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御神先生の秘蔵っ子─出会い編  作者: 蒼良美月
第五楽章 夜想曲ノクターン

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36.悪魔っ子  

 東の空が紺紫から段々と薄紅色に染まっていき、辺り一帯の空気がツンと頬を突き刺すような寒さの中、鳥たちの動きも何だか遅く感じた。


 季節の流れは早いもので、一年で一番忙しいとされる師走を迎えていた。

 そんな中、一際(ひときわ)賑やかな集団が一つあった。


 朝のランニングに行こうと思って寮を出たら、門の外が騒がしかったのでよく見てみたら、見慣れた顔がチラホラと。


「何ですか? 高科先生まで。それに白井さんや、皆さんまで?」

「君の鬼に聞いてくれよ。さっさと行くよ。俺この後、授業あるんだから」


 高科先生が私を睨む。そして幾分皆さんも、何となく私に言いたげな雰囲気である。


「ぇ? 何かしました?」



 昨夜、奴から届いたメール内容。


『オケメン全員、花音と同じメニューこなすこと。天野以外教師含む。1年通せる自信ある奴のみ免除。日本公演分全曲を、全員3月中に入れること。帰国日決まったら連絡する』


『追伸─花音に食われるなよ』


「あの野郎…⋯」

「ぇ??」 


「もしかして、皆さん同じメニューをこれから毎日?」

「これ朝、何分?」


 高科先生が私の顔を睨みながら言う。

 いや、私のせいじゃないですからね? 先生の指示ですよねえ?

 私、悪くないですからね?


「45分か5キロです」

「……あのクソが」


 高科せんせ?


「行くぞ」




 ◇



「ぜぇ。はぁ。ぜぇ」

「ゲホェッ。ゴホッ」

「ハァハァハァッ、ハァ」

「あ、あし、足ツタ、つったあ」


 えっと……皆さん大丈夫ですか?


「高科先生? お水持って来ます?」


「お、お前平気なのか?」


「あ、帰ってきて直ぐは流石に三日ぐらいはしんどかったですよ? あ、夕方は何時集合にします? 夕方軽いですよ? 30分か4キロでいいから」


「………」


「あ! 早く行かないと朝ご飯の時間! いっぱいになっちゃう! 8時にパッセージ1時間一緒にしましょうね? では皆さんお先に~~」


 45分全力で走った直ぐ後、元気に走り去って行った少女の背が、既に小さくなっている姿に高科は驚愕した。


「……悪魔の子は悪魔に育つのか?」


 膝がプルプルし、未だ息が上がっている自分の姿に、学園一厳しく、そしてイケメンと言われた男は、敗北感が否めなかった。





 ◇





『誰にも見せるなよ。ホルストのレッスン送ってこい毎日。指示出すから。ものまねじゃなく、お前の音を待っている』


 昨夜届いた宝物を聴きながら朝食を食べるのって至福だわ~~


 これって日本公演のよねぇ。

 演目のソロパートを、なんと神が演奏した動画を送ってくれたのだ。


 先生が直接指導してくれるなんて!

 これって特別待遇?


 先生ってこんな優しい音も出せるんだ。

 というか苦手な曲なんかあるのかしら?

 あ! もうこんな時間!


 至福の時間がぁあああ!




 ◇




「お邪魔しまぁす」


 今日から合同レッスンにと用意された部屋。急いで走ってきたけれど、すでに数名の人が集まっていた。


「あ、桜井さん。紹介するわ」


 良かった白井さんがいて。今回全員アカデミーの方ばかりだったので、少し不安だった。


「安西 香織です。ビオラ担当」

「白井 恭子です。ビオラ担当」

「土田 知美です。ビオラ担当」


 ビオラや、第二バイオリンの方達の挨拶が終わった。

 それ以外は現在先生と一緒に行動している全員がプロ集団になる。そのレベルに私達もついていかないといけない。


「桜井 花音です。宜しくお願いします」

「桜井さん宜しくね。シュラディックで良かったかしら?」

「はい」


 メトロノームがセットされる。


「アンダンテからはじめましょう」


 全員でパッセージって楽しいかも! いつも一人でやっていたので、皆でやるのが嬉しくなる。

 こんなに楽しいの初めてかも!!


「次プレストで」


 た、たのしいいいい!!

 これならもっと速いプレスティッシモまでいけそう!!


「はぁ、はぁはぁ」

「ぜぇ、ぜぇ」


「もう一回やります? あと10分ありますし?」

「え? ええ。そうね。桜井さん……」


 あれ? 皆さん疲れてる?

 あ、私達学生と違って、お仕事されている方もいらっしゃるからかしら?

 アカデミーの方だしねぇ?


 あっと言う間の時間だった。こんなに楽しく、あの退屈な教本が練習出来るなんて!

 最高だわ!!


「楽しかったです。有り難う御座いました!! 授業あるんでまた夕方に。では失礼します~~」


 元気に走り去って行った一人セーラー服を着た少女を、立っていることも辛くヘロヘロになりながら遠い目で全員が見送っていた。


「あの子人間じゃないわ……」


「恭子さん、桜井さん朝ご飯のご飯を大盛りにしてましたよ……」

「……あれだけ走ったあとに」


 中には子供達に教える音楽教室で講師として勤めていたり、テレビや映画音楽の仕事に参加したりと「音楽」でお金を貰っている者も含まれていた。


 パッセージ練習は、毎日行うのは普通だが、1時間一切休憩無しで超高速を只管弾くことは普通はしない。


 一分間に192の拍数を寸分違わず、同じ大きさ、立ったまま正しい姿勢で弾き続けるには、毎日の積み重ねがあってこそなせる技だった。




 ◇





「桜井。起きろ」

「す、すいません……」


 ヤバい、意識が飛んでた。

 理科の授業とか必要? 


 スヤァ~~


「桜井!」

「すぃません……」


 散々だった……

 瞼が重い。

 音楽の授業なら絶対寝ない自信あるんだけどなぁ……


 あれ? ちょっと待って!


 もしかしてもう少ししたら期末テスト?


 この前やっと中間テストの()()が終わったばかりだと言うのに……

 来週から始まる一学期最後を締めくくる大きな壁が待ち構えていることに、今気づいたのであった。


 最悪だ……

 また天野先生に怒鳴られるのか……



◆◆おまけ◆◆

シュラディック:バイオリン訓練基礎教本 まったく楽しい本ではありません。ピアノのハノン同様

メトロノーム:一定の感覚で正確に音を刻むテンポを合わせる音楽器具

パッセージ:曲やメロディではなく、音符群フレーズ 訓練的に繰り返します

アンダンテ、普通の速さ(72~)、プレスト速い(176~192)、プレスティッシモ(192~208)の最速:音の速さの目安用語(1分間の泊数)

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