第16話
いったいどうなってるんだ!
恐怖にかられたイオアンが、魔除けのようにカンテラを高く掲げ、さらに数歩前へ進もうとすると、
「下、あぶない!!」
とスロルが手を伸ばし、イオアンの腕を掴んだ。
イオアンの左足は、何もない空間を踏もうとしていた。
後ろからスロルに抱きかかえられたイオアンが下を見ると、床には大きな四角い穴が開いており、底には人らしき者たちが蠢いていた。
「こ、これは……」
とイオアンはカンテラに照らされた床を見渡した。
床と思えたのは、桝のように区切られた区画の壁の上の部分だった。三メートル四方の区画の底には、数人ずつ囚人が閉じ込められている。このように四角く仕切られた穴が、ここには幾つも並んでいた。
イオアンが恐ろしそうに身を乗り出すと、突然のカンテラの光に驚いたのか、囚人たちが虫のように這って隅へと逃げていった。
壁の高さも三メートルほどだが、鎖でつながれているので逃げられないのだろう。そうか。これが地下牢の正体だったのか――。
呆然としたイオアンは、水滴が落ちる音に気づいた。
獄吏長は、もともとは地下水路の施設だとか言っていた。どこからか水が流れているのかもしれない。確かに空気は冷たく湿っている。
つまりここは――、
地下水路の浄化槽だったんじゃないか?
イグマスの下には下水道網として、そばを流れるファッシノ河から水を引いた複雑な地下水路が張り巡らされていることは、イオアンも知っていた。だが今まで立ち入る用もなかったし、悪い噂しか聞いてこなかった。
しかし、地下牢とつながっていれば、地下水路から侵入できるのでは? なにも獄吏たちが邪魔をする牢獄塔を経由しなくても、直接ダマリを救出できるのだ。しかし、そもそもダマリはここに捕らえられているのか――?
イオアンは改めて穴を見下ろした。
おそらく捕まった状態のまま放り込まれたのだろう。囚人たちは、年齢も恰好も種族もばらばらだった。できる限りイオアンから距離を取るように、ぶるぶると壁際で身を寄せ合っている。
そこまで怖がらなくてもいいのに――。
とイオアンは思うのだが、人間は隔離された環境に置かれると、そうなるのかもしれない。その答えは、移動した区画ですぐに明らかになった。
次の四角い穴で、ダマリがいないかカンテラを照らすと、勇気ある囚人の一人が、逃げずに壁の下に留まり、イオアンを見上げて訴えた。
「俺は、ただ馬を借りようとしたんです。盗んでなんか……」
囚人が最後まで訴え終わらないうちに、イオアンの背後から長い棒が伸びてきて、男を何度も打ちのめした。
驚いたイオアンが振り返ると、スロルが夢中になって男を打ち据えている。男は悲鳴をあげながら頭を守るようにして、奥へ逃げていった。
スロルはイオアンを見ると、
「下、あぶない」
と自慢げに口にした。
ショックを受けたイオアンは、スロルの表情を見て、悟った。この純真すぎる大男は、暴力を振るうことに何の呵責も感じていない。たぶん、気持ちの悪い虫けらを叩き潰したぐらいにしか思っていないのだ――。
スロルは、お礼の言葉を期待しているような表情だったが、もちろんイオアンは、そんな言葉を与える気にはならなかった。かといって、それが不要な行為であるのを納得させるのも難しい気がした。
イオアンは気分が悪くなりながら、次の区画へ移った。
幾つかの区画を調べたが、ダマリらしき巨体の囚人はいなかった。どの区画も人間の体臭と汚物の、鼻の曲がりそうな臭いがした。吐き気を催したイオアンは、足元もおぼつかなくなり、穴に落ちそうな危険すら感じた。
これ以上、調べ続けるのは無理だ。また出直そう――そう考え始めたところで、イオアンはダマリらしき男を見つけたのだった。
地下牢の端にある穴で、囚人はひとりだけ。体を丸めて、背中を向けている。顔は分からないが、並外れて体が大きい。
イオアンは男の真上まで移動すると、壁の上に膝をついて、
「ダマリ……」
と小声で呼びかけてみた。
男が身じろぎしたような気がしたが、それ以上反応しない。
さらにイオアンは身を乗り出し、
「カルハースとエルの友人だ。お前に会いに来た」
と話しかけた。
熊のような男がおずおずと顔を上げたが、すぐに怯えた表情で頭を隠した。イオアンが振り返ると、棒を握ったスロルが仁王立ちで見下ろしていた。




