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第28話

屋敷の一階は店になっていた。扉の近くには商談のためのテーブルや椅子が並べられ、カウンターで仕切られた向こう側は事務所になっている。棚には扱っている商品。道路側の窓が閉じられているので部屋は薄暗い。


体が大きく、でっぷりとしたギイス伯爵が大きく足を広げ、部屋の中で一人だけ椅子に座っていた。


伯爵のそばに立っている雪エルフを見て、アルケタは思い出した。


晩餐会で、新兵器を売り込んできたアグイレロという貿易商だ。背丈はアルケタより低いが、ドワーフのようにがっしりしている。ぼさぼさの潮風に晒された白髪、ぎょろりとした大きな目、ぶ厚い唇。忘れられない顔だった。


そして、二人とも機嫌が悪そうだ。


伯爵の背後には、褐色の肌をしたギイス兵たちが控えている。二階への階段の前では、それを塞ぐように白い肌の雪エルフの船員たちが陣どっている。彼らは睨み合い、ピリピリとした一触即発の空気が漂っていた。


アルケタは場の空気を感じ取ったが、ギイス伯爵に小さく頭を下げると、

「いったいどうなってるんです?」

と我慢できずに噛みついた。

「命令通り、一晩じゅう郊外の屋敷にいましたが、連中は現れませんでした。周辺には五百人の兵士を潜ませましたが何も起こらない。市民たちの前で大恥をかきましたよ。我々は評判になるでしょうね、また〈暁の盗賊団〉にやられたと!」


伯爵は腕を組んだが、何も言わなかった。


アルケタを部屋は中を見まわした。

「〈鼬〉というのは誰です? 説明してもらいたいんですが」


「ここにはおらん」

と伯爵がむっつりと答えた。

「連絡も取れん。不測の事態が起きたのであろう。誰にでも失敗はある」


「へえ、そうですか。では帰っていいですか。早く寝たいので」


「駄目だ。この屋敷を調査してからだ」


「屋敷の調査?」

アルケタは信じられないという顔をした。

「そのために私を呼んだんですか? 密偵たちにやらせればいいでしょう。巡察隊の仕事じゃない」


「そんなことは分かっておる!」

伯爵が憮然とした表情で言い返した。

「屋敷の調査はお前にさせろと、この男が言いおったのだ!」


「そうなんですか?」

とアルケタは、アグイレロに顔を向けた。


「私が申し上げた言葉とは、少々違いますな」

とアグイレロが訂正した。

「調査など頼んではおりません。たしかに賊に押し入られたが、たいした物は盗まれていない。それなのに伯爵様たちが朝になって押しかけて来たんです。我々の商売の邪魔だし信用もできない。ですから仕方なく、アルケタ様が調査するのなら許可しましょうと言ったまでです」


「そういうことですか……」

頭痛がするようにアルケタは頭を押さえた。


「ですからアルケタ様、この人たちには帰ってもらって構いません」


「そういう訳にもいかないでしょう」

とアルケタは溜息をついた。

「状況を確認するのに、上を見させてもらえませんか」


「たいした物は盗まれておりません。その必要はない」

とアグイレロは繰り返した。


「じゃあ、どうして私を呼んだんです……」


「昨夜の話を覚えていますか?」

とにじり寄ってきたアグイレロが、猫なで声を出した。

「屋敷には娘のエルヴィラがおります。そんなつまらない調査より、いまからバクルスの使い方を私の娘から直に教わってみては……」


「何を言ってるんです!」

と鳥肌が立ったアルケタは身を引いた。

「私は寝ていないんですよ。そんな話はやめて下さい!」


「アルケタ様」

と雪エルフの中から、ひときわ背の高い三十過ぎの男が進み出て、

「船長のアルメディオンです」

と頭を下げた。

「我々はまもなく出航するため、積み荷のほとんどは船に運んでいたのです。ですから三階の倉庫には、ルラル教の祭司様の私物しかありませんでした。そちらのほうの状況は、祭司様に直接お尋ねください」


アルメディオンの丁寧な口ぶりに、ようやく話が通じる人間が現れたと、アルケタはホッとした。

「あなたがた商会の物は、何も盗まれていないんですか?」


「多少の金品は盗まれましたが、ここまで騒ぐほどではありません。我々からは総督府に訴えもしていませんし、どうして知ったのか……」

とアルメディオンは困惑した表情になった。


「今朝、また城壁で落書が発見されたのだ」

と伯爵が口を挟んだ。

「赤く大きな文字で、この屋敷に押し入ったと書きなぐってあった。その通報を受け、我々だけで調査するつもりだった。この商人が邪魔さえしなければ、お前を呼ぶまでもなくとっくに終わっていたのだ」


「押し入られたことに、まったく気づかなかったんですか」

とアルケタが訊くと、アルメディオンが答えた。

「見張りは立てていたのですが、魔法のようなもので眠らされたのです。小さな娘を見た記憶しかなく、顔は覚えていません」


「それが、いつもの手口です」

とアルケタは頷いた。

「この屋敷で、何か特別なものは盗まれていませんか?」


「特別なものと言いますと……」


「〈暁の盗賊団〉はおかしな連中で、金や装飾品より、一族の形見とか古い手紙とか、本人が一番大切にしているもの、隠したいものを狙ってくることが多い。あと美しい衣装だけは例外で、これは首領が女だからでしょうね」


「美しい衣装ですか……」

とアルメディオンは考え込んだ。

「まだエルヴィラは寝ていたので確かめていませんが、もしかしたら、彼女のものが盗まれている可能性がありますね……」


またエルヴィラか……アグイレロの娘を尋問するのは面倒そうだったので、

「あなたのほうから、彼女に訊いてもらえませんか?」

とアルケタは頼み込んだ。


「では、起こして確かめてみましょう」

とアルメディオンが頭を下げたところで、女の悲鳴が聞こえ、さらに、

「話せば分かる、分かる、分かるはずだ!」

という声が聞こえてきた。


伯爵が訝しげな顔をして、天井を見上げた。

「あれは、ダリルの声ではないか?」


「二階に、サンガリア殿がいるんですか?」

とアルケタも驚く。


「どこから屋敷に入りおったのだ!」

とアグイレロが顔をしかめた。


すると顔を青くしたアルメディオンが、

「その方の命が危ない!」

と叫んで、ものすごい勢いで階段へ向かい、駆け上がっていった。


雪エルフの船員たちも二階へ上がっていく。


伯爵とギイス家の兵士たちは、困惑したように顔を見合わせた。アルメディオンの後を追って、アルケタと副官は階段を昇っていった。

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