23.花のワルツ(2)
──ダメだ。ドキドキしてきた。先生の顔を見たら。
「お前、失礼だな。人の顔見てしかめっ面するなよ」
しかめっ面って……
「ひどおおぉおい~~」
「その顔だ。馬鹿」
「馬鹿って言わないで下さいってえぇ」
「楽しいことだけを考えて弾けばいいよ。後は俺に任せなさい」
先生が優しく微笑む。
何それ反則です。そんな優しい瞳で見られたら……
「観客が嫉妬するぐらい甘えて良いぞ。今夜だけな?」
「ええーー今夜だけって。ずるいですぅ」
「先生?」
何となく今、先生が遠くを見ているような?
気のせいかしら?
何処かに消えちゃいそうな感じがして思わず声を掛けた。
「いや何でもない」
?
一瞬見せた、さっきの顔。
何かちょっとだけ気になる顔だった。
ような?
「さて、そろそろ姫、参りますか?」
先生が私に手を差し出した。
嘘……
世界の御神 貴志が、いくら御神グループ所有のホールで開催といえど、学内コンサートに近い公演に、しかも伴奏で……
急遽出演だけでも凄いのに、その神にエスコートしてもらって登場って……
「Shall we dance?」(一緒に踊りませんか?)
王子様が差し出した手に、自分の手を重ねる。
『作品番号71 チャイコフスキー作曲 くるみ割り人形より「花のワルツ」御神音楽学校 桜井 花音 伴奏 御神 貴志』
会場が一瞬ざわついたが、先生が舞台の真ん中までやって来て、軽く観客に向かって会釈をした瞬間に、全員が息を飲むかのように、静まり返った。
これが世界の頂点に立つ男。
全員をたった数秒で引き込んだ。
そして私に軽く会釈をし、ピアノに向かう。
最初のイントロ部分。本来はハープの演奏で始まる夢の世界への幕開け。
バイオリンを構え、私の金平糖の精の踊りが始まる。
先生の心地良い音に誘われるように回り、跳ね、手を広げ踊る。
私はあの日見たクララ姫。
お菓子の国に招待され、金平糖の精達に誘われ中央に出る。
王子様が差し出す手を取り。
その時だった。
なんと先生が、ピアノを弾きながら私に「おいで」と軽くジェスチャーした。
え?
先生の顔は、まさに王子様そのものだった。王子の誘いに、クララは一緒に踊る。
先生がピアノの椅子の端によった。
「座れ」
小さな声で言う先生に少し驚いたが、王子様に誘われるがまま頷く。
「ラスト、テンポ160、2回目オクターブあげるぞ」
一瞬驚いたが、先生のかけた魔法で私は何でも出来る気がした。
──ジャーン
お、終わった……
「口開いてるぞ」
はっ!
は、恥ずかし……
──ワァァァー
「ブラボー」
『ブラボー』
『パチパチパチパチッ』
「お手を姫様」
先生がピアノから立ち上がり、にっこり微笑みながら手を差し出した瞬間。
再び会場が割れんばかりの声援に包まれた。
歓喜に包まれた中で、先生が優しく呟く。
「この瞬間をしっかり胸に刻め」
「はい……」
◇
あれ? 由紀様?
「貴志、もういきなり無茶言わないでよ」
「佐々木は?」
「今、用意してるわよ。あとバイオリン20挺。今館長さんが運ぶ用意してくれてるわ椅子と」
「サンキュ」
「先生?」
「あ、お前急いでこれに着替えて来い。用意出来たら袖に。10分以内な」
「え?!」
「急げ」
は?
先生に衣装ケース? を押し付けられた形で、かわりにバイオリンを回収された。
?
早く行けと言いたそうな圧に負け、控え室に急ぐ。
ラストのバイオリン協奏曲が始まってしまうじゃない!
と、思ったが先生の圧が凄くて……
◇
何とか衣装を着替えてはみたものの。
何ですか?
何の為に?
あ! 協奏曲終わった!
最悪!
あっ時間!
ヤバイ! あと2分!
急いで舞台袖に向かう。
は?
何これ?
「遅いぞ? 花音、おいで」
花音って呼んだ?
今?
思わず周りを確認した。
皆が、何やらスコア? を渡され、ざわついていた。
「先生これは?」
「宴のはじまりだ。お前、金平糖の方頭入ってるよなあ? スコアさらう指示したやつ」
「最初のですか? 一応は?」
「あ、これ頭載せろ」
先生が突然ティアラを差し出す。
はあ?
まさかとは思いますが、由紀様のパープと言い……
その時だった。
『本日は御神音楽学校並びにМアカデミー夏の夜の調べ公演にお越し頂き大変ありがとうございました。今宵皆様にスペシャルプレゼントをご用意致しました。この後、休憩を挟みまして、21時30分より〜〜』
「先生、まさかとは思いますが……」
「頼んだぞソリスト。最初、金平糖からな。その後、由紀のパープ入ってワルツ入る。入り指示俺出すから、しっかり見とけ」
「は? え? いきなりぶつっけ本番で?」
「金平糖入ってるんだろ? 嫌なら高科にファースト譲るか?」
悪魔が愉しそうに笑った。
「やります! やらせて頂きます!」
「はい。お前のスコアな。大丈夫。クララになれたらなら、金平糖も同じさ」
……悪魔だ。
でも、ここで出来ないって答える選択肢は私にはなかった。
学内コンサートのアンコール曲とは言え、10年以上憧れ続けたあの御神 貴志の指揮で演奏出来るのだ。
しかもソリストとして。
私は世界一、幸せな子に今なる。
「高科先生! 天野先生も!」
「このキチガイに何とか言ってくれよ桜井」
「チェレスタの音でやれって。出来る訳ないじゃないですか! もう! だから御神先生嫌いなんです」
無理難題を出されたのは私だけではなかったようで……
由紀様を見る。
ハープ由紀様弾けたんだ!
凄い!
「多分、20年振りぐらいだと思いますよ、学長も。学生時代以来だと」
……悪魔だ。
「観客に最大限楽しい時間を過ごして貰い帰って頂く。我々は音楽家だ」
先生の言葉に、皆のざわついた雰囲気が一瞬にして空気が張りつめ、静かになる。
静寂の中、先生が自身の胸に手を当て、天井を仰ぐ。
「音楽の女神に感謝を」
全員がそれに従った。
「では、宴の開始だ」
指揮台に先生が立ち、全員がスタンバイした瞬間アナウンスが流れた。
『くるみ割り人形より バリエーション 指揮 御神 貴志』
ゆっくり宴の幕が上がった──




