第49話
どれほどの時間が経ったのか――。
イオアンは誰かに肩をぶつけられて目を覚ました。起き上がろうとしたが、手足が何かに固定され動かせない。視界も包帯で遮られたままで、〈暁の盗賊団〉に捕まり、荷車で運ばれたのを思い出す。
「イオアン君、聞こえるか?」
カルハースの囁き声が左から聞こえた。
「我々は荷車に乗せられたまま、森の中にいるようだ」
確かに首を左右に振ると、真上だけが明るい。つまり荷台に仰向けになってくくりつけられているということか。イオアンも小声で応えた。
「エルは?」
「こっちだよ」と右からエルの声。
「盗賊たちは?」
カルハースが答えた。
「どこかにいなくなった。馬の声は聞こえたから、そのへんにいるはずだ」
「ここはどこなんだ?」
「分からん。背骨山脈の山中かもしれない。ここが隠れ家かもしれんな。我々が気づいたときには森の中だった。連中が戻ってくる前に状況確認と、これから我々がどうすべきかの方針を相談したい」
「それよりニナはどこだ?」
「そもそもエルと私は気を失っていて、イグマスからどう連れ去られたのかも分からないんだ。君が知っている情報を教えてくれ」
イオアンは、別荘の廃墟で武装したエルフの男女に囲まれたこと、ニナが連れ去られたこと、ファッシノ河を渡り、イグマスの東岸に運ばれたことを話した。アルケタの声が聞こえたのは伏せた。聞き間違いかもしれないし、自分だけが助かろうとしたようで恥ずかしかった。
「全員がエルフなのか」
とカルハースは意外そうだった。
「まったく正体が掴めん。これ以上関わると取り返しのつかないことになるだろう。潔く連中に謝罪して、解放されることだけを考えるべきだ」
「しかし、お前も〈暁の盗賊団〉のことを知りたいと言ってたじゃないか」
「考えが甘かった。まさか、あんな若造に負けるとは。君とニナを守れなかったのは、我ながら非常に不甲斐ない……」
「そんなことより、どう連中と交渉するかだ」
「駄目だ、危険すぎる。おそらくあの闇エルフは目つきからして、暗殺教団の一員だろう。そんな男が関わっているんだ。生き延びることが優先だ」
「首領らしい若い女は、話が通じる感じだったぞ」
「その娘が首領だと決まった訳でもあるまい。だいたい、我々はダマリを救うためにここにいるんだ。もう明日にはパレードなんだぞ。こんなところで盗賊たちの相手をしている時間はないんだ」
「ニナはどうするんだよ」
とエルが口にすると、カルハースが提案した。
「彼女のことは忘れよう。ダマリを助け出してからだ」
「馬鹿な! ダマリよりニナのほうが先だ!」
「イオアン君、静かにしたまえ! 物乞いの少女より自分の身を心配しろ」
とカルハースが忠告した。
「分かっている……」
ニナから聞いた〈鼬〉の殺され方を思い出す。
「……私だって死にたくないさ」
「そうじゃない!」
とカルハースが低い声で諭した。
「我々と君は違う。イオアン君はセウ家の嫡男なんだ。総督府に喧嘩を売っている盗賊たちにとっては、とてつもない贈り物になるだろうよ」
「人質ということか……」
「身代金ってこと?」とエル。
「それだけで済めばいいが……総督府の内情を知っているイオアン君は、厳しい尋問を受けるかもしれん」
〈暁の盗賊団〉からの尋問など、とても耐えられそうにないと感じたイオアンは、喉元まで心臓がせり上がるのを感じた。
「イオアン様は無理だよ。発作を起こして死んじゃうよ」
とエルが心配した。
「イオアン君の問題は他にもあるんだ」
とカルハースが続けた。
「すぐに解放されなければ、彼の不在でセウ家は大騒ぎになるだろう。総督府の密偵たちが動きだし、我々との関係がばれれば、脱獄計画に加わっていることまで明るみになるかもしれん。そうなったら……」
「……私はおしまいだ」
と喘ぐようにイオアンが口にした。
「図書館長を罷免されるどころじゃない。父は私を廃嫡にし、セウ家から追い出すだろう。私はあてもなく帝国を彷徨うことになるんだ……」
「我々〈首なし騎士団〉の仲間になればいい。君なら喜んで迎え入れる」
とカルハースが提案すれば、
「イオアン様、ごめんよ」
とエルのほうは泣きだす。
「ぜんぶ俺が悪いんだ。ちゃんと首飾りを返してれば、こんなことに……」
「エル、お前が悪いんじゃない」
とイオアンが慰めた。
「それとこれとは関係ないことだ。だが、ニナを巻き込んでしまったことは、私の最大の失敗だ……」
カルハースが警告した。「戻ってきたようだぞ」
落ち葉を踏みしめる足音が近づいてきた。誰かが荷台に上がり、イオアンを固定していた縄を解いた。荷台から降ろされ、右腕を掴まれたイオアンは、足を踏ん張り、踏みとどまった。
「どこへ連れていくつもりだ!」
「すぐそこだよ」と男が答えた。
「カルハースとエルは?」
「用があるのは、あんただけだ。いいからこっちへ来い」
「ひとりだけなんて嫌だ!」
左腕も掴まれたイオアンは、両脇の男たちに引きずられるようにして、森の奥へと連れていかれた。




