第41話
翌朝、ニナの知り合いの骨董商に会うため、イオアンはヤヌス神殿の前で催されている市場へ向かった。
ヤヌスは物事の二面性を司る神であり、光と闇、過去と未来、内側と外側――これらの境界を守護すると言われていた。若者と老人の二つの顔をもち、左手には扉を開けるための大きな鍵を握っている。
このヤヌスの大理石像が見下ろしている市場のいつもと同じ場所で、ニナが物乞いをしていた。イオアンを見つけて笑顔になったニナは、張り切った様子で隣の天幕に入っていった。
いままでニナと会うときに気にしたことはなかったが、ようやくニナの話していた骨董商が、この天幕の持ち主だと気づいた。
天幕の前に並んだ雑多な品々をイオアンは眺めた。
食器や鍋といった日用品、古びた家具から錆びた甲冑、目的不明の機械など――やがて天幕から、ニナに手を引かれてドワーフの老人が出てきた。継ぎを当てた服、白髪交じりの髭など、店主もかなりの年代物のようだった。
挨拶をしようとすると、
「イオアン様というのは、あんたかね? いつもニナに危険な仕事をさせておるようじゃな」
とぎょろりとした目で睨みつけてきた。
「いいから、お爺さん」
とニナが宥めた。
「この前話してくれたお客さんのことを話して」
「なんで大事な客のことを、この男に話さなきゃならんのだ。儂の商売の邪魔になるだけじゃろう」
「損はさせない」とイオアンは約束した。
「……というと?」
イオアンが銀貨を取り出し、老人の手に握らせると、
「儂が会ったのは一回きりじゃ」
と骨董商が話し始めた。
半年前、闇エルフの男が盗品らしき品々を店に持ち込んだ。質は悪くなかった。まだ部屋にたくさんあるというから、引き取りに行ったのだという。その場で査定し代金を支払った。それ以来一度も顔を見ていない。
「その盗品の出どころは?」
とイオアンが尋ねると、骨董商は鼻で笑った。
「そんなことはいちいち気にせんよ。儂の商売が成り立たなくなる。その男も喋らなかったしな」
「住んでいた場所は?」
「新市街の南の端、避難民が住みついているあたりじゃ」
「どんな建物だ」
「まさか、あんた自分で行くつもりかね? やめておいたほうがいい。口で説明できるような場所じゃない。何なら儂が案内してやってもいいがのう」
と老人が右手を差し出した。
イオアンは躊躇った。骨董商が話しているのはイグマスの貧民街だろう。増え続ける避難民のせいで年々広がっている。治安は悪く、いい話は聞かない。
そういう場所に足を踏み入れ、〈暁の盗賊団〉のメンバーかもしれない男と会うのはどうなのか。こんなときに護衛だったバルバドスがいてくれれば心強いのだが――しかし数年前に軍団に入ってしまった。
そんなことを考えていると、
「どうしたのかね、イオアン君。浮かない顔をして」
という声が聞こえてきた。
黒装束に髑髏の仮面を被った男が天幕に近づいてきた。後ろにはエルもいる。
「カルハース、どうしてここに!?」
「イオアン君一人じゃ心配だと、エルがうるさいんでな」
「エルが?」
とイオアンが見ると、エルはぷいと顔を背けた。
イオアンが骨董商の話を伝えると、
「そりゃ是非とも会いに行くしかないな。何かしら情報を知ってるだろう」
とカルハースは賛成した。
「お前は昨日、反対してたじゃないか」
「うむ。ダマリのことは別にしてもだ」
とカルハースが小声で言った。
「二日間も歩き回って調べたからな、〈暁の盗賊団〉がどんな連中なのか気になってきた。いずれ騎士団としても手を組めるかもしれん」
やり取りを見ていた骨董商が険しい顔をした。
「なんじゃ、あんたたちは」
「はじめまして、頼りないイオアン君の友人だ。ご老人、案内を頼む」
「では三人分の料金じゃな」
「私も行く!」
と話を聞いていたニナがイオアンにしがみつくと、
「お前さんにも支払ってもらうぞ」
と骨董商が告げた。
「えー、そんなお金ない」
「では諦めるんじゃな。この世はすべて金じゃよ」
「心配するなよ、ニナ」
とエルが意地の悪い顔をした。
「四人分、イオアン様が支払ってくれるからさ」
「やったー!」
「では店の裏に回っとくれ。荷車で行くから」
と骨董商が顎をしゃくった。
「ニナは御者台に、お前さん方三人は荷台に乗るんじゃ」
骨董商の老人の後について、はしゃいでいるニナとエル、カルハースが天幕の裏に消えた。イオアンは釈然としない思いで三人を追った。金のことではない。これから会う男は〈暁の盗賊団〉のメンバーかもしれないのだ。
無残な殺され方をした〈鼬〉のことを思い出す。




