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御神先生の秘蔵っ子  作者: 蒼良美月
第四楽章 人形と夢の目覚め

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31.木枯らしに抱かれて

 夏も足早に去って行き、既に季節は晩秋の終わりを告げかけていた。

 落ちた銀杏(いちょう)の黄色い葉が風に舞い、時折そっと木枯らしが抱きにくる。

 何処かに忘れてきたものを、思い出させるかのようにノスタルジーに。


 遠くに見える山々は赤や黄色に染まり、絵の具をひっくり返したような色鮮やかな世界は神秘的で、まるで理想郷ユートピアのようだった。


 昼下がりの喫茶店、隅に座るコートを着た男性。

 コートの襟で顔が少し隠れていたが、明らかに綺麗に整っている横顔。


「花音ちゃん。これを彼方のお客さんに宜しく」


 保育園のボランティアから帰ってくると直ぐに、珍しく店主の奥さんから珈琲を持たされた。

 奥さんは微笑むだけで何も言わない。


「お待たせしました~~」


「ウエイトレスのバイトは楽しいか? 家出娘」


「え?」


 男性がサングラスを外した。


「先生!」


 店主ご夫婦が店の外に準備中の札を掛け、奥の部屋にそっと去って行った。


「これ以上休むと、卒業出来ないそうだが?」


「ぇ? もう退学になっているものだと……」


「して欲しいのか?」


 先生の顔は、今までと何一つ変わってなかった。

 いつもちゃんと私の目を見て、逸らすことは一切せず真っ直ぐ問い掛けてくる。


 勝手にその視線を逸らしたのは私だと言うのに。

 馬鹿だ……私は。


「いえ……」


「土産だ。三日後に来期のソリストをはじめオケメンバーのオーデションを行う。4月からそれに向けて始動する。最後のチャンスだ」


「ぇ?」


 先生が手渡した封筒を開ける。


 スコア?


 これって……


『KANONーパッフェルベル作 御神 貴志 編曲』


「先生これって……」


「これじゃ足りないか?」


 本来パッフェルベルのカノンのスペルは「K」ではなく「C」ではじまる「Canon」が正しい。でもこれは私の名前の「K」からはじまっている。まるで「花音」へと言っているように。


 これってあの時、先生が咄嗟に隠した海辺で書いていたものでは?

 最初のフレーズに見覚えがあった。


 あの頃から⋯⋯

 ちゃんと先生は私のことを⋯⋯

 それなのに私は。


 溢れる涙に、先生はじっと私の目を見つめて頭を優しく撫でた。


「帰るぞ。家に」


「はい……」


 無意識に頷いていた。


「支度して来い。外で待ってるから」


「はい」





 ◇





「妻がお世話になりました」

「え? 奥さんなんですか?」


「まだ学生なんで卒業してからにはなりますが。珈琲代です」

「こんなに頂けませんよ。もしかして御神さんですか?」

「はい」


「先日、お父様がいらして娘さんと親子喧嘩して家出したと言って、実はこれをお預かりして。私共もこんな大金困ってしまって」


 貴志は天井を仰いだ。


「勝手に兄妹増やすなよ……」


 あ、あながち間違いでもないのか?


「とんだ失礼を。お許し下さい。今回の件は全て私の責任です。ですが父の思いを受け取ってやってくれませんか?」


「アンタ……」

「困ったなぁ。兄ちゃん」


 夫婦は困り顔を浮かべる。


「では、この珈琲豆を此方に送って貰っても? その代金です」


「分かったよ兄ちゃん。その代わり二度と花音を泣かすんじゃないぞ?」

「はい。本当にお世話になりました」





 ◇




「乗れ」

「お邪魔します……」


「何か言うことは?」

「ごめんなさい……」


「でも……恋人って」

「そんなものソリスト指名する度に毎回書かれてるわ。馬鹿たれ」


「本当に違うんですか?」



「キャっ」


 せ、せん、せい!

 あまりの突然に心臓が止まりそうだった。

 今までの優しく軽く触れるだけとは違い、強く押しつけられる激しい感触。

 髪を掴まれ荒々しく熱く。

 でも嫌じゃなかった。


「お前と違って浮気はしない主義なんだよ俺は。ちゃんと卒業しろよ。じゃないと抱けないだろ阿呆」


「浮気って……」

「ぇ?」


「何だよ。口から出任せか?」


「いえ! 本心です! 先生が良いです! 先生じゃないと嫌です!」


「よく言うわ。逃げたくせに。それに疑われたしな?」


「……だってぇ」


 先生の顔を見上げたが、笑っていた。

 怒ってないんだ。あんなことをしたのに……


「あ? 怒ってるよ。お前オーデション落ちたら今度こそ切るからな。本気でやれよ?」

「……課題曲って?」


「カプリース24」

「これって新世界でも、G線上のアリアでも可ではないんですか?」

「カプリース24」

「酷い……」


「桜井 花音のカプリースで来い」

「私のカプリース?」


 先生の顔を再び見上げると、笑いながら先生が答えてくれた。


「もうすぐ一年か。衝撃的だったわアレ。なんだコイツって椅子から落ちそうになったわ」

「……もう忘れて下さい」


「いや、最高だったけどな。テクニックは別として。あの頃を思い出してみろ。音楽を心から楽しんでいた頃を。あの音に惚れたんだ俺は」


「音だけですか?」


「言える身分かよ。絶対落ちるなよ?」


「は、はい……あの、もしですねぇ。もし落ちたら、セカンドに入れてくれるとかは?」


「お前犯されたいのか?」


「ぇ?」


「落ちたら別れるぞ」

「そ、それって……先生?」


「取り敢えず卒業してからな」

「ほ、本当に?」


 え?

 嘘?

 これって本当に、か、彼氏に?

 先生が?

 うそおおおおおお!!


「あ、その前に中間テストの追試頑張れ。一般落としても、うち退学なんで」

「ぇっ? ちゅ、中間テスト?」


「当たり前だろ。今、何月だと思ってるんだよ」

「……嘘ですよねえ?」


「天野が待ってるわ。ハハハッ」

「嘘ですよねえ? 先生って勉強得意だったりします?」


「俺、明日から中国。三日後のオーデションには戻るから。まぁ頑張りなさい。まさかとは思うけど一般科目で退学とかないからな?」


 嘘だ……これから勉強って。二学期になってずっと行ってないし学校……

 どうしよう……

 しかもうちの学校レベル高い。

 一般で単位取れる自信ないんですけど……


「その後って先生日本に居るんですか?」

「三月いっぱいまでは厳しいけど出来るだけ帰る。四月から本格的に動く準備あるしな」


「それに受かればずっと先生と一緒ってことですか?」

「まぁなぁ。途中客演とかは入るだろうけどな。基本メインはそっちで1年動くつもり」


 嘘! 先生と一緒に世界中をまわれるってこと?


「あ、忖度とか贔屓は一切ないからな。駄目ならきっちり落とします」


 先に言われてしまった……


「先生が全メンバーのオーでションを自ら?」

「第二の数名と他の弦は高科に。第一は俺が決める」


「せんせ?」


 先生の顔を見つめる。


「そんな目で見ても無理です。実力で取りなさい」


「……新世界って良い曲ですよね?」

「課題曲はカプリースな」


「選択可って書いてますよね?」

「お前それちゃんと読んだのか?」


「ぇ?」


 急いで先生から貰った封筒を再度見てみる。

 KANONに驚き過ぎて、二枚目にあるオーデションの紙をちゃんと見てなかったのだ。



『桜井 花音 弦楽器科 高等部 バイオリン』

『課題曲 カプリース24番』



 ぇ? 書き込まれている?


 これって先生の字?


「先生?」


「手間が省けるだろ? 勉強とオーデションに集中しやすいように書いてやった喜べ」


「悪魔だ……」


「家路がいいいいいーー! G線がいいいいいい!」

「阿呆。カプリース希望者いないぞ多分。ソロで弾けるチャンスだ」

「……そうですけど。あれ以来カプリース弾いてないんですけど」


「あれが弾けたら充分だ。小さくまとめようとするなよ。俺のコピーじゃない桜井 花音の音で勝負しなさい」


 私の音って何なんだろ……


「せんせ? 今日って何時の飛行機ですか?」


「お前、今フライト時間まで聴いて欲しいって思ったろ?」


 何でバレた? 先生凄くないですか? 魔法使いですか?

 神様だからですか? やはり。


 人間の心まで読めるのですね。

 邪悪な心は直ぐ読まれるってことでしょうか?


「それ駄目だろ? 阿呆。贔屓はしません」

「ですよね……」


「それより俺は一般科目のほうが心配だよ」

「……せんせいいいいい!」


 私もそれが心配で御座います。

 落ちたらどうしよう……

 再追試ってあるのでしょうか?




 ◇




「着いたぞ」

「……はい」


「今度は逃げるなよ?」

「はい」


「目閉じろ」

「ぇ?」


 そっと優しく触れた唇が、離れたくなくて何度も願ってしまう。

 その度に優しく啄むように応えてくれた先生の手が少しづつ髪に触れ、段々と下におりてきた時、先生が手を止めた。


「阿呆」

「だってぇ」


 先生の瞳を見つめる。

 暫くの沈黙が続いたが、何方ともなく互いに求めていた。


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― 新着の感想 ―
ヤバい、発狂したい。 なんで⭐︎は5つしかつけれないんですか、え、なに?続きどこですか? 無理なんですけど、なんで御神先生の相手私じゃないの?うわーーーーーーーーー
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