第14話
牢獄塔の一階は大きな円形の空間になっている。
入口は床より高いところにあるので、扉をくぐったイオアンは、薄暗い内部を一望することができた。
二週間前に来たときより物で溢れている。豆が入った樽、囚人の糞尿桶、拘束具の山、折り重なった死体――それらの臭いに吐き気を感じたイオアンは、とっさに口元を押さえた。
転ばないよう、イオアンはゆっくり階段を降りた。ネズミが足元を走り抜ける。
中央に螺旋階段への入口があり、頑丈な扉で閉ざされている。その前で囚人は口の中まで検査を受け、金品を剥ぎ取られ、拘束具をつけられて、上の階へ連れていかれるようだった。
ダマリを救出するには、あの扉を突破しなければならない。
イオアンは一階を見回した。
暗くてよく分からないが、ここには数人のドワーフの獄吏がいる。みんなイオアンの胸までの高さで、ぶ厚い胸に丸太のような手足。それ以外に働いているのは、外に出ることを許された従順な囚人なのだろう。
意外にも巡回する兵士はいない。独房のある上階にはいるのだろうか? いなければ好都合だが、カルハースたちがダマリを救出しようとすれば、屈強な獄吏たちが阻止するはずだ。
だが、カルハースたち〈首なし騎士団〉は、日頃は辺境で魔物相手に戦っている。棍棒を持った獄吏ふぜいでは敵わないだろう。一人を助けるために、大勢の血が流れる。それは避けられない犠牲――と片付けてよいものなのか?
頭を横に振ったイオアンに、
「親父は奥ですよ!」
と獄吏の一人が遠くから叫んできた。
イオアンは手を挙げて応えると、獄吏長に会うために奥の通路へ進んだ。
通路に入ると、左側の金属の扉が開いていた。殺風景な小部屋で、中央に人が横たわれるほどの大きな台が置いてある。綺麗に掃除してあったが、床には赤黒い染みがあった。前回は扉が閉ざされ、女の悲鳴が聞こえたのだ。
深く考えないようにして先を進むと、いい匂いがしてきた。
通路の右側に厨房があり、そこから漂ってくる。中を覗くと、巨大な鍋の前で、女のオークが囚人の食事を作っていたのだが、イオアンに気づくと、恥ずかしそうに身を隠してしまった。
牢獄塔の料理人だろうか?
自然を好むオークが、こんな閉鎖空間で働いているとは珍しい。
通路は鉄格子の扉で行き止まりになっており、その手前の部屋に獄吏長がいた。通路に背を向けて書類に没頭しているので、イオアンに気づかない。
イオアンが咳ばらいをすると、振り返った獄吏長が、
「あああ、イオアン様!!」
と椅子から立ち上がり、感極まったようにイオアンの手を両手で握りしめた。
イオアンはそっと手を振りほどくと、
「邪魔ではなかったかな?」
と部屋を覗き込んだ。
小さな部屋の中は、おびただしい書類や囚人の衣服、鉄鎖、禍々しい尋問道具が、足の踏み場もないほど散乱していた。
「すみません! 散らかっておりまして……」
と獄吏長はひとつしかない椅子を、イオアンに勧めた。
「どうぞ、こちらへ」
椅子に座ったイオアンに、獄吏長は、
「あなた様のような高貴な方に、私どもの職場をご覧になって頂けるとは、まことに光栄でございます。今日はどのようなご用事でしょうか? 前回お教えした、女の囚人向けの拘束法は満足して頂けましたか? よろしければ今日は新しい、もっと効果のある結び方をお伝えできますが……?」
と提案した。
「もう結び方はいいんだ」
と断って、イオアンは深呼吸した。
「それより今日は、牢獄塔の上層を見たくてね」
「上、でございますか?」
それまでイオアンに対して、尻尾を振る犬のようだった獄吏長の態度が、急に歯切れの悪いものになった。
「あまり、お勧めはしませんが……」
「軽くでいいんだ。時間は取らせない。私が勝手に見て回るから」
「いや、そういう訳には……」
と獄吏長は渋った。
「イオアン様に何かあるといけませんし、いまは人手が足らなくて、整理も行き届いておらんのです。そのような状態をお見せするのは心苦しく……」
「では、囚人の一人だけ会わせてくれ」
「……面会でしょうか?」
「いや、面会ではない」
と慌ててイオアンは否定した。
「話さなくていい、ただ遠くから眺めるだけでいいんだ。巨体のオークがひと月前に収監されているはず。アルケタからも聞いて、興味をもったんだ」
「ああ、あのオークですか……」
と獄吏長は思い出した顔になったが、
「いや、おやめになったほうが……見ても楽しいものではありませんし」
と首を振って、やんわりと断った。
「構わない。どの階にいるんだ?」
「あの囚人は……ここにはおらんのです」
と獄吏長がのろのろと答えた。
「牢獄塔にいない!?」
とイオアンはショックを受けた。
「まさか……拷問にかけて、あの男を殺したんじゃないだろうな?」
「いえいえ、ちゃんと生きております!」
「では、どこだ! 銀鉱山に流罪にでもなったのか?」
「どうかイオアン様、落ち着いて下さい。あの男は……地下牢にいます」
と獄吏長が怯えたように告げた。




