33.最後の審判
ほんの少し前まで野山の木々が燃えるように赤く染まっていたのに、段々とそれも燻みはじめ、朝靄の山頂には雲海の絨毯に、日輪の光が金色の帯となり神々しく荘厳な時を迎えていた。
「神が帰って来る!!」
まさに神降臨に相応しい光景だった。
あれから三日。やれることはやった。
今日で私の運命が決まる。
もし落ちたら……
永遠の別れに?
いやぁあああぁああぁ゙あ゙ああ!
そんなの絶対いやあああああ!
悔いのない演奏をしてそれでも駄目なら仕方がない。
私は金のピアスをする。
一度は捨てようとした、大事なお守り。
もう二度とそんなことはしない。
校内では付けないようにしていたが、どうしても今日はこのお守りに願いたかったからだ。
思えばここまで色々あった。
なんの取り柄もない私が、今やこうして世界の御神 貴志の前で、そして彼のバイオリンで彼の十八番を披露する。
それだけでも、以前の私の生活からは考えられないことだった。
ましてや先生と一緒にオケに参加出来るかもしれない千載一遇の機会。
迷ったり、逃げたり、悩んだりとかとんでもないわ!
元々何も無かったんだもの。
失うものなんて。
沢山貰ったから怖くなっただけ。その幸せを手放すのが。
先生が言った「最高だった」あの言葉を信じよう。
私のカプリースで挑む。
◇
試験会場へ向かう。
思ったより多いわねぇ。アカデミーの研究生ばかりかと思ったら。同じバイオリン科の子の姿をチラホラ見かけた。
受付に行き番号札を貰う。
「52番」
50人以上受けるってことかしら?
先生中にいるのかなあ?
うはっ、G線10人一度に弾くの?
ゾロゾロと会場に入って行く列をぼんやり眺めていると、恭子さんと目があった。
「こんにちは」
「ビオラも同じ時間なんですねえ?」
「そうみたいねぇ? 何番?」
「52です」
「と言うことは52人受けるってことかしらね?」
あ、最後か私……
なんか寂しい。
「次のグループ30~40番まで」
家路も10人か……
「じゃぁお先に。お互い頑張りましょうね」
「あ、はい」
今頃になって緊張してきた……
ヤバイ……
力が入り強張る手を握りながら、出来るだけ無の世界へ集中する。
先生……
「52番中へ」
「52番さん? いないの?」
「52番の人中へ」
ハッ!
「す、すいません! います! います! 行きます!」
──ガチャリ
「失礼します。52番入ります」
先生!
それに高科先生も、天野先生も、由紀様もいる。
高科先生が無言で頷く。
天野先生……
小さく天野先生が両手をぐっと小さく握りガンバレと声援を送ってくれる。
先生の顔を見る。
何も言わないけれど、いつもと同じで私の目を真っ直ぐ逸らすことなく見ていた。
私のカプリースを先生達に見て欲しい!
バイオリンを構える。
しっかりスタッカートを刻んで、最後の音が消えるまで丁寧に響かせ一音づつを大事に主題を繰り返す。そして地獄の入口へ誘われ、地響きのような低音部。
オクターブの連続の後、感情豊かに緩やかに高音部を乗せて。左のピチカートを走らせる。
もっと速く、もっと高く、もっと遠くへ。
変奏のアルペジオ、あとはフィナーレに向かって一気に歌い上げる!
お、終わった……
先生の顔を見る。
始まる前と変わらない。
高科先生は?
天野先生は?
二人とも笑顔だった。
「お疲れさん。花音そのままバイオリン片付けたらその辺に座っとけ」
え?
今、花音って先生呼んだ?
「高科、合格者集めてこい。10分後に説明会開く」
「おめでとう。よく頑張ったね」
え? 天野先生??
「ラストまで弾けたら合格だったんだよ」
「え??」
え??
どういうこと??
まさか?
「当たり前だろ、50人全員ラストまで聴いてたら何時間かかるんだよ」
先生が長い足を組みかえて笑った。
もしかして、駄目な人って途中で演奏切られたってこと?
「鬼だ……」
「あ、一応高科と半々な」
「え?」
「あ、違う違う。御神先生そういうところですって。本当、女心分かってないですよねえ?」
天野先生が、先生に呆れ顔で言う。意外と仲良し?
「は? お前に言われたくないわ」
「ぇ?」
どういう意味ですか?
どちらかと言うとこの場合、先生より天野先生に解説して貰いたいような?
「オケのソリストを未経験者が一年間一人で続けるって凄い負担かかるのと、やっぱり学生ってのもハンデだしね。それに桜井の場合、海外経験全くないしね。移動含め相当の疲労があるから、サブで高科先生もソロが出来るように練習しとくってことだよ」
「ほう?」
流石天野先生!
「ほうじゃねぇよ。一年通せる体力つけろよ阿呆」
「……阿呆って」
ひどーい先生!
「まぁ学生は難しいだろうな。最初は時差ボケだけで死ねるからハハハハッ 何人生き残れるかねぇ?」
「う、嘘、そんなにハードなんですか?」
「一日に二回夜とか楽しいぞ?」
「……新しい罰ゲームでしょうか?」
魔王さ半端ないですね。先生。
しかも今日、黒のレザーパンツって。
何処モデル様かと思いました。
──ガチャリ
「あ! 恭子さん!」
「適当に座れ」
◇
「〜〜と言うことで、プレ公演に5月15日から御神音楽堂で3日間、その後9月から本格的に始動。ドイツから順にそこに書いてある国を予定。演目計24曲7月までに全員マスターすること。ビオラは第二バイオリンのパートも入れること。以上だ」
う、嘘ですよね? 24曲? 7月までに??
しかも5月にもう三日もやるんですか??
高科先生を見る。
え? これが普通なんですか??
三日間全て違う曲ですよねえ? これ。
他にアンコール用とかも覚えるってことですか??
「あと質問などはコンマスの高科に聞くように」
ですよね……
うん、私もそれが良いと思います。
自分のことだけで一杯になると思われます。
解散の声が掛かったけれど、部屋を出ようとする者はいなかった。
高科先生に質問に行く者もいれば、アカデミーの研究生同士で話している者も。
『飯食いに行くぞ。15分後に下のバス停』
ぇえぇえええ?
一瞬先生の顔を驚いて見たが、涼しい顔をしてさっさと部屋を出て行った。
嘘だあぁァあ!
ガヤガヤみんながしているのを見計らいそっと、逃げるように部屋を出る。
こんな大胆なことする人だったの??
まだ真昼間ですよ?
嬉しい気持ちと、驚きで胸の高鳴りが最高潮に達していた。




