第51話
荷台のイオアンは、頭蓋骨に響くような、巨大な石が擦れあうゴリゴリという音に恐怖を感じた。荷車は暗い通路を進んだ。
包帯を巻かれているイオアンにも広い空間だと分かった。まわりから大勢の声が聞こえ、それが高い天井に反響しているからだ。同時に磯のようなツンとする匂いが鼻孔をくすぐり、一瞬ここは海辺なのかと混乱した。
荷車が止まった。
まわりで盗賊たちが馬から下りる音。
しばらくすると女の声が聞こえ、誰かが荷台に上がり、イオアンたちの縄を解いていった。順番に三人とも荷台から降ろされ、包帯を剥ぎ取られた。背中で縛られた手も自由になり、イオアンは周囲の光景に目を瞠った。
石造りの神殿のような空間だった。
あちこちで篝火が燃えているが、高すぎる天井は暗くてよく見えない。すぐに目についたのは、正面奥の巨大な蛸の石像だった。
蛸の頭は高さが十メートルはあり、そこから八本の曲がりくねった脚が床に広がっている。おそらく最初は赤く塗られていたのだろうが、長い年月のせいか、湿気のせいなのか、褪せたピンクに退色していた。
目隠しをされていたので断言はできないが、この神殿が地下にあることを、イオアンは直感的に感じた。
まわりでは、驚いているイオアンたちをよそに、男女の盗賊たちが帰還を喜んで肩を叩き合い、親しげに挨拶を交わしている。わざわざここまで自分たちを運んできたのに、関心を示さないのを訝しんでいると、
「寒くはありませんか」
と十六歳ぐらいの娘に声をかけられた。
くすんだ金髪を三つ編みにしたハシバミ色の瞳の娘だった。人の良さそうな顔にはそばかすが浮かんでいる。
「ずいぶん濡れていますね。あちらで温まっては?」
娘が顔を向けた先では焚火が燃え、盗賊たちが火にあたっていた。
予想外の好意にイオアンたちは顔を見合わせたが、そちらに近づいていった。
「シトルウィン! ニゲル! 親父さんが呼んでるぞ!」
という声にイオアンが振り返ると、盗賊を指揮していた若い女と闇エルフが、奥の小部屋に入っていくのが見えた――親父とは誰のことだ?
焚火に近づくと、イオアンを見た盗賊たちは面白がるような表情をしたが、何も言わずに場所を空けてくれた。
冷えた体に焚火はありがたい。
三人が背中を向けて、濡れた服を乾かしていると、
「良かったら、どうぞ……」
と先程の娘が乾いた服を持ってきた。
カルハースなどは恐縮して、
「いやいや、お嬢さんお構いなく。我々はこの格好でなくてはな」
と頭を下げている。
なおも娘は服を差し出そうとしたが、
「フィオナ!」
と呼びかける子供の声に振り向き、そちらのほうへ駆けていった。
焚火のまわりの男女も乾いた服に着替えている。ほとんど茶色や緑といった自然な風合いで、その肌には植物や動物をモチーフにした刺青が施されていた。
エルがイオアンの脇腹をつつき、
「こいつら、みんな森エルフじゃない?」
と小声で囁いた。
イオアンは頷き、周囲を見回した。
「だが、この神殿はダゴン教徒が建てたものだろう。どういう関係だ?」
神殿の壁面には渦巻や波を表す文様が刻まれ、気味の悪い魚の頭をした彫像も立っている。だが自然に生きる森エルフたちは、月の女神や森の神といった神々や、ニンフたちを敬っていたのではなかったのか?
ひそひそと話しているとフィオナがやってきて、今度は暖かいシチューを三人に手渡した。彼女は忙しいのか、またどこかへ走っていってしまう。イオアンたちは切り株のような椅子に座り、まわりを眺めながらシチューをすすった。
子供がヤギやヒツジの世話をしている。男たちは武器の手入れをし、鍛冶屋のドワーフの男は蹄鉄を打っている。他にはヒトやオークもいる。全員がエルフというわけでもないらしい。果実を選別している老婆、乳飲み子をあやす母親たち――。
これでは隠れ家というより、ひとつの村じゃないか。
ますます〈暁の盗賊団〉が分からなくなる。
この風景はあまりに牧歌的で、牢獄塔から脱獄させる計画にはそぐわない。だが、彼らが〈鼬〉の命を奪ったのだ。なぜ、あんな惨い殺し方をしたのか――。
鐘の音が鳴り、盗賊たちが神殿の奥へ目を向けた。
小部屋の入口から三人が現れた。シトルウィンという森エルフの女、ニゲルという闇エルフの男、そして三人目は骨董商のドワーフの老人だった。




