一ノ3 ツンデレ来航
二学期の初日は、憎たらしいくらいの快晴。
朝、いつものチャイム。
「らっくん、あさ」
「……おう」
会話IQ、二。平常運転や。
俺は塀の上で欠伸をかまして、二人の背中を見送った。
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その夜のこと。
「なおや、あのね、聞いて聞いて」
小雪の学校報告は、いつも平和で、だいたい似たような話。
曰く、体育館のバスケットゴールが新しくなった。
曰く、購買のメロンパンが十円値上がりした。
俺は香箱を組んで、半分寝ながら聞いとる。相槌は尻尾でええ。猫の特権や。
「今日ね、転校生が来たの」
耳が、ピクッと動いた。
猫の耳は正直やねん。
「……ほう。どんなんや」
「すっごいの。モデルさんみたいなの。髪がきらきらの金色で、目が青くて、お人形さんみたいなの」
おい。
「スウェーデンから来たんだって。西園寺千尋ちゃん、っていうの」
カタカタカタカタ、と俺の中でラブコメデータベースが全力で回り始めた。
金髪。碧眼。二学期初日、転校生。
ほんで「西園寺」て。名字からして格式が漏れとるやんけ。
役満や。
属性だけで役満やぞ、こんなもん。
「それでね、お昼休みの廊下がすごかったの」
「廊下?」
「他のクラスの人がいっぱい見に来るの。三年生の先輩まで。教室の後ろのドアのところに、ずらーって並んで」
動物園やんけ。
転入初日で、もう全校に知れ渡っとるっちゅうことか。
ほんで俺は、思い出してもうた。
いつかの朝、塀の上で自分がかました台詞を。
『この様子やと、金髪ツインテールのツンデレでも来ん限りは安泰やろ』
…………。
俺やんけ。
フラグ立てたん、俺やんけ。
三万時間も観てきて、あの型の台詞が百発百中で回収されることくらい、知っとったはずやろ俺。
「ちなみにやけど、その子、髪はツインテールとちゃうやろな?」
「え、すごい! どうしてわかったの?」
小雪の無邪気さが眩しい。
「いや、もうこんなんお約束やん」
「へー、そんなお約束があるんだ」
ほんで、だいたい幼馴染は負けてまう。そんなん言えるわけなかった。
次の日から、小雪の夜の報告は、千尋ちゃん一色になった。
「千尋ちゃんね、英語の授業で教科書読んだだけで、拍手が起きたの。先生より発音がきれいなんだよ」
「今日ね、数学の小テストが返ってきたの。千尋ちゃん、転校してきたばっかりなのに満点。うちのクラスで満点、千尋ちゃんだけだった」
「体育はバレーだったんだけどね、千尋ちゃんのサーブ、ばしーん! って。廊下の窓に、男子がいっぱい張りついてたんだから」
完璧超人か。
報告を聞く限り、非の打ち所っちゅうもんが一個も見当たらへん。
「あとね、今日ね、千尋ちゃん、三年生の先輩に告白されたんだって。体育館の裏で。見てた子がいて、もう学校中その話でもちきり」
「……ほう。ほんで、どないなったんや」
「『ごめんなさい。お気持ちだけ、いただきます』って。それでね、そのあと先輩の部活の話とか聞いてあげて、最後は先輩のほうが『いい子だなあ』って笑って帰ったんだって」
……おいおい、なんやそれ。
断っとんのに、断られた側の好感度が上がっとるやんけ。
外交や。高校一年の応対ちゃうぞ。
誰も傷つけへんと、誰の顔も潰さへん。
完璧や。完璧、以外の感想が出てこおへん。
ほんで、報告しとる当のご主人は。
「千尋ちゃんってかわいいよね。お友だちになれるかなあ」
目をキラキラさせとる。
毎晩、楽しそうに、転校生の実況をしとる。
あんな、ご主人。よう聞け。
金髪碧眼ツインテールの転校生っちゅうのはな、ラブコメの世界では主役級のヒロインや。もちろんツンデレ。
とは、言わんかった。
言うてどうすんねん。
ライバルの配役解説したって、この子の顔が曇るだけやろが。
なあ、頼むからちょっとは警戒してくれや。
お前が毎晩楽しく実況しとるその子はな、型どおりに行ったら、お前の恋敵になんねんぞ。
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夜中、俺は腹の上の指定席で考えとった。
幼馴染 vs ツンデレ。
平成ラブコメ、最大の古典問題や。
数々の名作が挑んで、数々の幼馴染が散っていった、あの二項対立。
正直に言うてええか。
――ちょっと、ワクワクしてきたぞ。
三万四千九百時間の視聴者としては、これ以上ない配役や。
純度百パーセントの正統派幼馴染に、完璧超人の金髪碧眼ツインテール。
脚本の神様がおるんなら「ええ仕事してますなあ」て、拍手のひとつも送りたなる。
せやけど、データは言うとんねん。
この配置、だいたい幼馴染が負ける。
……俺は腹の上で、寝返りを打った。
いやいや。現実はアニメちゃうし。
だいたいな、毎晩あんだけ聞かされとる報告の中に、千尋ちゃんとらっくんが絡んだ話なんか、一個も出てきてへんのや。
接点がなけりゃ、恋は発生せえへん。物理法則や。
こっちには幼稚園からの十六年のストックがあるし、朝も一緒に行っとるし、隣は定位置や。なんなら屋根の下に自称ラブコメ監督の俺までおる。
空想の統計と、生身の十六年や。さすがにな。
大丈夫やろ。
俺は警報を、頭の中からかき消した。
学校に偵察に行くことも、考えるには考えたんや。
塀を三つ越えて、校庭の桜の木に登れば、教室くらい見えるかもしれん。
……ま、そのうちでええか。
腹の上、あったかいし。
配役は揃った。
舞台は二学期。
俺は、まだ客席に座っとった。




