35.君が笑うから─(激情)
──目移りしそうなぐらい、お洒落な服が視界を占領していた。まるで私は、何処かのお姫様になったような気分になる。
そんな私に先生は笑いながらも、ほんの少しだけ時折呆れた顔を見せる。
「どっちが良いですか?」
「欲しいなら両方買えばいいだろ」
「えぇえ〜〜勿体ないですし」
「良いよ身体で払ってくれたら」
「ぇ?」
「阿呆そっちじゃない。ちゃんと4月までに間に合わせろよ?」
「……ですよね」
「あ、板に乗せられない状態と判断した場合は即刻切るから、覚えておくように」
「ぇ?」
え?? 聞いていませんが? オーデション受かってもクビになるってことですか?
「こっちも慈善事業じゃないんで」
「う、嘘ですよねぇ?」
「俺、今まで嘘ついたことないが?」
「ぇ? まさかとは思いますが、もし駄目だったら先生ともお別れ?」
「そういうことになるな。ハハハッ頑張りたまえ」
うそおおおぉおお!
そんなあああ!!
やっぱり悪魔だ……
音楽に関して先生は一切絶対妥協しない。
一見、冗談で言っているように見えるが、先生が「音楽」で情けを掛けることは絶対にないことは分かっていた。
◇
み、御、神 た、貴志に荷物持ちをさせている私って……
結局あれから他にも何着か買って頂き、その荷物を全て持ってくれる神。
「せ、せんせい。これ見たい……」
沢山の化粧品が並んでいる店が飛び込んで来て、思わず言葉にしていた。
「如何ですか? 良ければ試してみられますか?」
ぇ?
先生の顔を見る。
何も言わないけれど、その顔は肯定と取って良いと。
最近は何となくわかるようになった。
先生は「駄目」な時だけは言葉でちゃんと「駄目」と拒否するが、それ以外は本意ではなくても結局は許してくれる。
はじめて見る大人の世界に入り込んだような感覚。
キラキラ輝く鏡の中に映る自分の姿が、魔法の粉が降り注ぐことによって、全く違う私が出来上がる。
「如何ですか?」
魔法を掛けてくれたお姉さんがにっこり微笑む。
「あ、有り難う御座います……」
パウダールームを後にして、サロンで待っていた先生のもとにゆっくり歩み寄る。
「先生? どうですか?」
頭の先からゆっくり視線が下りて行く。
「如何ですか? 少し大人な感じに仕上げてみました」
店員さんが先生に微笑むのを見て、私は少しだけ恥ずかしくなる。
「同じ物を用意してやって下さい」
「せんせ?」
「これだけか? 他は?」
「ぇ?」
「適当に見繕ってやって下さい」
店員さんが先生の言葉を聞き、急ぎ色々勧めてくれる。
「あ、有り難うございました」
「化粧って化けるって書くだけあるな」
「ひどおおおい!」
「しかし増えたな」
大きな紙袋の山を見ながら先生が笑った。
「す、すいません」
「他に欲しい物は?」
「先生です」
「ならしっかり働いて稼ぎなさい」
「おいくらで?」
いくら出したら私のものになるんだろう?
ずっと私だけの先生でいてくれるんだろう?
「阿呆か。さて帰りますかね姫?」
「……」
もっと一緒にいて欲しい。
一緒にいたい。
まだ帰りたくない。
この言葉が言えたなら、どんなにいいか……
近いのに遠くに感じる先生の背を見つめる。
「ん?」
何処かにそのまま消えてしまいそうな気がして、堪らず手を伸ばしていた。
振り払われるのを覚悟して、先生の上着の裾をそっと掴む。
「帰るぞ」
掴んだ手を優しく引かれ、後を付いて行く。
無言のまま駐車場に停めてあった車に乗り込む先生の姿に、選択肢はなくドアを開け、乗り込んだ。
帰りを急かすように聞こえるエンジン音が、どこか儚げで淋しく思えてしまう。
無言のまま走り続ける車内で、手だけは離されることはなく、強く絡まりあっていた。
赤く揺れる光の波が繋がり、綺麗な流線形を描いている。その先にある見えないゴールが、今の私と重なり、気づけば冷たい雫が落ちていた。
無言のまま先生がその胸に引き寄せてくれた。
それだけで充分なはずなのに。
その気持ちとは、相反したように涙が溢れ続ける。
静かに車が停車した様子に、私は覚悟する。
その次に紡がれる言葉を、耳を塞ぎたい気持ちで静かに待った。
「降りろ」
「……はい」
分かっていた言葉に、ゆっくりと身体を起こす。
?
「ここは?」
「シャツ濡れたし。阿呆」
先生がポンと頭を軽く叩いた後、ドアを開け降りた。
ドアを開けてくれ、手を差し伸べられる。
「困ったお嬢さんだな」
「ぇ? ここって?」
「ここで待ってろ」
目の前に飛び込んできた、煌びやかな大きな空間が広がる光景に戸惑う。
戻ってきた先生の顔を恐る恐る見上げる。
「先生?」
無言のまま手を引かれエレベーターに乗る。
これって……
「帰るか?」
その言葉に私は、無言で首を横に振る。
─カチャ
薄暗い静かな部屋に、小さな金属音が響く。
「不安な理由は?」
静まり返った中、先生が私の瞳を真っ直ぐ見つめながら、たずねてきた。
その問いかけに、何て答えたら良いのかが分からない。
こんなにも大事にしてくれているにも拘わらず、何故こんなに不安なのかが。
「一緒に居られないことか?」
「それもありますけど……」
それだけの理由ではない。この不安な気持ちは……
「愛している。そんな言葉でいいのか?」
私は首を横に振る。
「身体の繋がりなんてそんなものは、一時の慰めにしかならないぞ」
「はい……」
「花音。俺はそんな関係をお前と望んではいない。遠く離れていてもちゃんと心で繋がり、身体を重ねなくても互いを感じる。それじゃ駄目か?」
「いえ……ごめんなさい」
抱きしめられた瞬間、こんなに温かく安心出来たことに驚いた。
重なる唇が少しづつ下に下がり、抱き上げられたと思ったらベッドに優しく下ろされる。
先生の手が少しずつ腰から下がり脚に触れた時、思わず身体が強張っていた。
それに気づいたかのように先生がそっと呟いた。
「焦る必要ないだろ?」
「ごめんなさい……」
そっと身体を起こした先生の背中に抱きついた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝るな。俺が悪い」
「ううん。私が……」
「今じゃなくていいだろ?」
優しく諭すように言うその顔は、ほんの少しだけ困った顔をしていた。
「……はい」
「その時が来たら無理矢理にでも奪うから」
「ぇ?」
「覚悟しときなさい」
「はい」
「先、シャワーしてくるか?」
「ぇ?」
「これから帰るのか?」
「ぇ? 一緒に寝てくれるんですか?」
「お前あっちな」
先生がもう一台のベッドを指さした。
「なんかそれ悲しいです」
「寝込み襲っても良いならな?」
「ぇ?」
「一応健康な男子なんで保証はできんぞ?」
意地悪そうな顔して笑った先生に思わず吹き出した。
「男子って先生……もう」
◇
「嘘! 本当にあのまま寝ちゃってた!!」
驚きのあまり自分の服装を確認する。
昨夜と変わらなかったことに何故か? 安堵した。
どっちが良かったんだろう?
あのまま流されるように先生と。
隣で寝ている整った顔にそっと口づけする。
やっぱりズルい。寝ている姿まで綺麗だなんて。
「襲うなよ?」
「ひどおおい。起きてたなら言って下さいよお」
「帰るぞ。お前学校休むなよ。単位ギリギリなんだから」
「先生、それ今言うの……」
軽く抱きしめ優しく啄むような口づけをしてくれた後、無情にも神により、現実に引き戻された。
「終了。帰るぞ」
「……悲しい」
◇
「お前、一般科目絶対落とすなよ? オケどころじゃなくなるからな?」
「……頑張ります」
楽しかった夢の時間は朝の冷たい風と共に、小さな足跡を首筋に残したまま去って行った。
直ぐそこまで駆け足で近づいて来ている冬将軍に、押し出されるように急ぎ寮の門を潜り、朝の忙しい時間、学校に向かう人達の波から隠れるように、反対方向に小走りで向かった。
◇
「おはようございます」
「桜井さん? 昨夜は何処に行ってたのかな?」
ぇ? 高科先生? 何でバレた?
「貴志にちゃんと言っておくように。君の場合、前科があるんだから。外泊するなら俺か学長にちゃんと連絡するようにって」
「ぜ、前科って……すいません」
「貴志も貴志だよ。まだ卒業前の生徒を朝帰りさすような。そんな奴だと思わなかったよ」
高科先生怖いです。
でも私が悪いので何も言えませんが、先生は悪くないのに私が無理言って……
「待ってください! 先生は何も悪くないんです! 私が帰りたくないって無理言って無理矢理先生を付き合わせただけなんです!」
「桜井。そんなことは分かっている。それでもそういう目で見られるのは君じゃなくて貴志だ。君が未成年でうちの生徒である以上、全責任は奴にある」
「……すいません」
私のせいで先生まで。
先生が「卒業するまで駄目」って頑なに言い続ける理由。
ごめんなさい。先生……
第四楽章完結
「今回で第四楽章完結となります」
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