24.夢の国(1)
──静寂が高揚へと変わる時、それは歓喜の渦が花開き、いずれ興奮へと転化する。
空間が揺れていた──
演者と観客の境界線が無くなり、部屋にいた者全員が共鳴し合い、互いの繋がりを確かなものとした瞬間だった。
鳴り止まない拍手と、喝采に部屋にいた全員が涙した。
「本日は遅くまでありがとうございました。ここにいる未来の女神達と、日々彼らを支えて下さった皆様に感謝します」
御神 貴志が中央でマイクを持ち、観客と、私達全員に頭を下げた。
その瞬間、再び空気が震撼し割れんばかりの拍手となった。
そして静かに幕が下りた。
「用意出来たら裏口で」
去り際に小さな声で囁き先生が去って行った。
◇
高科先生やアカデミーの先輩達に挨拶をし、急ぎ着替えを終え指定場所に走って行く。
『今着きました』
暫く待っていたら、聞き慣れない車のエンジン音と共に、先生の声がする。
「お疲れさん」
ドアを開けて座った瞬間だった。
全く表情変えることなく、先生の手が私の手の上に重なった。
そして、その手は重なるだけで指を絡められることはなかった。
「何処行きたい? 明日」
「何時の飛行機ですか?」
「1日空けるって言ったろ」
「え?」
え? 夜もずっと一緒に?
嘘!
嬉しいけど……
でも、やっぱり先生がいい。
「泊まりは無しな」
……先に言われてしまった。
「ちゃんと卒業してからな」
それって?
「絶対ですよ? 約束ですからね?」
「お前それ普通、逆だろ。俺が振られるかもだしな。その頃になったら」
先生が楽しそうに笑った。
その顔が、ちょっと悔しくて。
いつまでもずっと子供扱いされていることに。
「絶対ありえません! 先生以外絶対無いです! 先生が良いです! 初めては絶対先生が良いです!」
「阿保。その後は浮気する気か?」
「そんなわけないじゃないですか! ずっと先生だけです! 一生先生だけです!」
「はいはい。で、何処行くんだよ?」
行きたいところ。
先生となら何処でも嬉しい。
でも……
一回、行ってみたい所があった。
ずっと羨ましく思っていた場所。
夏休み明けなどに、家族旅行の話を周りから聞かされ、ずっと憧れていた場所。
でも……流石に先生とは。
「ん?」
「ずっと憧れていた場所なんですけど……」
「何処だ?」
言っちゃう? 断られるのは分かっているけれど、まあ言うだけなら?
「……夢の国」
「ねずみのか」
「ねずみって……あ、無理なのは分かってますから。大丈夫です」
流石に先生は無理に決まっているし仕方ない。
「何でも叶えるって言ってしまったしなあ……」
「ぇ?」
「何時に迎えに参りましょうか? 姫様?」
先生が微笑む。
え?
も、もしかして!?
「本当にですか?」
「約束したしな」
「やったー!」
嘘!
夢の国に行ける?
しかも先生と?
待って。
御神 貴志と夢の国に?
神と!?
どうしよう!
一生ないチャンスかも!
あ、でも人混みって先生大丈夫なのかしら?
心配になり先生の顔を見る。
「約束したしな。何とかしましょう」
先生が頭をポンと撫でるように軽くたたく。
「ちょっと待ってろ」
?
寮の近くにある駐車場に車を停め、先生が外に出て何やら電話を?
あ、門限?
今日は夜宴の為、門限は24時まで延長だったはずだけれど?
──ガチャ
「8時に下のバス停に迎えに来るから降りて来い明日」
「え?」
「遅刻するなよ」
「はい?」
え?
結局行けるのよねえ?
「あ? 他にもまだ希望あるのかよ? あるなら先に言えよ? 大抵のことは多分大丈夫だとは思うが……」
「大抵のこととは?」
どう言う意味なんですか?
カチューシャ付けるのも、含まれますか?
オプション料金要りますか?
神が耳カチューシャ……
鼻血出そう……
いや、これはもう眼福通り越して至宝です!
「また、変な妄想してないだろうなあ?」
「……してません?」
「流石に寮の目の前までは無理。ちゃんと門入るまで、見てるから降りろ」
「……はい。今日はありがとうござました」
「おやすみ」
◇
ヤバイ。早く起きすぎたかも。
まだ3時間もある。
この服子供っぽいかなあ?
もっとシックな大人っぽいのが良いかしら?
でも……
またクローゼットの扉を開ける。
ガラリとした中を見渡す。
あるのは制服と部屋着ばかり。
唯一の外出着は、去年バイト先の子と出掛ける際に買った今、着ているこれだけだ。
すっかり忘れていた。
先生と会える! って思う嬉しさで、服のことなんかすっかり忘れていた……
「ちょっと早いけど、出ようかな? 待っている間も楽しいし」
最近待つことに慣れたのかなぁ。先生と海で一緒に撮影した写真を今日何度目か? また見る。
「今日もありがとうございます! 神の笑顔!」
お腹いっぱい先生を吸い込んだので、満たされた気持ちのまま靴を履いた。
◇
「あれ? あの車先生の? 先生もう来てたんだ!!」
坂下に見慣れた白い車の姿を見つけ、驚きと嬉しさでその想いが一気に加速した。
心躍らせ急いで走るが、近づくと何やら揉めているのか? 電話で話している様子ではあるが、先生の顔が明らかに怒っている。
「何かあったのかしら? あんなに怒っている先生は初めてみたかも……」
花音は少し心配になり、近づくのを躊躇っていた。
なぜなら彼女が「神」と崇拝する男の表情が氷のように冷たく、怖く感じたからだった。
◇
──そんな中、狭い車中では珍しく声を荒げる男の姿があった。
『あん? 断れって言ったろ。契約書に書いてあること以外は一切しないって。ジャケット撮影なんか移動時間の使えばいいだろ』
『無茶言わないで下さいよ。二人一緒で撮影したいって』
『知るかよ。後で合成でも何でもすればいいだろ』
『マイヤーさんから何度も事務所の電話に掛かってきて大変なんですから。こっちには何時に戻られるんですか?』
『ブロックすればいい話だろ』
『スポンサーのお孫さんですよ? 出来るわけないじゃないですか』
『餓鬼の恋愛ごっこに付き合う程暇じゃない突っぱねろ。こっちは契約書通りだ。ブロックで構わない。それでも言ってくるなら、正式に弁護士通して申し立てろ。じゃあな」
持っていたスマホを助手席に投げ、明らかにイライラしている様子だった。
「ったく。ただのコピーが。一年か……」
ポツリと独り言を呟きながら、珍しく灰皿に溜まった吸いかけのタバコの山を無言でじっと眺めた後、何かに疲れたかのように額に手をあて、瞼を閉じたまま狭い車中で深い無に落ちていた──




