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御神先生の秘蔵っ子  作者: 蒼良美月
第三楽章 乙女の祈り

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21.雨だれ

 新緑の息吹感じさせる匂いが、爽やかな風通り抜け香っていたのが、気づけばショパンと紫陽花のかほりに変わっていた。


 曇天(どんてん)続く中、珍しく今日は青空に黄色い太陽が笑っていた。




「桜井、バイオリン持った? 貴志、何時の飛行機って?」


「大丈夫です~~17時半に空港到着予定とは言ってましたが……直接会場に行くって」


「一応、天野先生にスタンバイはお願いしておくから。大丈夫きっと間に合うから!」


「天野先生もピアノ科の子達の面倒で申し訳ないです……」


 早いもので「夜宴」も今日でついに最終日を迎えていた。

 みんな凄い演奏で驚いた! と言うのが正直な感想だ。

 リハーサルなどで何度か他の人の演奏を耳にする機会はあったが、本番は練習と違って、あまりに出来映えの良さに圧倒された。


 よく「舞台には魔物が棲んでいる」と言われるが、その魔物が女神になってくれるように私は祈った。


「大丈夫。もしもの時は最悪俺が伴奏者務めるから、だから今は自分のことだけに集中してね?」


 高科先生……

 お父さんがいたら? こんな感じなんだろうか? お母さんがいたら?


 三歳の時に母が亡くなった。でも私には母と一緒に過ごした記憶が殆どない。

 病院へ祖母に連れて行かれても、看護師さんと外で遊んでいた記憶しか……


 そしてある日突然、祖母と住んでいた家に黒い服を着た人達がたくさん来た。

 みんな私を見て、泣きながらお菓子を沢山くれた。


「可哀相にねぇ」

「どうするんだろうね可哀相」


 その時、聞こえた「可哀相」って言葉の意味は、当時の私には理解出来なかったが「可哀相」が「楽しい」ことをさす言葉ではない。と言うことだけは分かっていた。


 今の私は「可哀相な子」ではなく「世界一幸せな子」になったと思っている。


 神によって、こんなにも素晴らしい音楽を奏でる機会を与えて頂き、そしてこんなにも素晴らしい仲間に出会えた。


「先生。見ててくださいね」


 曲に合わせて今日は花のピアスを用意したが、先生に貰った金のピアスに手を添えた。

 片側だけ二個目の穴をあの後、開けた。


 舞台に立つ際の私の大事なお守り。



「桜井さん、先に髪だけやって良い? 会場だとバタバタするから。化粧はどうする?」


「すいません、ご迷惑をお掛けします」


「あ、恭子さんメークは私達が手伝いますよ? 15時から桜井さんもメーク室に来てくれたら?」

「それが良いわね。その時に一応、髪も乱れていたら直して頂戴」

「分かりましたリーダー」


「す、すいません……何から何まで」


「いえいえ。御神学園の音を観客の皆様一人でも多くの方に聴いて貰って、感動して貰う為ですから」


「そうそう。それによって私達の就職先も影響するんで。だからしっかり宣伝して下さいよ? 演奏者の方々は」


 凄い……みんな。

 選ばれなかった人の方が多い今回の「夜宴」それでも腐ることなく、こうして奏者を全力でサポート出来る姿勢。


 きっと気持ちは悔しいに決まっている。

 自分だって舞台に立ちたいはずなのに……


 それでも「夜宴」が成功すること、いや「御神音楽学校、Mアカデミー」の生徒としての誇りだろう。

 音楽を愛する者としての矜持を感じられた。


 私が椅子に座って髪を結って貰い、化粧をしてもらい「暑くない? 喉渇いていない?」と気遣いの言葉を掛けてもらっている間、その直ぐ向こうでガムテープを腕に通し、ドライバーやハサミなどの工具を持ち、譜面台を両手に抱えて忙しそうに走り回っている人達を見つめる。


 彼女らが流した涙を背負って、私は今日舞台に立つ。

 学校の代表として。


 その涙を決して汚すことは出来ない。


 サポートを申し出てくれた人達の顔に、邪心や醜い顔は一切なく、「今日の成功」を一緒に願う「仲間」の顔だった。


 次は自分が、あの舞台へ


 そんな声が今にも聞こえて来そうな場所だった。


 そう言えば? 天野先生のクラスで色々と()()()私に教えてくれた、あの子達って?

「夜宴」のピアノ科の一日目にも二日目にも、姿は無かったような?

 まぁいいか。



「桜井、昼ご飯持った?」


「あ!」


 朝忙しくて、おにぎり用意するの忘れてた!!

 どうしよう! あ、昨日の昼食のパンが半分残ってた!

 昨日、呼び出しあって食べられなかったのが残ってて良かったーー



「行きにコンビニ寄ってあげるよ。時間まだ十分あるしね」


「ええ? 高いし……昨日の昼の残りのパンで良いですよ」


「はあ? 桜井? まさかとは思うけれど昼ご飯とか、いつもパンだけとかじゃないよねえ?」


 しかも今の時期に前日の残りは、大丈夫なのか? 今日が大事な日って分かってるよねえ?

 この子たまに感覚がおかしい時あるんだよな……


「あ、おにぎり持って行く日もありますよ? 朝ランニングで時間無いときは途中でパン買って帰ることはありますが、節約のためにちゃんとおにぎり持って行ってますよ?」


 ちょっと待て? どういう意味だそれ? 節約の為??


 貴志が普段必要な経費、生活費も含めて全て面倒見ているはずだが? アイツのことだ、そんなに倹約しないといけないような金額を提示してはいないはずだが?


 それとも一ヶ月で援助切られたのか? それはないよなあ? 正式入学決まったわけだし。


 ?

 どうなっているんだ?

 金のことだから、今まで桜井に詳しくは聞いてなかったが……

 ここは大事なことだから聞くべきだよなぁ……



「い、いや。そうじゃなくて。桜井ってさぁ。ちょっと聞いて良いか?」

「え? 何ですか? 真面目な顔して高科先生?」


「今ってまだ貴志から、その……生活費と言うか資金援助は受けているって理解であってる?」


「あ、はい。凄く申し訳ないとは思っていますが。先生が音楽を勉強するのに金のことを考えるなって言って……先日は「くるみ割り人形」のバレエ公演も鑑賞してきました。凄く感動しました!」


「だよねえ? 昼ご飯代倹約しないといけないぐらいギリギリなのか? ごめん立ち入ったこと聞いて、もし足りてないなら俺から貴志に言ってあげるよ? それか多少なら俺も食事代程度なら援助出来るし?」


「ぇ? 足りないとか! 全然大丈夫です! でも、あれって先生が「音楽」を勉強する為に私に用意して下さっているものだと思って……普段の食費に回すのは申し訳なくて……少ないですが以前していたバイト代もまだ残っていましたし」


 高科は目眩がしそうになった。

 どうせアイツのことだ。ちゃんと説明していなかったに違いない。


「ごめん。ちょっと立ち入ったこと聞いていい?」


「はい? 良いですけど?」


「月いくらぐらい貴志から援助して貰っているの?」


 学費、寮費は全て特待生だから必要ない。楽譜代や研究費は高いが、比較的そこも貴志の昔の楽譜でまかなえている。彼女の衣装は貴志が全て用意しているし、そんなに切り詰めなくても大丈夫な金額だとは思うが……


「いくらと言うか、口座に一定金額が入っていまして、それを使って減ったら勝手に? また戻ってますねぇ使った分だけ。仕組みはちょっと分からないんですけど。一応月に100万までにしてあるとは。でも足りないなら言ってこいって」


 高科は倒れそうになった。


 は? 100万まで使い放題ってことか? 減ったら自動チャージ?? 

 金持ちのやることは分からん……


 それだけあるにも拘わらず、師が言った「音楽のために使いなさい」をその文面通りにしか使ってなかった少女に対し、何とも言えない気持ちになった。


「あのね。桜井さん……まぁいいや」


 俺から説明するんじゃなく奴にちゃんと言わすべきと考え、俺は奴に連絡した。





 ──ブブブッ



 メール?


『神様』


 あ! 先生だ!


『お前は阿呆か? 好きな服買ったり化粧品買ったり、お洒落したりと楽しみなさい。ちゃんと食事して体力つけなさい。金は残すことを考る必要はない。じゃあな後で』



「貴志?」

「化粧品とか服も買って良いって……」

「元々そうだったと思うよ……」


「え?」


 月100全額溶かしたところで、貴志の数分のギャラにも及ばないだろうに。


「取り敢えず今日はコンビニな。明日からは学食か弁当買うとか、ちゃんと三食とらないと駄目だよ?」


「はい……」


 ケーキもたまには食べて良いのかぁ!


 やったーー!


「さて、そろそろ出るよ? 忘れ物ない?」


「は~~い」


 お母さんいつもありがとうございます。




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