第11話
大図書館から出たイオアンは、さっそく気になることを質問した。
「重要な新情報とは何だと思う?」
「そんなの分かんないよ」
とアルケタはうんざりしたように答えた。
「いつもそう言って伯爵は大袈裟に騒ぎ立てるんだ。振り回されるこっちはいい迷惑さ。あんな話は忘れたほうがいい」
「そうなのか……」
確かに、アルケタの指摘通りかもしれない。長くギイス伯爵と働いてきたのだから。だが、簡単には聞き流せない情報だった。脱獄計画に〈暁の盗賊団〉の助けを借りるという、イオアンの企みに直接関係してくるのである。
「しかしだぞ、わざわざ大図書館まで、お前を探しに来たんだ。今回ばかりは伯爵が正しい可能性もあるんじゃないか?」
「いいや、ないね」
とアルケタは即座に断定した。
「あんな密偵たちの情報なんてあてにならない。だいたい兄上は、どうしてそんなに気にするんだよ?」
「その……市民は連中の噂でもちきりだからな」
「ふうん」とアルケタは胡散臭そうにイオアンを眺めた。
二人は建物に挟まれた路地から〈陰の街道〉に出た。もう昼過ぎで、夏の日差しが強い。さらに宮殿前広場へと進むと、遠くには、まるで白鳥が翼を広げたように優雅な、大理石でできた白亜宮の姿が見えた。
白亜宮には、五つの帝国属州を治めるタタリオン家の総督府が置かれていた。そのまわりには石畳の大きな広場がある。この広場は屋台などで、いつも賑わっているのだが、いまは〈死者の日〉の祭りとあって、さらに混みあっていた。
「さっきの話だけど……」
屋台で食事を済ませると、アルケタが話しだした。
「兄上は今夜、ナイト家で晩餐会があるのを知ってる?」
ナイト家は、タタリオン家に従う五つの伯爵家のうちのひとつである。
「もう夜の食事の話か?」
とイオアンは揶揄うように言った。
「聞いてはいないが……それがどうかしたのか?」
「やっぱりそうか……俺は招待されてるんだけど、頼みというのは、兄上にも参加してほしいってことなんだ」
「参加って、そのナイト家の晩餐会にか?」
「そう」
「お前はそれを頼むために、わざわざ大図書館までやって来たというのか?」
「頼むよ」とアルケタは弱った様子で頷いた。
「だが、急に言われてもな……」
イオアンの一族であるセウ家は、他の伯爵家とあまり仲が良くない。緊張関係にあると言ってもいい。だが、その中でもナイト家だけは例外だった。それは、温厚なナイト伯爵の人柄が大きいかもしれなかった。
人見知りのイオアン自身も、子供の頃から何度かナイト邸は訪問しているので、数少ない寛げる屋敷だった。ただ最近は、大図書館を任されて忙しくなり、ナイト伯爵とその家族に会ってから、かなりの時間が経っていた。
久しぶりに訪ねてもいいな――と思ったイオアンだったが、
「ああ、駄目だ、行けない!」
と声をあげた。今夜はカルハースたちとの会合がある。
「どうしてさ? 兄上は用事なんてないだろ。頼むから来てくれよ」
「私にだって用事ぐらいあるさ」
だが、脱獄計画の相談があるとは言えなかった。
「お前こそ、どうして私を誘うんだ。一人で晩餐会を楽しめばいいじゃないか。ドルシアにも会ってくればいい」
ドルシアはナイト家の三女で、アルケタの婚約者でもある。その名前を聞いたとたん、アルケタは重たい溜息をついた。
「だからさ。たぶん今夜の晩餐会では婚約式の話になる。一緒に来てもらって、中止するように説得して欲しいんだ。話の上手い兄上なら、伯爵夫人も聞くと思うから。止められるとしたら、今夜が最後だと思う」
「待て待て」
とイオアンは慌てたように言った。
「何を言ってるのか分からない。だいたい婚約式とは何だ?」
「三日後にドルシアとの婚約式をやるんだ。それも大勢の前でね……」
「ドルシアが相手なのは分かるが、婚約式なんて初めて聞いたぞ」
「それは兄上が〈フリュネの誘惑〉に入り浸ってるからだろ。急に決まったんだ。戦地にいる父上も了承している。もちろん出席はしないけどさ。いちばん強く進めているのは、ナイト伯爵夫人と公妃様みたいなんだ」
「ああ、サディア様か……」
「もしかして、兄上は何か知ってるんじゃないのか?」
「いや、まったく知らないな」
と答えながらイオアンは、丸太を担いだドワーフの大工たちを避けて歩いた。
いま宮殿前広場では、〈死者の日〉の祭りの最終日のパレードのために、三階建ての木の櫓が組み立てられていた。イオアンのような上流階級の者たちは、その上の桟敷席からパレードを観覧するのである。
「だが、べつに悪い話じゃない!」
とイオアンは周囲の喧騒に負けないように大声を出した。
「そういうしきたりに私は疎いほうだが、両家の絆を強めるのには、いい機会なんじゃないのか?」
「無理してやることないじゃないか」
「だが、両家の親族は賛成しているんだろ? 何が不満なんだ?」
「不満じゃないさ。ただ、しばらくしたら俺はスペクリ城に行くんだ……」
とアルケタは遠い目になった。
「数か月、いや数年は帰ってこれないかもしれない。前線で命を落とす可能性だってある。それなのに出発前に、慌てて式を挙げることなんてないよ……」
「まあ、こういうことは一族が決めることだからな……」
「ドルシアは、まだ十四歳だぜ?」
「お前は十九だろ。べつに婚約式として早くはない」
「あの子が可哀そうだよ……」
宮殿前広場を渡りきった二人は、無言で右に曲がり、北宮の前を通り過ぎた。鬱蒼と木々が生えたマルス神殿の前を進むと、前方に近衛兵の駐屯地が見えた。さらにその向こうには、黒々とした牢獄塔が建っていた。




