第43話
「エル!!」
飛び出そうとしたニナを、イオアンが捕まえた。倒れているエルは気絶しているだけなのか? それとも――。
カルハースが低い声で命じた。
「……あいつは常習者のようだ、ニナを頼む」
男の目全体が青みがかっていた。闇エルフには「薬」の力で超人的な能力をもつ者がいるらしい。だが実際にイオアンが見たのは初めてだった。
ぎらつく太陽の下で、二人の男が対峙した。
どちらとも黒ずくめだが、カルハースの馬革の上下は鈍く光を反射し、闇エルフのは光を吸収する。
「君は〈暁の盗賊団〉の人間かね」
感情の読めない、平坦な声でカルハースが質問した。
「だとしたら?」
「話がある」
「興味がないと言ったら?」
「君はリーダーじゃないだろう。話を通してくれ」
「会わせるかどうかを決めるのが俺の仕事でね」
「どうしたら会わせてもらえる?」
「〈首なし騎士団〉のカルハースさんよ、こそこそと俺たちのことを嗅ぎまわってたようじゃないか」
男が薄ら笑いを浮かべた。
「その剣で俺を倒せたらいいぜ」
「いい案だとは思えないな。君を倒してしまったら、リーダーに会えなくなってしまうじゃないか。二人で遊ぶのは後にしないかね?」
「心配無用。あの娘はちゃんと見てるから」
問いかけるように、カルハースがちらりと後ろを向いた。
許可を与えるべきなのかイオアンは迷った。闇エルフは話が通じるような男ではなさそうだ。エルは倒れ、ニナも守らなくてはならない。この状況ではカルハースに頼るしかないように思える。イオアンは小さく頷いた。
カルハースが前を向いた。「君の武器は?」
「あんたが相手じゃ不要だろう」
「君は薬のやり過ぎだろう。自分は無敵だとでも思っているのかね」
「相手が老人かどうかぐらい区別はつくさ」
「やはり薬のやり過ぎのようだ」
「あんたは転ばないよう、足元にでも気をつけてな」
カルハースが腰から剣を抜き、構えた。右手に湾曲した舶刀、左手に短剣。闇エルフは両手をだらりと広げ、軽く膝を曲げている。
二人のあいだを、小さな茶色いトカゲが横切っていった。
カルハースが牽制するように剣を突き出した。
闇エルフは難なく避けた。
離れて見ているイオアンの額から汗が流れ落ちる。
カルハースが着ているのは薄い革鎧のような服だ。大きなマントも羽織っているから、この暑さでは不利なように思える。対して闇エルフの服は防御力が皆無だが、動きやすそうだった。
カルハースが剣を振り払い、それを闇エルフが軽やかに躱す攻防が続く。男には挑発する余裕がある。
だが、カルハースは二刀流なのだ。剣術の経験が少ないイオアンにも、さすがに丸腰の闇エルフにはいずれ勝てるだろうと思えた。一太刀でも当たれば、薄い布の服を切り裂き、傷を負った男は降参するだろう。
こんな戦いは馬鹿げている――。
イオアンがそう思った瞬間、闇エルフが足を素早く蹴り上げ、カルハースの左手首から弾き飛ばされた短剣が、宙高くに舞い上がった。
落ちてきた短剣を、闇エルフが掴む。
闇エルフが指先を曲げると、曲芸のように短剣が一回転して再び掌に収まり、男は嬉しそうに笑いながら、カルハースのまわりを跳びはね始めた。
ごくりとイオアンは唾を飲み込んだ。
これでカルハースが傷つく可能性がでてきた。それでも長いカットラスのほうが、明らかに有利なはず――。
そう祈るようにイオアンは見ていたが、しだいにカルハースが押されるようになってきた。矢継ぎ早に繰り出される短剣のせいで、やりにくそうだった。
列柱廊に囲まれた中庭には風がなく、イオアンは手には汗をかいた。手を握られたニナが不安そうにイオアンを見上げたが、気づく余裕のないイオアンは、食い入るように二人の戦いの行方を追っている。
懐に入られるのを嫌がったカルハースが距離を取った。
闇エルフが跳躍した。
カルハースの剣が男の黒装束を切り裂き、血が噴き出す。
闇エルフがカルハースの前で、沈み込むように腰を屈めた。そのまま回転するように右足で刈り取ると、薙ぎ払われたカルハースはバランスを崩した。
カルハースが仰向けに倒れた。
闇エルフは、カルハースの伸びきった右腕を踏みつけて剣を無効化すると、その胸に片膝を乗せ、露わになった首筋を短剣の柄頭で強打した。
カルハースが白目を剥き、がくりと首が倒れた。
闇エルフが立ち上がり、イオアンを見た。
まさか、負けるなんて――。
死んだように動かないカルハースを見ても、現実が受け入れられない。硬直したイオアンの後ろではニナが震えている。
ゆっくりと闇エルフが近づいてきた。
「あんたがイオアン様だな」
「そこまでよ! ニゲル、いい加減にして!」
若い女の声が中庭に鳴り響いた。




