第21話
イオアンが〈フリュネの誘惑〉に着いたのは深夜だった。
ナイト邸から歩くと、かなりの距離があるのだが、まだ酒は残っている。慎重に入口のポーチの階段を昇っていたところで、
「イオアン様!」
と声がした。
物乞いのニナが階段の下で待っていた。調査を頼んでいたことを、イオアンはすっかり忘れていた。
「ずっと待っていたのかい?」
と階段を降りると、
「だって大ニュースだもん!」
とニナが弾んだ声で答えた。
今日もニナは、ぼろぼろの絨毯の上であぐらをかいている。こんな女の子を夜遅くまで待たせて悪かったなと思いながら、イオアンは、
「〈暁の盗賊団〉のことかい?」
と訊ねた。
「もちろんよ、イオアン様が頼んだんでしょ?」
とニナは不思議そうに答えた。
「今日ね、〈暁の盗賊団〉が犯行予告を出したのよ!」
「そうか」
ニナがショックを受けた顔になった。
「……どうして驚かないの?」
「いや驚いてるさ!! びっくりして言葉も出ない。予告が書かれた場所は?」
「北東の城壁よ。地下水路の取水口の近く。人がいない寂しいところだけど、遠くからでも見えるように、大きく真っ赤な字で書かれてた」
「ニナは実際に見に行ったのか」
「もちろんよ、人の噂は当てにならないもの」
「盗みに入る場所は?」
「書いてない。いつも通り」
「どこだろうなあ……ニナはどこに押し入ると思う?」
まさにいま、アルケタ率いる巡察隊の精鋭が、〈鼬〉という密偵から告げられた屋敷に向かって進軍しているのだ――とイオアンは想像した。
「それは分からないけど……」
と言って、ニナが身を乗り出した。
「もっと凄い情報があるの! 骨董屋のお爺さんのところに、変なお客さんが来たんだって。闇エルフの男の人で、ぴかぴかの壺や偉そうな人を描いた絵とか、たくさん持ってきたんだけど、お爺さんが言うには……」
「ニナ、もういいんだ」
「え?」
「調査はいったん中止だ」
「どうして……?」
「必要なくなった」
ニナの目に涙が溢れた。
「私は……役に……立たないから?」
「そうじゃないよ、ニナ!」
とイオアンは慌てた。
「新たな動きがあったんだ。とうとう盗賊たちは捕まるかもしれない……」
驚いたニナが目を見開く。
「そんなわけない。いままでだって……」
「今回は、すぐ近くまで密偵が潜り込んだんだ。だから〈暁の盗賊団〉に関してはしばらく様子を見よう」
「そんな、いままで頑張ったのに……」
「ニナは良くやってるよ……」
しょんぼりしているニナを見ると可哀そうになり、思わずイオアンはニナを抱きしめ、ぼさぼさの髪を撫でた。
「また、公妃様の秘密の仕事があるさ」
「……イオアン様、お酒くさい」
「そうかな」
とイオアンは、ニナから体を離した。
「ごめん、晩餐会があったから」
「ばんさんかい?」
「みんなで集まって食事をしたり、酒を飲むんだ。今夜は雪エルフたちに会ったよ。魔法を使わない魔法の杖のような武器を見せてもらった」
「……私、きらい」
「武器がかい?」
「ううん、雪エルフの人たち。私たちの教えを邪悪だとか言うんだもん」
「私たちの教え? ニナが信じているのは……」
「イオアン様、私もう行くね」
とニナは立ち上がって、丸めた絨毯を脇に抱えた。
「じゃあ、また!」
〈浴場通り〉を駆けていくニナの姿は、やがて暗闇の中に消えていった。見届けたイオアンは〈フリュネの誘惑〉に入った。




