第15話
第15話
「地下牢? そんなものがあるのか?」
と驚いたイオアンが尋ねると、頷いた獄吏長が、体を小さく縮こませた。
「いままで閉鎖しておったのですが……」
「閉鎖? 何か問題でもあるのか?」
「イオアン様、順を追って話しますから、どうぞお聞き下さい」
と獄吏長が頭を下げた。
「昔は使われていたのですが、衛生状態が良くないと、私の父の代に閉鎖されたのです。それが近頃は、次から次へと罪人が送られてくるものですから、牢獄塔では収まりきらなくなり、やむを得ず、溢れた囚人をそちらへ……」
「その地下牢はどこにあるんだ」
「牢獄塔から離れたところにございますが、通路でつながっております」
「そうかあ……」とイオアンは頭を抱えた。
救出先が、牢獄塔から地下牢に変わった――防衛塔の図面なんて何の意味もないということだ。だが地下牢のほうが侵入しやすければ、カルハースたちにとっては朗報と言えるのかもしれない。
「では、地下牢はどんな場所だ?」
「古い地下水路の施設を改装したもののようです」
「地下水路の施設?」
「私も詳しくは知りません。数十年ぶりに再開したものですから。管理している息子のほうが詳しいでしょう」
「しかし、牢獄塔に入りきらないなら、なぜ役人に伝えない?」
「もちろん伝えました。もう止めて下さいと。しかし、ギイス伯爵の命令のようで、役人たちも逆らえないようです。なんでも〈暁の盗賊団〉とかいう凶悪な者たちを捕まえるためだとか……イオアン様は御存知ですか?」
「いや、まったく」イオアンは首を振った。
当てが外れたが、こうなると、その地下牢を確認する必要があるということか。ダマリがいるのかも、本当か怪しいものだし……。
「その地下牢を案内してくれないか?」
「イオアン様がですか!?」
「困ることでもあるのか? つながっているんだろう?」
「つながってはおりますが……」
と獄吏長は狼狽えた。
「狭くて暗い通路ですし、地下牢はじめじめと不潔なところです。イオアン様のような方にお目にかけるような場所ではございません」
「承知の上だ。どんな環境か気になる」
「しかし……」
と獄吏長がまだ躊躇っている様子を見て、イオアンは背中の鞄に手を入れた。
「これで認めてくれないか?」
「これは……!」
と驚いた獄吏長が手にしているのは、鈍い光を放つ金貨だった。
「このようなものを、私が頂くわけには……」
「それで、少しは生活も楽になるだろう」
「イオアン様はなぜ、そこまで……」
と獄吏長は目を潤ませた。
「日の当たらない者たちの待遇にまで、お気遣いして頂けるのですか?」
「それが、上に立つ者の責務だからな」
居心地が悪くなったイオアンは椅子から立ち上がった。
「さあ、その地下牢を案内してくれ」
※ ※ ※
年老いた獄吏長は、少し片足をひきずり、杖をついている。通路の奥の鉄格子の扉の鍵を開けると、カンテラを持って歩き始めた。
手掘りの通路は天井が低く、背の高いイオアンの頭がぶつかりそうだった。ダマリという巨体のオークには、かなり窮屈になるだろう。この通路がどこまで続くのかは分からないが、完全な一本道だとしたら、ここを獄吏たちに塞がれた場合、どうしようもなくなってしまう。
しばらくすると階段になり、獄吏長が後ろのイオアンに語り始めた。
「このように私は足が悪いものですから、地下牢のことは、すべてスロルに任せております」
「一人で管理できる規模なのか?」
「地下牢ですか? そうですね、できなくはありません。大変ではありますが、末息子のスロルには地下牢が合っているのです」
「ドワーフなら、誰でも地下が好きなんだろう?」
「ははは、それだけではないのです。スロルだけは後妻の子でしてな、歳もかなり離れておりますし、兄弟が虐めるのです。それで地下牢なら、スロルは一人で安心して働けるというわけです。兄弟は地下牢を嫌がっていますから」
「獄吏長は高齢だろうに、後妻とは頑張ったな」
「牢獄塔には何の楽しみもありませんし、妻を亡くすと寂しいものです。それで気立てのよいオークの囚人を選んで、妻にめとったのです」
「驚いた。ドワーフではないのか?」
「我々一族は、誇りをもって牢獄塔を管理しておりますが……」
と獄吏長は悲しそうに答えた。
「他のドワーフたちはそうは思っておりません。ここに嫁ぎたいというドワーフ娘は、もうおらんのです。日が当たらないというのは、よその鉱山と何ら変わらないと思うのですが……さあ、ここが入口です」
階段を降り切った先にあるのは、また頑丈そうな鉄格子の扉だった。
獄吏長は鉄格子に顔を近づけると、
「スロル、どこにいるんだ! ス、ロ、ル!!」
と暗闇に向かって叫んだ。
しばらくすると灯りが近づいてきた。鉄格子の扉の前に立ったのは、イオアンより大きな男で、どうやら母親の血を引いたらしい。太陽を浴びていないような青白い肌をして、頭には髪の毛がほとんど生えていなかった。
「スロル、お客様だ」
「おきゃくさま?」とスロルが訊き返した。
体だけ大きくて、まだ子供なのかとイオアンは訝しんだ。
「いいから鍵を開けてくれ」
と獄吏長が頼むと、もたもたとスロルは大きな手で鍵を取り出し、鉄格子の扉を開けた。獄吏長がスロルに命じた。
「この方はイオアン様という偉い人だ。この方にここを案内するんだ」
地下牢の中に入ってきたイオアンを見て、ゆっくりとスロルが復唱した。
「イオアンさま、えらい人」
「そうだ、いいぞ、スロル!」
と獄吏長が褒めた。
「お前の役目は、怪我などしないよう、イオアン様をお守りすることだ」
「イオアンさま、守る」とスロルが繰り返した。
「では」
と獄吏長はイオアンに頭を下げると、外に出て、鉄格子を閉めた。
「ちょっと待て!」
とイオアンは鉄格子の棒を握りしめた。
「獄吏長のお前が案内してくれるんじゃないのか?」
「私は足が悪いので、落ちたりすると危険ですから……」
と獄吏長は言い訳すると、
「上で仕事の続きをしますので、見学が終わったら、また声を掛けて下さい」
という言葉を残して、階段を昇っていってしまった。
「おい、この男と二人きりにするつもりか!」
とイオアンが叫ぶと、
「大丈夫。イオアンさま、守る」
と脇から、スロルが再び鉄格子の鍵をかけた。
「大丈夫……なのか?」
イオアンはスロルのほうを振り返った。
知性を感じられないだらしない笑み。しばらく洗っていなさそうな服を着て、左手にカンテラ、右手には長い棒を持っている。ずいぶん力はありそうだが、危険ではなさそうに見えた。
「まあいいか……スロル、そのカンテラを渡してくれ」
とイオアンが頼むと、素直にスロルは手渡した。
扉をくぐったときから気になっていたのだが、真っ暗なせいで、地下牢がどうなっているのか、まったく分からない。
カンテラを持ったイオアンは、数歩足を踏み出した。
だが、真っ暗な地下牢は、空っぽの巨大な空間だった。
独房のような構造物は何もない。
どういうことだ――?
イオアンがカンテラを左右に振ると、今度は暗闇から、亡霊のような呻き声と、鉄鎖が擦れる金属音が聞こえてきたのだった。




