第32話
階段を降りると、サンガリアとアグイレロの怒声が聞こえてきた。まだやっているのかと、アルケタはうんざりしながら一階に足を踏み入れた。
「ですから伯爵様、調査が必要なんです!」
とサンガリアが主張している。
「このままでは鍛冶屋たちが仕事を失ってしまいます」
「元はといえば、タタリオン家のせいでしょうが」
とアグイレロが嘲るように反論した。
「エルフ好みの、実用性を無視した華美な武器ばかり作らせるから、戦地で戦っている兵士は欲しがらないし、まともなドワーフの鍛冶屋は流出する。単純にタタリオン領の武器の質が低いんですな」
二人の議論を退屈そうに聞いていたギイス伯爵が、アルケタたちに気づいた。
「何か見つかったのか?」
「彼女のドレスが数着盗まれたそうです」
とアルケタが報告した。
「熟睡していたので、物音に気付かなかったとか」
「またドレスか。いつも通りだな。その後ろの娘は?」
太ったギイス伯爵は二階に昇らなかったので、エルヴィラを見るのは初めてだった。赤いキモノを羽織った彼女は、アルケタの背後に隠れた。
「私の娘のエルヴィラでございます」
とアグイレロが頭を下げた。
「アルケタ様、では調査は完了ということですな?」
「ええ」
「では早速、エルヴィラからバクルスの扱い方を……」
「冗談はやめにして下さい。もう仕事は終えました。すぐに私は帰ります!」
「ほう、お前の娘はバクルスを使えるのか?」
と伯爵が興味を示した。
「さようにございます」
と恭しくアグイレロが頭を下げた。
「娘の腕前を見れば、どれほどの威力かはっきりと……」
「伯爵様!」
とサンガリアが遮った。
「購入するとか馬鹿なことを考えてないでしょうね? その兵器はルラル教徒にしか作れないんです。買い始めたら、連中のいいなりですよ!」
「もういい! まったくもって下らん!」
と突然アグイレロが怒鳴りだした。
「国が亡ぶかを決める重要な武器なのに、さっきからどうでもいいことをグチグチと……アルメディオン、明日には出航するぞ!」
「明日ですか?」
と奥にいたアルメディオンが訊き返した。
「バクルスを、タタリオン家に売らないのは賛成ですが……」
「待ってよ、父上!」
とエルヴィラが顔を出した。
「パレードを観覧してから、ここを離れるはずでは!」
「パレードだと?」
とアグイレロが吐き捨てるように言った。
「そんなものは、ただの見世物であろうが。南大陸に行けば、話の通じる領主はたくさんおる。ここにいるだけ時間の無駄だ!」
「では、僕がバクルスの必要性を証明してみせたら?」
「お前が? どうやって?」
「アルケタに使い方を教えます」
と宣言したエルヴィラは、逃がすまいと隣のアルケタの腕を掴んだ。
「そうすれば、どれほどバクルスに威力があるのか、そして、タタリオン家に必要なのかが分かるはず!」
「ええっ」と驚くアルケタ。
「ふむ。アルケタ様を納得させられるのなら……」
とアグイレロの表情が変わった。
「……良かろう。だが出航はパレードが終わった翌日だぞ。間に合うのか?」
「間に合わせてみせます」
とエルヴィラが真剣な表情で頷いた。
「何を言っている! そんな時間は……」
と抗議したアルケタは、エルヴィラに足を踏まれた。
「痛っ」
「どこか、誰もいない広い場所を探して、明日の半日で叩き込みます!」
とエルヴィラが約束すると、伯爵もにやりとした。
「面白い。この娘の手腕を信じてみるか」
「まったく何を言ってるんだ!」
とアルケタが訴えた。
「俺の婚約式が控えているのは伯爵だって知ってるでしょう。もう明後日なんですよ? 招待する要人の警護の手配もしなきゃいけないんです。このクソ忙しい時期に、半日も時間を取れるわけがない!」
「ふん、馬鹿なことを言うな」
と伯爵は取り合わなかった。
「婚約式など、セウ家とナイト家の私事。だがバクルスの採用可否は、タタリオン軍全体に関わる重要事項。どちらが優先すべきかは明白であろうが。バクルスの教習は公務である! 必要な時間など何とか捻出しろ」
「伯爵様、いいこと言いますね!」
とエルヴィラが笑みをこぼすと、伯爵も愉快そうに腹を抱えて笑った。
アルケタは呆然としている。
「ああ、どうしてそうなるんだよ……」
一階の入口の扉が開き、市民の格好をした密偵が目立たないように入ってきた。暗い目つきの密偵が、近くの兵士に何事かを囁くと、その兵士の表情が青ざめたものに変わり、二人は小声で議論を始めた。
「何かあったのか?」
と耳障りな様子で、後ろを向いた伯爵が質問した。
「問題があるのなら、さっさと報告しろ!」
「そ、それが……」
と兵士が乾いた唇を舐めた。
「〈鼬〉の死体が発見されたようです」




