第31話
レイピアを壁に戻したアルケタは途方に暮れた。
自分は密偵ではない。どこから調べるのか見当がつかず、とりあえず床に落ちた壺の破片を拾い集めた。
しかし、衣装箪笥のまわりに散乱したペチコートなど、エルヴィラの下着に触れるのは激怒されそうで、危険を避けるようにしてアルケタは歩いた。
大きな箪笥には、たくさんの服が収納されていた。イグマスでは滅多に見かけないような珍しい服もあり、東方風の絹のキモノがあった。赤い生地に絡まる草花のデザインで、アルケタはそれを掴むと、エルヴィラのほうへ歩いていった。
エルヴィラは腕を組み、窓にもたれかかるようにして立っている。ファッシノ河を行きかう小型の帆船を、退屈そうに眺めているような振りをしていたが、じつはチラチラとアルケタの様子を横目で窺っていた。
「これを着てくれ」
アルケタは、エルヴィラの裂けたシュミーズの胸元から目を逸らしながら、キモノを手渡した。
「目のやり場に困る。集中できない」
エルヴィラはキモノを素直に受け取ると、ガウンのように羽織った。
「何か見つかったか?」
アルケタは返答に困った。サンガリアのように裏帳簿を見つけようとはしておらず、〈暁の盗賊団〉の手がかりを探している。彼らが狙うのは屋敷にある「特別な何か」だ。だが危険を冒して、決闘まがいのことまでしたのに、この部屋にはそんな物は見当たらなかった。
「いや……」
アルケタは金髪の頭を掻きながら、部屋を見回した。
「とくに盗まれたものはないようだね」
そもそも物が多い部屋でもなかった。
衣装箪笥にベッドと小さなテーブルに鏡台。壁にかかったタペストリーにはルラル教の物語なのか、後光が差した神様のような人物が描かれている。鏡のまわりには宝石や化粧道具のようなものが見当たらなかった。
アルケタはちらりとエルヴィラを見た。真っ白な髪を短く切った彼女は、まるで少年のように見える。着飾ることに興味がないのかもしれない。
「なんだ?」
アルケタの視線を感じたエルヴィラが、戸惑った表情を浮かべている。
「いや……」
とアルケタは歯切れ悪く答えた。
「調査は終わりにするよ。騒がせて済まなかった」
「そうか……」
とエルヴィラが何気ない口調で言った。
「……僕のコレクションはどう思う?」
アルケタは壁の武器に目をやった。レイピアや槍、弓などが金具に掛けられている。エルヴィラはこれらを全て使いこなせるのだろう。
「素晴らしい品々だね」
と当たり障りのない返答をした。
「その……他に何か気づかないか?」
「他に……?」
仕方なくアルケタは褒める点を見つけようとした。
「デザインは俺たちの趣味とは違うけど、頑丈で使い勝手は良さそうだ」
「そうじゃないだろ!」
と突然エルヴィラが怒りだした。
「お前の目は節穴か? 盗まれたということは、何かが無くなっているということだ。よく見てみろ!」
「あっ」とアルケタが声をあげた。一番上の金具には何も掛かっていない。
「じゃあ、何か盗まれたというわけか!?」
「そうだよ!」
再びアルケタは壁を見上げた。金具の位置からして、かなり長い物のようだ。
「うーん……槍かな?」
「どうやら、お前には無理そうだな……」
とエルヴィラは溜息をついた。
「そこには僕のバクルスが飾ってあったんだ。たぶん知らないんだろうが、ルラル教徒だけが製造できる武器で、すでに南大陸では使われている」
「いや知ってるぞ」
と壁を見上げたまま、アルケタが答えた。
「昨日の晩餐会で君の父親が見せてくれた。そこで初めて見たんだ。しきりに、この武器の使い方を君から習うように奨められたよ」
「お前に僕が教えるだと!? そんな話は初耳だ……」
「そのときのバクルスの長さは一メートルぐらいだったはずだ。それにしては、金具の位置と合ってないように思えるんだけど?」
「それは、僕のバクルスが特注だからだ。二メートル以上あって、普通の者には使いこなせない」
「ああ、そうか!」
「どうした?」
「〈暁の盗賊団〉は『特別なもの』を好んで盗むんだ。だから君のバクルスが盗まれたに違いない……でも、どうやって特注だと分かったんだろう?」
「……僕が教えた」
「君が! なぜ?」
「あの子に訊かれたから……」
と答えたエルヴィラは、窓辺から離れ、天蓋付きベッドの上に腰かけた。
「僕は抵抗できる状態じゃなかった」
「それで?」
「夜、目を覚ますと、隣に誰かが立っていた」
「〈暁の盗賊団〉か?」
「そうなんだろうけど顔は見ていない。金縛りにあったように動けなかったんだ。左側から声だけ聞こえた」
「どんな声だった?」
「若い娘、幼い感じだった。ドルシアぐらいじゃないか」
「まだドルシアは十四歳だぞ」
「だから、あくまで印象だ。それほど背も高くない。このあたりから聞こえた」
とエルヴィラが手を伸ばして高さを示した。
「あの喋り方からすると……お前たちと同じ階級なのかもしれない」
「どういう意味?」
「どこか偉そうというか……生まれつき誰かに命令する立場にあり、そして命令することに何の違和感も感じていない……そういう口調だった」
アルケタは眉根を寄せた。
〈暁の盗賊団〉が上流階級の出身だというのか?
そんなことがあり得るだろうか?
だが、これまで数多くの貴族や商人の屋敷で盗みを成功させた理由は、そこにあるのかもしれない。少なくとも女首領は、そういう階級出身なのか?
エルヴィラは思い出す表情になった。
「僕は体を動かせなかったが、不思議と不安な気持ちにはならなかった。催眠術のようなものかもしれない」
「詳しいことまでは覚えていない?」
「会話は覚えている。部屋で、いちばん大事にしているものを訊かれたんだ」
「それで教えたのか……」
「僕は躊躇うことなく特注のバクルスだと答えた。テーブルを引きずるような音がした。たぶん高さが足りなかったんだろう。僕のバクルスが奪われていくのが分かった。ほら、夢を見ているときにあるだろう? 理由もなく何かを知っていることが……僕は盗まないでほしいと懇願した」
「それで?」
「拒否された。たぶん僕は泣いたんだと思う。ふいに娘の声が優しくなった。お前はこれで自分を守ってきたのであろうが、もう不要になる……」
エルヴィラは床を見つめた。
「何かを失わなければ、新しいものは手に入らぬ。だが安心しろ、まもなくお前は解放される。すぐにではないが、ゆっくりと傷は癒されるであろう……」
押し殺したようなエルヴィラの嗚咽が聞こえ、驚いたアルケタは彼女から目を逸らした。居心地が悪い。しばらく待ってからアルケタが訊いた。
「それで、娘はいなくなった?」
エルヴィラは鼻をすすった。
「どうかな。その後のことは記憶がない……」
彼女の回想にアルケタは驚いていた。ここまで具体的で詳細な情報は初めてだ。これをもとに女首領の人物像を明らかにできる。ようやく〈暁の盗賊団〉を追い詰める突破口が見つかったのかもしれない――。
そんなアルケタの表情を、エルヴィラは察したのか、
「でも、このことは伏せておいて欲しい。僕にとって大切なことなんだ。盗まれた僕が言うのも変だが、今回のことで、あの娘が捕まって欲しくない……」
と訴えた。
「そうは言ってもな……」
とアルケタは難しい顔をした。
「これは極めて重要な手がかりだ。あまり長く隠し通すのは……」
「じゃあ、僕がイグマスを離れるまで」
「では数日後? 船長がまもなく出航すると言ってたけど」
「祭りの最終日には、盛大なパレードが催されるんだろう? ナイト伯爵に招待されているんだ。それを見たら僕たちは南大陸に向かう」
ということは、ドルシアとの婚約式を見られるということか……。
「どうした、それじゃ駄目か?」
とエルヴィラが訊いてきたので、アルケタは話を変えた。
「……ずいぶんナイト家とは親しいんだな」
「何度かお邪魔したよ。みんな良い人たちだ」
とエルヴィラは微笑した。
「アヤヤとは剣を合わせたし、シルヴィアの話は勉強になる。そしてドルシアは妹みたいな感じだ。だから、お前の名前はよく聞いていた。もしかしたら僕は嫉妬していたのかもしれないな……ドルシアと婚約するお前に」
そんなことを言われてもアルケタは嬉しいはずもなく、
「そうか……」
とだけ口にした。婚約式のせいで、また憂鬱になってきた。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「昨日から徹夜でね……だけど何か収穫がないと、屋敷に帰れそうにない」
「僕のドレスが盗まれたと報告すればいい。数着なくなっていた」
「そうなのか?」
「滅多に着ないし、ドレスなんてどうでもいいんだ」
エルヴィラがベッドから立ち上がった。
「そろそろ下に降りたほうがいい。この部屋を調べるにしては、時間がかかり過ぎだ。父に変に勘違いされるのは嫌だからな」




