第29話
二階の突き当りに人だかりができていた。アルケタが船員たちを掻き分けて進むと、ファッシノ河を見渡せる明るい部屋だった。
窓のそばに天蓋付きのベッドがある。大きな衣装箪笥にもたれるようにして、サンガリアが床に座り込んでいた。昨日、写本室で出会ったときは余裕のある表情だったが、いまは細身の剣を鼻先に突きつけられ、真剣な表情だ。
剣を突き付けているのはすらりとした娘。アルケタたちに背を向け、起きたばかりなのか亜麻の白いシュミーズだけの恰好だった。純白の髪を短く切っており、背丈はアルケタと同じぐらい。
この娘がエルヴィラなのか――?
「エルヴィラ、何をしている!」
と最前列にいるアルメディオンが叫んだ。
娘が振り返った。ぽってりとした唇に、気の強そうな目をしている。とてもアグイレロの娘とは思えない、ふつうに美しい雪エルフの娘だった。
「起きたら、この男が箪笥を漁ってたんだ!」
とエルヴィラが叫び返すと、その隙にサンガリアがそろそろと逃げようとした。気がついたエルヴィラが剣の切っ先を、サンガリアの頬に当てた。
「どこへ行く」
「君は勘違いをしている」
とサンガリアは、エルヴィラを見上げた。
「私は、盗賊たちの手がかりを探していただけさ」
「嘘を言うな」
エルヴィラは一瞬、床に散乱している下着に目をやった。
「どうしてこんなものを調べる必要がある」
「隠すなら、ここが一番だからさ。一番あり得なさそうな場所だからね」
「隠す?」
エルヴィラが目を細める。
「盗賊たちが何を隠すというんだ。嘘をつくと血を見るぞ」
「本当に知りたいかい?」
エルヴィラは無言で顎をしゃくり、促した。
「密輸された武器の裏帳簿だよ」
とたサンガリアが答えた。
「君は知らないのだろうが、おそらく君の父親は怪しい事業に手を染めている。東のアクィア属州から、大量の安い武器を違法なルートで横流ししているんだ。お陰様でタタリオン領のギルドは大変なことになっていてね。その決定的な証拠となる裏帳簿を探していたというわけさ」
サンガリアの告発に、アルケタを始め部屋の全員が、アグイレロへ顔を向けた。だが貿易商は、その傲岸そうな表情をまったく変えずにいた。そしてエルヴィラも、サンガリアの言葉を否定しなかった。
しばらくしてエルヴィラは、
「……だとしても、淑女の部屋をみだりに荒らすことは許されない」
とだけ言った。
「頼む。少しだけ時間をくれ!」
とサンガリアが懇願すると、エルヴィラは壁に近づき、もう一本の細身の剣を掴んだ。彼女はサンガリアに剣の握りを差し出した。
「では、これで勝負しよう。お前が勝ったら好きなだけ調べてもいい」
剣の握りを見つめていたサンガリアが、
「残念だが、断らせてもらおう」
と発言した。
「そう言うからには君は得意なんだろうが、私はそうじゃない。そんな不公平な戦いで、せっかくの機会を失いたくないからね」
「確かに」
フッと笑ったエルヴィラが、振り返った。
「では、あそこに大勢いる中から、代わりの者を指名しろ」
「あなたは素晴らしい女性のようだ。遊び心がある」
とサンガリアが立ち上がって背伸びをした瞬間、アルケタは嫌な予感がした。ギイス兵の後ろに隠れようとすると、
「ああ、いたいた。アルケタ殿、お願いします!」
という嬉しそうな声が聞こえた。
「アルケタだと!」
エルヴィラの声が急に変わった。
「どこだ、どこにいる!」
エルヴィラが近づいてくると、アルケタの前の人垣が綺麗に二つに割れ、彼女がすぐ目の前に立った。獲物を見つけた猫のような目。
エルヴィラが剣の握りを差し出すと、アルケタは首を振った。
「私もやらない」
疲れているし、こんな茶番はうんざりだ。
「駄目だ、あの男がお前を指名したんだ!」
エルヴィラが真っすぐな視線を向けてきたので、アルケタは視線を逸らした。薄いシュミーズは、背後の陽の光のせいで、彼女の体の線が透けている。
「君のその恰好では不公平だろう。私は皮鎧を着ているが君はそうじゃない。傷を負わせたくない」
「べつに決闘しようという訳じゃないさ。切っ先が触れれば勝負がつく」
「しかし……」
「それとも、婚約式が近いのに傷つくことを恐れているのかな? しかし断れば、お前の名誉が傷つくかもしれないぞ」
「……なぜ、それを知っている」
「ドルシアがいろいろ教えてくれた」
とエルヴィラが微笑した。
「安心してくれ、ちゃんと手加減はするから」
「いい加減にしないか!」
というアルメディオンの怒声に、エルヴィラがびくりとした。
「子供の遊びじゃない!」
「いいから黙っててよ!」
キッとエルヴィラが、アルメディオンを睨みつけた。
「アルメディオンは戦いから降りたんだ。もう指図はしないでくれ!」
そう叫んだエルヴィラは、アルケタに近づき、剣の握りを掴ませると、
「どうしても、僕の部屋を調べたいんだろう?」
と耳元で囁いた。




