第3話
「脱獄だと?」
イオアンは二人の顔を見回した。
「こっちは真剣に聞いているんだ。揶揄うのはよせ」
「さて……我々が言うべきことは言った」
カルハースが立ち上がった。
「君と話すのも今夜が最後だろうし、邪魔して申し訳なかった。エルは何か言い残すことはないのか?」
何か言いかけたエルは、結局口を閉じ、首を横に振った。
「待て!」
イオアンはカルハースのマントを掴んだ。
「さっきの話は本気なのか?」
「冗談など言う気にもなれん。仲間が苦しんでいるのだ」
「しかし脱獄って……」
イオアンも立ち上がった。
「イグマスの牢獄塔だぞ、分かっているのか?」
「もちろん下見はしたさ。近づけはしなかったがね」
「当たり前だ! 近衛兵の兵舎の前なんだ。あそこには巡察隊や衛兵の詰所もある。脱獄以前の問題だ。牢獄塔に近づくことすらできない!」
カルハースがイオアンの顔を覗き込んだ。
「しかし、君は入れたんだろう?」
「何が言いたい」
「君が協力してくれれば、大いに助かる」
「そんな無謀な計画に協力するはずがないだろ!」
「無謀とか、そういう問題じゃない」
カルハースがイオアンの肩に手を置いた。
「食うものにも困っていた我々を、ダマリは何度も救ってくれた。ダマリが世話した軍馬が売れたからこそ、こうして我々は生きている。我々五人はダマリに借りがあり、それを返すのが今だというだけの話だ」
「五人!? たった五人で脱獄させるつもりか!」
「我々が孤立無援なのはいまに始まったことじゃない。もし君が協力してくれるのなら、六人目の仲間として迎え入れようじゃないか」
とカルハースが手を差し出したが、
「お前たちは馬鹿なのか?」
とイオアンは無視した。
「借りを返す前に、無駄死にするのが分からないのか?」
カルハースは溜息をつくと、寂しげな表情を浮かべた。
後ろからエルが叫んだ。
「この人には分からないよ! もう行こうぜ!」
「行かせてたまるか!」
イオアンが二人に先回りし、行く手を塞いだ。
「お前たちが失敗したらどうなる? 役人たちが徹底的に調べ上げるぞ。ここに来た以上、私との関係が露見するのは確実だ!」
「悪い男に騙されたとでも言えばいいさ」
とカルハースが口にすると、
「そんな言い訳が通用するとでも思っているのか!」
とイオアンがカルハースに顔を近づけた。
「いずれブッケルムの件も明るみになる。お前たちが軍馬を何百頭も盗んだのも私はまだ黙ってるんだ。それが密偵に知られたりしたら……」
「いつも君は考え過ぎるんだ……」
カルハースがイオアンの肩をポンと叩き、エルは吐き捨てるように言った。
「ほんと、自分のことだけだな!」
「何とでも言え!」
と言い返したイオアンが銀髪をかきむしった。
「何か成功させる方法があるはずだ。牢獄塔の警備が緩むのはいつだ? 兵舎のまわりが手薄になるとしたら……」
「もういいんだ、イオアン君」
と言って、カルハースが軽く頭を下げた。
「君なりに協力してくれたことは忘れない。だが、見聞きしたことは忘れてくれ。あとは我々で計画を練るから」
「放っておけるか! どうせやるなら絶対に成功……ああ、そうだ!」
イオアンが大きく目を見開いた。
「脱獄させるのなら、四日以内に実行しろ!」
「ははは、君こそどうした。そんな血走った眼をして」
「あれが聞こえないのか!」
イオアンが大きく腕を伸ばし、何もない壁を指さした。
「酔っ払いの叫び声か?」
「そうだ、あの酔っ払いたちだよ!」
イオアンが破顔一笑した。
「明日は〈死者の日〉の前夜祭、それから祭りは三日間も続く。そして最後の夜には満月の下、盛大なパレードが催されるじゃないか!」
興奮しているイオアンを見て、カルハースが気味悪そうな顔をした。
「……それは楽しそうで何よりだ」
「ああ、すでに見物客でイグマスはいっぱいだ。パレードでは普段の何倍もの人間で溢れかえるんだからな!」
「残念だが、見物する気分じゃない」
カルハースが竦めた肩を、イオアンが揺すった。
「当たり前じゃないか! これからダマリを脱獄させるんだから!」
「これから脱獄……?」
しばらく不可解な表情を浮かべていたカルハースが声をあげた。
「ああ、なるほど! 〈死者の日〉のあいだは、我々の動きも気づかれにくいということだな!」
「この四日間のイグマスといったら酷いものさ」
イオアンが苦笑した。
「見物客を狙ったスリが増え、そこらじゅうで喧嘩が絶えない。そのために巡察隊と衛兵たちが、イグマスじゅうに配置されるわけだ」
「結果的に、牢獄塔のまわりの警備は薄くなる……」
カルハースがにやりと笑った。
「イオアン君、悪くない計画だぞ!」
「しかし……」
イオアンが難しい顔をした。
「囚人の世話をする獄吏たちがいる。祭りだろうが、世界が終わろうが、牢獄塔で仕事をするだけだからな。まだ彼らが残っている……」
「たいした数じゃないだろう。我々を信用したまえ」
「抵抗したら?」
「多少の犠牲はやむを得まい」
「獄吏たちは命令されて仕事をしてるだけだ。彼らに罪はないだろう」
「ダマリにだって罪はないさ」
「ちょっと待て! 何か方法があるはずだ!」
イオアンは机に戻ると必死に考えた。
獄吏たちを知らなければ、イオアンも何も感じなかっただろう。
だが二週間前、牢獄塔を訪問したとき、年老いた獄吏長は親切に説明してくれた。他の獄吏も老人の一族で、みんなで牢獄塔を管理している。寡黙な男たちだったが、囚人の世話をすることに誇りを持っているようだった。
カルハースたちが彼らを傷つけるのは、何とか避けたい――。
「何を迷っている、イオアン君!」
カルハースが近づいてきた。
「これ以上の計画はない。一年を通しても最高のチャンスだ。君の気持ちも分かるが、誰も傷つけずに何かを奪うことなど不可能なのだよ!」
「そうかもしれないが……」
「腕力にものを言わせるしかない。我々は魔法使いじゃないんだからな!」
「そうだ! 一人だけいるじゃないか!」
「何のことだ」
「だから魔法使いさ!」
イオアンの顔に笑みが広がった。
「誰も傷つけず、奪うことが得意な娘がいる!」




