第12話
いままでの会話を思い返したイオアンが、
「……ちょっと待て。婚約式は三日後と言ったな。最終日のパレードはどうなる? 日取りが被るんじゃないのか?」
とアルケタに質問した。
「まさにそれだよ……」
とアルケタが死んだ魚のような眼をした。
「聞いた話じゃ、婚約式をパレードに組み込むみたいなんだ」
「パレードに組み込む?」
「いつもなら〈冥界の女王〉を載せた山車が広場に到着して、その後、生贄の儀式をするだろ? 今年は儀式の前に、婚約式を披露するつもりなんだ」
「披露って、いったい誰に?」
「だから、大勢の市民と招待客にだよ」
とアルケタが説明した。
「俺たちの婚約式は、櫓の上の桟敷席で執り行うんだ。まあ想像してみてよ。正装した俺とドルシアが登場し、下の広場の、数千いや数万の市民たちから祝福される。招待した名家の連中も拍手喝采するってわけさ」
「それは……確かに盛大だ」
とイオアンは驚き、しばらく言葉が出なかった。
「だが、それでは生贄の儀式がぶち壊しになるんじゃないか? おそらく神聖な雰囲気は生まれないだろう」
「そう思うよ。だからギイス伯爵は怒ってるんだ。儀式の主役は伯爵だからね。伯爵は反対したけど、結局、公妃様が押し切ったらしい」
アルケタの話を聞いて、イオアンが考えていたのは別なことだった。
アルケタの婚約式によって、例年以上に人が集まるなら、パレードの警備にも力を入れるだろう。つまり牢獄塔の守りは薄くなり、脱獄が成功する可能性が高くなる。どうやら、強い風がこちら側に吹いているようだ――。
「……兄上、聞いているのか?」
気がつくと近衛兵の兵舎の前だった。まわりを見渡すと、目の前の練兵場では、兵士たちが掛け声をかけて汗を流している。
「ここで会議だったな」
「とにかく、晩餐会に顔を出してくれよ!」
「私はセウ家の嫡男として、婚約式には賛成だ」
とイオアンはアルケタに向き直った。
「私が結婚できないのは、お前も知っているだろ? それに、たったひとりの兄としても、お前たちには幸せになってもらいたい。だから、今夜は出席しない。ナイト伯爵夫妻やドルシアたちには、よろしく伝えてくれ」
「兄上……」
すがりつくような弟を振り切って、イオアンは歩きだした。前方には、八階建ての牢獄塔が間近に見えている。圧倒されるようだった。
しっかり観察し、今夜の会合でカルハースたちと相談しなくては――そうイオアンが決意を固めていると、
「兄上、待て!!」
と追いかけてきたアルケタが、イオアンの袖を引いた。
「アルケタ、もう話は終わったはずだぞ!」
とイオアンは厳しく言い聞かせた。
「いいや終わっていないね。兄上はどこへ行くつもりだ」
「え、どこって……」
「まさか、牢獄塔じゃないだろうな?」
「そんな……まさか……」
「惚けるなよ!」
とアルケタは、イオアンの前に立って睨みつけた。
「二週間前にも入ったろ? 衛兵に止められたら、アルケタの許可はもらっているとか、勝手に俺の名前を出したそうじゃないか。獄吏長からも報告が上がってるんだ。囚人のことを根掘り葉掘り聞かれたって」
「そ、そうだったかな……?」
「いまは〈暁の盗賊団〉のことで、ギイス伯爵もピリピリしてるんだ。余計な問題は起こさないでくれ。また入るなんて論外だからな!」
「そんなつもりでは……」
「じゃあ、どういうつもりだよ。急に牢獄塔に興味をもつなんて!」
「歴史的な経緯に興味があるんだ。その……珍しい建築物だからな」
「あのさあ……」
とアルケタはイオアンの顔を覗き込んだ。
「最近ちょっと兄上は変だぜ? ブッケルムが盗まれた一カ月前からだ。屋敷に戻らなかったり、牢獄塔には入ったり……いったいどうしたんだ?」
「どうもしないさ……」
とイオアンは弟から顔を背けた。
「ただ、心のおもむくまま生きたいだけだ。病弱な私だって、少しぐらい人生を楽しんでもいいだろう」
「そんなつもりで、俺は言ったんじゃないよ……」
と困った顔をしたアルケタが思いついた。
「そうだ、こうしよう! 兄上、取引をしようぜ!!」




