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御神先生の秘蔵っ子  作者: 蒼良美月
第四楽章 人形と夢の目覚め

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29.熱情 

 今日も朝からおもちゃ箱の声や、キラキラ光るビー玉のような瞳達に私は囲まれて、その元気をもらっていた。


「花音ちゃん。もう一回弾いてよ~」

「花音ちゃん。キラキラ星弾いて~」

「それさっきアンタ言ったでしょ」


「ケンカしないでね? みんなで一緒に歌いましょう?」


「キラキラひぃかぁる~」


 子供達やご老人達の前でバイオリンを弾く機会に恵まれたことで、私は毎日を楽しく過ごせていた。


 あの日、偶然見つけた喫茶店が運命の出会いだった。

 着の身着のまま飛び出してしまった私は、お腹が空き良い匂いがする喫茶店に吸い込まれるように入っていた。


 一日だけのつもりが、既にもう何日もご夫婦の好意に甘えてしまっている。

 何も私に聞いてこないご夫婦に感謝の気持ちでいっぱいだ。


 昼間は喫茶店の手伝いをしたり、こうしてお客様から紹介された保育園や老人ホームにボランティアでバイオリンを弾かせて貰っていた。


「ちゃんと連絡しないと……」


 あれだけお世話になってきた、学院の先生方を裏切るような形で黙って逃げ出したことへの後悔と、今は先生に繋がる人達と離れたい? いや、怖かった。


 先生との約束を、くだらない私の嫉妬で放棄してしまったことへの後ろめたさで、謝りたい気持ちはあるけれど、今はまだ自信がなかった。


 先生を忘れることに……




 ◇




『御神 貴志&マイヤー・グラスノー 仲良く会見に登場!』

『御神 貴志・マイヤー・グラスノー ドイツ公演大成功! 鳴り止まない拍手と最多カーテンコール!』

『御神 貴志に新恋人! お相手はグラスノーグループ総帥の孫娘 マイヤー・グラスノーか?』


「何ですか? これ。こんな奴の為に僕たちは桜井を本気で育てたと思ったら悔しいです! 高科先生!」


 職員室のデスクに無造作に置かれていた新聞や雑誌の記事を見ながら天野が顔を真っ赤にして怒る。


「天野、ドイツ公演のマイヤーの演奏聴いたか?」


「いえ? 聴く気にもなりませんよ! 御神先生も御神先生ですよ! 桜井の気持ちも考えず、さっさと乗りかえて。いくらスポンサーの孫とは言え金なら俺達だって!!」


「向こうにいる後輩から送ってもらった音源だ。リハのだけど本番も大差なかったらしい。聴いてみろ一回」


 俺は天野を連れて、レッスン室に向かう。


 『パガニーニ作曲 カプリース24番』


 御神 貴志が当時ドイツで初めてプロとしてバイオリンデビューした時の曲だ。


 それと同じ演目をわざわざ同じホールでの開催。

 どれだけ自信があるのか? と、最初は呆れたが、後輩からの話を聞き納得した。


 CDをスタートさせる。


「え? 御神先生ですか? ジュニアの頃の??」


「マイヤーだ」


「え?? どういうことですか?」


 目をぱちくりしている天野に解説してやる。俺も最初に感じたことの種明かしとも言える内容を。


「マイヤーは、桜井とはまた違うタイプの「御上 貴志」のコアなファンだ。桜井と違ってマイヤーの不幸だった点は、彼女には()()を完璧にコピー出来るだけの基礎とテクニックがあったってことだよ」


「え?」


 マイヤー・グラスノー。彼女が各地のコンクールの賞を取りまくった裏には、今世紀最大の天才音楽家と言われている「御神 貴志」のジュニア時代のものを寸分違わず完璧にコピー出来たからだ。


 でもそれは、既に貴志にとっては過去の遺産であり、しかもコピーに過ぎない。

 だが、世間は違う。貴志が奏者として退いた以上、貴志のファンは同じ音が聴けたことに歓喜するだろう。


 御神 貴志の指揮で、御神 貴志のジュニアの頃のバイオリンの音が聴けるのだ。

 世界にファンを持つアイツにとって放置していてもチケットは売れる。


 ただそんなものは最初だけだ。そこに気づかないような男じゃないことも俺は知っている。


 あいつの本当の意図を知った時、俺は奴の非情さに背中に冷たいものが流れた。


「高科先生これって、まさか……」


「奴が踏み台にしたのは桜井じゃなくてマイヤーだよ。自分を完璧にコピー出来るロボット(マイヤー)を使って、世界に御神 貴志の音を植え付けた。そしてその観客を引き連れたまま、本命(桜井)と新しい舞台に立つ為にな」


「……グラスノー家を敵に回してでもですか?」


「貴志の今回の公演先に同じ場所は一回もない。初演ならこれでも完売するのは目にみえてるよ。これだけゴシップで書いてくれたらな。そうなれば最早、グラスノー家なんか必要ないさ。世界から引く手あまただ」


「もしかしてそれも狙って?」


「御神 貴志の本当の恐ろしさを天野知っているか? 奴の恐ろしさは、非情でも冷血でもないよ。自分が欲しいと思うものは、どんな手段を使ってでも確実に手に入れることを冷静に分析し実行出来る決断力だよ」


 天野が絶句した。


「最初からアイツの頭の中には、一年後のことしか見てなかったんだよ。桜井と一緒に舞台に立つことを想定してな。その為の地固めだ今の公演は」


 貴志の今回の公演本数の少なさにも違和感は持っていた。


 少ない本数にも拘わらず地続きのヨーロッパに絞るのではなく、わざわざアメリカや中国など遠くまで予定している。


 移動距離が増えればそれだけ経費が掛かるにも拘わらずだ。

 どう見ても本番前の「下調べ」としか思えない行動だ。


 桜井の為に、マイヤー側のグラスノー家の金を堂々と湯水のように使っている男の強かさに俺は笑うしかなかった。


 当然、全公演分全て完売した興行収入は「Mカンパニー」が持って行く契約を結んでいるはず。


 その有り余る資金で、今度は本命(桜井)で新たな「御神音楽」を創るつもりだろう。


「相変わらず無茶苦茶な奴だな……」


 少しだけ、天才少女と巷で今、持て囃されている青い目の少女が可哀想に思えた。

 ただプロの音楽家とはそう言う世界。常に食うか食われるかは隣同士。

 プロに先輩も後輩も関係ない。食われる者が悪いのだ。


 親の七光りや、実家の財力だけで何年も一線で活躍出来る程甘くない。


 彼女が、ものまねではなく自分の音で、もう一度挑戦して来る時が本当の怖さであり、ライバルになる。

 高科はいつかそうなるように青い目の少女に期待した。



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