日。ただ時間あまり取れない。ごめん夜の便で帰らないといけなくなった』

『分かりました』


『空港まで来れるか? それだと5時間ぐらい取れるかなあ』

『行きます!』


『ごめんな』

『大丈夫です』


『言わなくていいよ。大丈夫じゃないときに、大丈夫って言うなもう』

『大丈夫じゃないけど、でも……』


『悪い、呼ばれた。夜電話するわ。ごめん』


 12月15日。私の誕生日。

 ただの偶然でもいい。5時間しか一緒に居られなくても。それでも無理してでも逢いに来てくれる。


 後、少し我慢すれば。ずっと一緒に!


 あ、期末テスト!

 無情にも16日から始まる……


「天野せんせえええええーーーー」





 ◇




「また来たのか……君さぁ、真面目に授業受ける気あるの?」


 ごめんなさい。お父さん。そんな目で見ないで下さい。


「あ、あります……でもお経のように吸い込まれてしまうんですぅう。心地よい調べと共に」

「御神先生に言いつけるよ?」

「そ、それだけはご、ご勘弁を!! ぜんぜいぃえええ。許してええ」


 このあと、夕食の時間まで有り難く指導して頂いた私はフラフラになりながら、部屋を出ようとすると、廊下で待つ悪魔に恐怖した。


「行くよ?」


 高科先生ってこんなに体育会系でしたっけ?

 ジャージ姿も凛々しいですが、最近は高科先生のペースに全員付いて走るのが精一杯だった。

 でも一人じゃない! って言うのが今の私には一番の支えになっていた。


 ここって確か音楽学校でしたよねえ?


 全員でランニングした後、全員で学食で夕食食べて、全員でストレッチを講堂でするって何か、スポーツの部活動に入部した感じが……


「あ、桜井居残りね。理科と社会の勉強これからやるから」


「ぇ? えぇえええ?」


「読譜時間を仕方ないから、期末テストまで免除してあげるよ。貴志には内緒だよ?」


 お心遣いありがとう御座います高科様。でも私は読譜のほうが良いです。


「あ、一応夜なんで、由紀さんの部屋でやるから」

「え?」

「えぇぇええええええ?」


 今、何て仰いましたか?


 引きづられるように、高科先生に連行されて学長室に連れて来られた。


「先にじゃあ、理科からね」

「え? 高科先生が?」


「高科先生は、有名進学校をご卒業されているのよ。だから安心よ?」


 由紀様が微笑まれるが、ちょっと怖い……


 私は、確信したことが一つだけある。

 一番怖いのは、間違いなく由紀様と。


 穏やかな優雅な振る舞いではあるが、先生を育てた人である。

 因みに、この訓練メニューの考案者様でもある。


「嘘……ここって秀才しかいないんですか? まさかとは思いますが、御神 先生も?」


「貴志は中学校までしか日本には居なかったけれど、学業も常にトップだったわよ?」


 凄すぎる……


 そもそも音楽学校の在校生は、幼少期から音楽の英才教育を受けられるだけの家庭の子が殆どである。


 そのうちの一握りである特待生でも、毎月のように行われる数々の、学内定期演奏会、コンクール、発表会の度に衣装や靴を新調し、それ以外の普段の楽譜代や研究費も入れたら莫大な金額を要する。


 その全てを、養育者である御神 貴志が賄っていた為、花音は一般家庭と、()()()()()()()()で育った者集団との乖離を現実に感じることが出来ていなかったのだ。




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