第189話 アリアVSハイド 神獣と不死なる者の戦い
2体の天使による挟撃が当たり、大きな爆発を起こして煙が舞い上がった。
「GUGIGAGA。GUGAAAA!」
「GUGO。GUGGOGUGGО!」
彼らは確かな手応えを感じており、喜びに打ち震えるようにはしゃぎだす。そんな彼らを絶望に落とすかのように、煙の中から白い布が飛び出し、彼らの脳内を突き刺した。
「たく。パチモンの劣化技ばかり使いやがって。ヴァルキュリア家はいつから、パクるのが得意なコソ泥になったのやら」
煙が晴れると、カイツが無傷で立っていた。彼の周りには白い布で網目のように編まれたバリアがあり、それが天使たちの攻撃を防いでいたのだ。
「GUGI……GAAAA!」
「GUGOGAAA!」
2体の天使は痛みに耐えながら、怒りに任せて攻撃しようとするが。
「遅い。剣舞・絶龍怨嗟!」
彼が指を鳴らすと、天使たちの体が風船のように膨れ上がり、割れるように弾け飛んだ。
「まさかニーアの技を真似てくるとはな。次は」
彼が敵の来た方を見ると、そこからはさらに、4体の黒い天使が向かってきていた。
「今度は4体。しかもこの感じ。明らかにニーアやクロノスに似た魔力も混じってるし、見たことのない武器を持ってる奴もいる。自身を倒した敵の情報を仲間に送り、強化する仕様といったところか。面倒だな。とっとと終わらせてカーリーの所へ行くとするか」
アリアと青髪の少女、ハイドとの戦いは一見、一方的な展開となっていた。ハイドが蘇る度にその首を刈り取られ、腹を切り裂かれ、蘇る度に様々な方法で殺されていった。しかし殺してるアリアは険しい顔をしており、殺されているハイドは余裕の笑みを浮かべていた。
「無駄。無駄無駄無駄。無駄無駄あああははははは。そんなんじゃ、私は一生倒せないよ」
「魔力も使わず、1秒未満の時間で完全復活。本当に厄介だな」
「私が殺したいのはカイツとお前ええええ! そうすれば幸せになれる!」
「私はともかく、やたらカイツに殺意高いじゃん。なんか恨みでもあるの?」
「恨み? ありまくりありまくりいいいい! あいつやあんたのせいで、私たちの人生がどん底なんだからああ!」
ハイドは怒り狂ったように金棒を振るいまくるが、その攻撃は掠りもしなかった。
「私はさ。これでも幸せな人生送ってたんだよ。カーリーはお金を沢山くれるし、ジキルと幸せにイチャイチャ出来てた。でもカイツ。カイツが、カイツがカイツがいたせいで、私たちはしんどい思いばかりしてたんだよ!」
「知らないよそんなの」
アリアはすれちがいざまに腕を斬り落とすが、その表情は芳しくなかった。
「ちっ。ミスった」
「あはははは! 無駄だってだってだっての!」
彼女は自身の首を切り裂いて自分から死んだ。その直後に完全復活して金棒で攻撃してくる。その攻撃を避けられてしまうが、たいして問題にしていなかった。
「私とハイドはさささ。楽にラブラブ出来てたんだよ。軽い実験に協力するだけで大金貰い放題。でもカイツ。カイツカイツのせいで全部狂ったあああ! おまけに、お前はジキルを殺した最悪あくあくあくの滞在人!」
彼女は炎を纏わせた金棒を振り回して辺り一帯に火をまき散らしていく。
「あれが異常な事したせいで、私たちへの実験は酷いことになった。暗い暗い部屋で人体実験の連続。しまいにはあんたに殺された。なんでなんでなんでそんな辛い目に。私たちは何も悪いことことしてないのに。あいつのせいで、私たちの生活は地獄になったんだよおおお!」
彼女の怒りを現すかのように、真っ黒な炎が背中から噴き出し、翼のような形をとる。
「どうしてして……どうしてこんな生活を強いられて強いられてるんだよ。私たちはずっと不幸な目に合ってるのにいいい! あんたらのせいでカーリーは狂った。なんで酷いことばかりばかりするんだあああ!」
炎が龍の形をして襲い掛かり、攻撃をしてくる。
ハイド。彼女はとある貴族の娘だった。本名はエリー。巨大な領地を持つ庶民からすれば、金に不自由のない優雅な生活。しかし、彼女にとっては幸せの存在しない最悪の生活だった。
金はあるが自由のない生活。その金さえも、自分が動かせる金額は庶民と変わらない。それどころか小さいこともある。礼儀作法、貴族の勉強、学ぶことだらけで遊ぶ暇など微塵もない。彼女にとっては奴隷のような生活に等しかった。そんな暗い生活に差し込んだ光がジキルだった。
ジキル。本名はライド。彼も同じ貴族であり、周囲の中で唯一、自分との悩みや苦しみを共有できる大切な人だった。ほんのわずかな自由時間、彼と共に見る星空が彼女にとっての幸せだった。
『エリー。俺はいつか、お前と一緒にここを抜け出して幸せに暮らしたい。そのための資金も用意してるんだ。だから!』
『うん。待ってるね。あなたと一緒に暮らせる未来。楽しみだな~』
『そうだ。もしここを出たら、一緒に海に行こう。あの青い海で一緒にはしゃいで泳いで、釣りをして。めいいっぱい楽しむんだ!』
『それ良いね! 本とかであの青い海を泳いだりするのを見たことあるけど、どんな感じなんだろうね』
『塩辛くて体がべたべたするという噂も聞いたことあるな。いろいろな生物が住んでいるという情報もあるし、一体どんな世界なのやら』
『ふふふ。行くのが楽しみだね~』
しかし、その幸せな生活は長く続かなかった。親の思惑によって決まった政略結婚。相手は好きでもない醜悪な見た目の豚のような姿の醜く、女癖の悪い男。
『嫌だ。私、あんな人と結婚したくない!』
『我儘を言うな! これはお前のためになるんだ!』
『そうよ。あの人は女癖は悪いけど、強い権力を持ってる。結婚すればきっと幸せになれる』
『嫌だよ。私はあの人と結婚したい』
『お前が一緒にいる男か。あいつと結婚したところで大した利益などない。あの男のことは捨てろ』
どれだけ反抗したところで、子は親に逆らうことなど出来ない。結婚の手続きはあっという間に進められてしまった。
真っ白なウェディングドレスに身を包み、タキシードを着たでっぷり男の隣に立つ。彼女の目には光はなく、真っ暗な闇に染まっていた。
『その結婚、ちょっと待ったあああああ!』
しかし、それを破壊する男が現れた。
『ライド!』
『だ、誰だお前は! これは僕ちんとエリーちゅあんの神聖な結婚式だぞ。そんな結婚式に』
『黙れ! これは神聖でもなんでもない醜悪なクソ結婚式だ。こんな所にエリーを置いておくなど出来ない!』
彼は抑えつけようとする貴族たちを押しのけ、彼はエリーの手を掴む。
『行こう。エリー! 俺がお前を幸せにする!』
『うん!』
彼女たちはその場から飛び出し、追いかける貴族たちから逃げていった。金、身分、地位、権力、全てを失った逃避行だったが、2人に後悔は無かった。それこそが2人の幸せだったのだから。
その後は金も家もなく、廃小屋を転々とする貧乏な生活を続けていた。
『すまないエリー。今日はこれだけしか稼げなかった』
『大丈夫だよ。私、そこまでお腹すいてないし』
『本当にごめんな。幸せにするとか言っておきながら、こんな貧相な生活ばかり』
『謝らないでよ。お金はないけど、私はこの生活が幸せだよ。ライドと一緒に暮らす生活。これだけですごく満たされてるんだから』
2人の生活は順風満帆とは言えなかったが、それでも確かな幸せがあった。そして、ひょんなことから彼女たちはカーリーと出会い、仕事を貰った。とある薬品を打ち、データを取っただけで終わる簡単な実験。副作用もたいしてなく、給料も莫大。金に困っていた2人にとっては天国とも思えるほどの仕事だった。
『ふう。ようやく安定してきたな』
『ここまでお金貰えるなんて。ちょっと怖いくらいだね』
『だが、おかげで生活も安定してきた。もう少し稼げたら家を買おう。2人のマイホームだ。ベッドはダブルが良いなあ。食料棚も欲しい』
『私は図書館みたいな部屋が欲しい! たくさんの本に囲まれるのって憧れなんだよね~』
しかし、カイツやネメシスが見せた実験結果。それがカーリーの研究欲を刺激し、2人はそれに巻き込まれて非道な人体実験をされることになった。様々な薬を打ち込まれ、来る日も来る日も激痛に苦しむ最悪な毎日。自由に過ごす時間どころか、家に帰ってゆったり寝る時間すらなかった。
『嫌だ。嫌だよ。どうしてこんなことに。私たちが何をしたのさ』
『ほんと許せないよな。カイツ、ネメシス。あいつらのせいで、俺たちの人生がめちゃくちゃになった』
『ライド。私、カイツを許せない。そいつをぶっ殺したい。そうすれば』
『ああ。カーリーもカイツの弱さに失望して諦めるかもしれない。カイツを殺す。それが俺達の目標だ!』
2人はカイツへの復讐を心に誓った。全ては自分たちが幸せな道を歩むために。
そして、2人はその復讐心と熾天使の適性のおかげで2人で六神王の1人と呼ばれるまで成り上がった。しかし、戦いの最中でライドことジキルは死亡し、自分はウリエルという化け物に体を改造された。もはや彼女に残されてるのは、こんな境遇となった原因であるカイツを殺すことだけだった。
アリアもその過去は理解している。自身の魔術によってハイドの過去を見ているからだ。しかし。
「どうでもいいんだよね。あんたの過去なんざ」
彼女は黒い炎の龍を躱し、その首をへし折った。しかし、その攻撃がたいして意味を為してないことは理解している。
「すばしっこいねえええええ。なら、拡散型カウンターバーストおおおお!」
ハイドの両手から真っ赤な巨大ビームが放たれる。それが無数に分裂し、四方八方からアリアのもとに襲いかかった。直撃こそ避けたものの、攻撃の余波だけで肌が少しだけ焼けてしまった。
「ちっ。あの時もそうだったけど、不死身って本当にめんどくさいね」
「お前じゃ私に勝つことは不可能。さっさとリタリタリタ、リタイアしてほしいね。ぶっこぶっこ殺さないといけないからさあ!」
「私はお前にリタイアしてほしいよ!」
アリアは一瞬で距離を詰めて攻撃するが、ハイドはそれを見越してたかのように跳んだ。攻撃を完全に避けきれずに足を斬り落とされてしまうが、彼女はそれでも笑みを浮かべていた。
「あは。あはあは。あははははは! やったやったやったたた。お前の攻撃をようやく見切れた。もうお前に勝つ勝つ手段はない!」
「それは、これを見てから言いなよ。獣王剣・天!」
腕を交差させて振り、巨大なバツ型の斬撃を繰り出す。しかし、ハイドはその攻撃の直撃を躱し、腕が切り裂かれる程度で済ませた。
「これもダメか」
「あははあははあははあああ! あんたの攻撃、ようやく見切れるようになってきたよ。あと10回くらい受ければ、完璧に見切れる」
彼女はアリアの攻撃を徐々に躱していき、金棒を振り回していく。
「はあ……本当にめんどくさい」
「それが不死身の特権だからね。収束型カウンターバーストおおおお!」
両手かを重ね合わせ、巨大な赤いビームを放つ。間一髪でそれを躱すも、追撃するように攻撃を仕掛けてくるが、その攻撃は腕で受け止められる。
「やるじゃん」
「お前は弱いけどね」
アリアはハイドの腹を蹴り飛ばして風穴を開ける。
「やらかした」
「ぐぐふふ。蹴りで穴開けるとはね。でもでもでーも!」
彼女は貫いた足を掴み、体が光り輝いていく。
「これは」
「死ねえええええ!」
そこから小さなクレーターが出来上がるほどの大爆発を起こした。煙が舞い上がる中、アリアがその中から飛び出して遠く離れた場所に着地する。その体は多少の土埃が付いている程度で、ダメージは全くなかった。
「はあ。魔術関係なく、世界の摂理によって守られた存在。過去をいくら破壊しても無意味。となると打つべき手は」
「あるわけないよね!」
ハイドの背後からの攻撃を躱し、その腕を引きちぎった。
「ふむ。なるほどね」
「効かないっていってんでしょ。発散型カウンターバーストおおおおお!」
赤い衝撃波が爆弾のように無差別に放たれて襲い掛かる。アリアは間一髪のところで躱し、距離を離した。そのため、衝撃波に巻き込まれたのはハイドだけであり、その肉体の半分が消し飛んだ。しかし、そのダメージは即座に再生して復活する。
「早い早いね。流石はフェンリル族。でも目が慣れてきた。次は逃がさないよ。さっさとあんたを殺して首をとって、向こうのカイツカイツカイツを殺さないと。そうそうすれば、ジキルは微笑んでくれる」
「あんた程度じゃカイツに勝てないし、そもそも私が殺すから」
「あはははあははは! あんたああんたじゃ私は殺せない。ウリエルのせいで化け物になった私私はねええええ!」
ハイドの背中から黒い炎が噴き出し、それが何十体もの龍の形を作っていく。
「人格破綻者にこれ以上付き合ってられないし、これで終わらせる!」
「ほざほざほざけ。ジキルを殺した大罪人のカスがああああああ!」
龍が一斉に炎を吐き出して襲い掛かるが、アリアはその場から一瞬で消えた。
「!? どこに。どこどこどこここだ。大罪人!」
「遅すぎるんだよ。お前は」
彼女は一瞬でハイドの後ろに回り込んでおり、全身に6発の打撃を与える。
「があ!? これは」
彼女は全身に激痛を感じ、それによって炎が制御できずに消えてしまった。
「ぐが……あり、ありありアリア……この程度で……私は」
彼女は必死に体を動かそうとするも、指1本も動かすことが出来なかった。それどころか、まるで自分が植物になったかのように、体に触れる地面や風の感触を感じられなかった。
「なに……を」
「あんたの背後に回り込み、四肢の骨と背骨を砕いた。もうあんたは1歩も動くことが出来ない」
「ざけるな……この程度で……私は」
彼女が舌を噛み切って死のうとするも、その前に顎を蹴られて骨を砕かれて舌を噛み切れなかった。
「あが……ががが……わらひわらひ……ジキルのために」
「無駄に生命力が高いと、死ぬこともできないから大変だよね」
「ざげるな……ざげるなああああ!」
彼女の背中から黒い炎が噴き出すも、それらはすぐに消失してしまった。
「!? あんで……あんであんで」
「あんたが消滅しないギリギリまで過去を破壊した。存在が不安定になったその状態じゃ、もう何もできない」
「ぎあ……ぎあまぎあまぎあま……ぎあまあああああ」
「これで、あんたは何も出来なくなった。無様に地面を這いつくばってろ。さて。後はカイツの救援に」
彼女がカイツの元へと行こうとした瞬間、何かを感知したかのようにその足を止めた。
「この気配は」
「できれば見届けたいと思ってたけど、やっぱりこういうのは見てられないね」
膨大な魔力と共に、彼女の背後に貝殻水着の青髪の女性が現れた。
「お前は……ガブリエル!」
「ウリエルも醜いことをする。こういうことをするからあいつは嫌いなんだ。人間の美しさというものを何1つ理解していない」
彼女は労わるように力尽きたハイドを撫でる。
「だえ……だえだえ……だえ」
「可哀想に。ウリエルのせいでこんな醜い姿にさせられたんだね。もう苦しまなくていい。君に、ほんの少しの幸せをささげよう」
彼女の手のひらから青い光が放たれ、それがハイドを包み込む。その光は傷ついた体を癒し、噴き出していた黒い炎が消えていく。それだけでなく、ウリエルによって施された改造が消え、アリアによって破壊された過去が修復されていったのだ。
「お前。一体何を!」
「黙っていてくれ。すぐに終わる」
その言葉通り、青い光は10秒も経たない内に消えた。体は完全に元通りとなり、ウリエルの改造で得た力も、熾天使の力も完全に消失していた。
「これは……どうして……あの嫌な感覚も消えている」
「君にこの場所は似合わない。もっと安息に暮らせる場所へ」
ハイドの頭上に青い魔方陣が展開し、彼女は光に包まれる。光は空高く飛び上がり、どこかに行ってしまった。
「お前。ヴァルキュリア家の味方になったの?」
「そんなつもりはない。だが、人間の尊厳を壊された彼女を見るのが悲しくてね。つい介入してしまった。さて」
ガブリエルが指を鳴らすと、地面から水の壁が現れ、それがアリアとガブリエルの2人をドーム状に包み込んでいく。
「君がいては、試練がイージーモードになってしまうからね。悪いけど、ここで足止めさせてもらおう。人間たちの美しき活躍を見るためにもね」
「ちっ。わけわかんないことばかり言ってるね。そっちが足止めのつもりなら、こっちは殺す気でやってやるよ!」