第20話
イオアンはワインのカップを置いた。
「あなたは……?」
「申し遅れました、ルキウス・エルエレムです」
と強い癖毛の若者が頭を下げた。黒いローブを着ている。
「ルラル教の祭司です」
アルケタのほうを見ると警戒する表情になっている。保守的なアルケタは、海を渡ってきた異国人を快く思っていないのだった。
「それで、見せたい物とは何でしょう?」
とイオアンが尋ねた。
「我々が提供する新兵器です」
とエルエレムが答えたので、イオアンは驚いた。
「ルラル教では、祭司が兵器を売り捌いているんですか?」
「それは誤解です!」
とエルエレムは慌てて否定した。
「私は呼びに来ただけで、説明はあちらの商人がしますから!」
「武器に関して、とくに我々は困っていませんが……」
とアルケタが口を挟んだ。
「そう言われましても……」
とエルエレムは困った表情になった。
「そのために、今夜の晩餐会に我々は参加したんですが。伯爵様から、セウ家のアルケタ様を紹介して頂けるということで……」
「そうなんですか?」
とアルケタとイオアンは顔を見合わせた。
「とにかく、こちらでご覧ください」
仕方なくイオアンたちは席を立ち、ぞろぞろとアヤヤたちもついてきた。
※ ※ ※
テーブルの上座に移動すると、ナイト伯爵が振り返った。
「ああ、アルケタ、これを見て欲しいのだ」
「どういうことですか?」
とアルケタが尋ねた。
「その新兵器とやらを見せるために、今夜、私を呼んだんですか」
「当たり前であろう。わざわざ婚約式の話のために呼び寄せたりしない。このバクルスはな、これから帝国の戦いを一変させるかもしれん。お前に見てもらって、我が軍にも導入すべきか検討したいのだ」
伯爵の隣では、雪エルフの商人が棒を掴んでいた。滑らかな銀色に輝く棒で、長さが一メートルほどある。
「バクルス? 槍ですか?」
そうアルケタが訊くと、雪エルフの商人が棒の先端をアルケタの前に突きつけ、アルケタは思わず後ずさった。先端は尖っておらず、空洞になっている。
「ちょっと、気をつけて下さい!」
と叫んだエルエレムが、男を紹介した。
「この方は、ルペス・アグイレロ殿です。このバクルスを一番取り扱っている貿易商です。さあアグイレロ殿、今度はあなたが説明して下さい」
イオアンは後ろから眺めていたが、強い印象を受けたのは、バクルスという武器より、それを手にしているアグイレロだった。歳は五十近いだろう。肌と髪こそ白いが、がっしりとして背は低く、目はぎょろりとしている。はっきり言えば、雪エルフとドワーフの混血のように思えた。
「さよう……」
とアグイレロがしわがれた声で話しだした。
「バクルスは、いわば魔法を使わない魔法の杖のようなものでしてな」
「よく分かりませんが……」
とアルケタが質問した。
「その筒の先から、魔法の火でも噴き出るんですか?」
「いや、発射されるのは光の弾のようなものです。ここに……」
とアグイレロが、バクルスの膨らんだ箇所を見せた。
「魂石という生命力を封じ込めた石を装填し、それを人間の意志で発火させ、標的に向けて撃ち出します。強力な魔法の杖と同様の威力がありますが、魔法の杖と違うのは、少し練習すれば誰にでも使え、魂石さえ交換すれば、無限に撃ち続けることができるということなのです」
「話だけ聞くと……凄そうではありますね」
「うむ、南大陸では実戦に導入され、大きな戦果を挙げているようなのだ」
と伯爵が頷いた。
「ただ、お前も実際にその目で見ないことには納得しないであろう。そこでアグイレロ殿の好意で、このバクルスの使い方を教えてもらえることになった。近いうちに、お前は時間が空いていないか?」
「わ、私ですか? いろいろと忙しくて……」
と首を横に振りながらアルケタが、アグイレロから距離を取ろうとすると、アグイレロがぐいっと間合いを詰めた。
「教えるのは私ではございません、私の娘です」
「あなたの娘……?」
とアルケタが気味悪そうな顔をすると、ドルシアが嬉しそうに叫んだ。
「エルヴィラは、それを使えるの!」
「さよう、エルヴィラはバクルスの名手にございます」
とアグイレロは頷いた。
「この武器は、むしろ女のほうが巧みに扱うようですな。どうですかアルケタ様、娘のエルヴィラが手取り足取り教えますぞ」
「エルヴィラは剣も強くて、かっこいいのよ! 私大好き!」
と言って、ドルシアがアルケタの腕を掴んだ。
「ねえ、教えてもらったら?」
「い、いや。これから夜の仕事があるから……」
とアルケタはドルシアの腕を振り切ると、逃げるようにして、奥の間から出ていってしまった。
※ ※ ※
「あー、残念です」
とエルエレムは、アルケタの去ったほうを見て、肩を落とした。
「せっかくの機会でしたのに、もう少しお話ししたかった……ですがイオアン様は、まだ時間はおありですか?」
「私ですか?」
とイオアンは肩を竦めた。
「武器のことはまったく分かりませんよ」
「いえ、武器のことではないのです……いや、関係あるのかな?」
と言って、エルエレムは眉間に皺を寄せた。
「ところでイオアン様は、サディア公妃様から可愛がられていますよね?」
「その言い方はどうかと思いますが……よくしては頂いています」
「では、明日の拝謁に、同行して頂けないでしょうか!」
とエルエレムが深々と頭を下げた。
「拝謁って、サディア様にですか!?」
「ええ、そうです、そうです、その通りです」
とエルエレムが大きく頷いた。
「公妃様は気難しい方だという噂があります。そこでイオアン様に、公妃様のお気持ちを和らげて頂けると、我々としては非常にありがたいのですが……」
「嫌ですよ、そんな役回りは!」
「どうか、儂からも頼む」
と伯爵がイオアンの右腕をぎゅっと掴んだ。
「バクルスを我が軍に導入しようにも、武器ギルドが反対しておるのだ。おそらく仕事を失うのを恐れているのだろうが、連中は、ルラル教がタタリオン領内で正式に認められていないことを盾にしておる。明日の公妃様の謁見は、ルラル教を認可して頂くための第一歩なのだよ」
「では布教のためですか。ますます面倒な話だと思うんですが……」
「イオアン、私からもお願い」
と心優しい伯爵夫人がイオアンの右手にそっと触れた。
「ルラル教は決して悪い教えではないの。貧しい人々に食事を与えているし、無料で病人の治療もしている。でも布教が認められていないから、教会も建てられないの。あなたならエルエレム師を助けられるわ」
「でも、さっき会ったばかりの人ですよ?」
「それにあなたなら、公妃様を笑顔にできるわ!」
とシルヴィアも請け合った。
「私は知ってるのよ、公妃様があなたのことを話題にするとき、ちょっとだけ表情が変わるの。もしかしたら弟みたいに思っているのかもしれない。ね、いま公妃様は大変なときだわ、お心を慰めてあげて欲しいのよ……」
「しかし、明日は……」
「明日はもう〈死者の日〉のお祭りじゃない! 大図書館は休みでしょ?」
「ううむ」
とイオアンは渋い顔をしたが、確かに考えてみると、〈暁の盗賊団〉が捕まれば、ダマリの問題も解決して、何もすることはなくなるのだった。
そして、いつものイオアンなら、それでも断っていたかもしれない。だが、すでにかなりのワインを飲んでおり、この夜は判断力が鈍っていた。
「いいでしょう!」
とイオアンが叫んだ。
「それで、私はどうすればいいんです?」
ナイト伯爵とその家族が盛大な拍手をし、エルエレムは目を輝かせた。
「では、明日の朝、北宮の前で待ち合わせしましょう!」




