零ノ3 転生課
痛みは、なかった。
水の冷たさも、衝撃も、走馬灯の続きもなかった。
目開けたら、蛍光灯やった。
知らない天井。白い壁。リノリウムの床。
長椅子がずらっと並んどって、俺はその端っこに座ってた。
手には、番号札。
「四七二番」。
……あの世、番号札かい。
電光掲示板には「ただいまの呼び出し番号 四〇八」。
壁にはポスターが貼ってある。
「転生は計画的に」
「お呼び出しの際、魂の忘れ物にご注意ください」
三途の川はどこ行ってん。
閻魔様は。天秤は。お花畑は。
三十二年ぶんの死後観を返せ。俺の死後、市役所やないか。
一時間ちょい待たされた。
死んでからも待たされるんかい、と思ったけど、考えたら俺、生きとる間もずっと何かの待合におったようなもんやからな。
むしろ番号札もろただけ、現世より進んどるわ。
「四七二番の方ー、三番窓口へどうぞ」
行ったった。
どうせ死んどんねん。もう怖いもんなんかあるかい。
――三番窓口の職員は、めちゃくちゃ美人やった。
「嘘やん」て声出そうなった。
ラブコメやったらメインヒロイン確定の顔や。
黒髪のロング、伏し目の睫毛、白い指。
胸元の名札に「宮藤」。
そして目が、完全に、月曜朝の事務員やった。
「四七二番、馬場直哉さん。三十二歳。死因、飛び降りによる溺死。相違ないですか」
声もCV. 天宮雨か言うくらいええ声してんのに、抑揚が宅配の不在通知やねん。
こんな美人に人生で一回も出会わんかった俺が、死んだ途端に出会えてるあたり、神様の意地の悪さが分かるわ。ほんま神様税務署くらい性格悪い。
「……まあ、合うとるわ」
「相違なし、と。処理を進めます」
パソコンをカタカタやり始めた。
あの世にもパソコンあるんかい。しかも型、俺の差し押さえられたやつより古いぞ。
「経歴を確認します。最終学歴、大学中退。在籍三週間」
「おい」
「職歴、なし。納税実績、ほぼなし」
「おいって」
「前科一犯、傷害。死因、自殺。自殺は減点対象です」
「人の三十二年を不在通知のトーンで読むな!」
宮藤さんは、まばたき一個で俺の抗議を処理した。
美人のまばたきて、あんな事務的にできるんやな。
俺は腕組んで、椅子に浅く座り直した。
ええよ、読めや。どうせ死んどんねん。減点でもなんでもしたらええわ。
「査定が完了しました。馬場直哉さん、あなたの転生先クラスは――」
転生先? 転生というオタク御用達ワードに興奮した。転生、ほんまにあるんか?
ちょっとだけ、期待した。
橋の上で、神様に注文は出しといたからな。
もしかしたら、ほんまにハーレム王になれるんちゃうかってな。
「――ウジムシです」
「…………」
「ウジムシィ!?」
窓口に身を乗り出した。
宮藤さんは一ミリも動じんと、モニターをこっちに向けた。
転生クラス早見表、みたいな画面やった。
ピラミッドの図があって、上から人間、その他哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、て並んどって、その底辺の、さらに欄外みたいなとこに、おった。
ウジムシ。
「待て待て待て。やり直せ。査定ミスや。絶対どっかで桁間違っとるって」
「査定は現世の実績に基づき、客観的に算出されます」
「俺はな、ラノベ作家になる予定やってん。当たったら億稼ぐ男になるんやぞ」
「予定は実績に含まれません。それにラノベ作家になったら億稼げるなんて浅はかな考えかと」
この女、毒舌がすぎんか。
「なる予定やった、っちゅう熱意はどうなんねん」
「熱意は数値化されません。異議申し立ては受け付けておりません」
定型文や。
全部定型文で返ってくる。こいつAIなんちゃうか?
三十二年間お祈りメールすらもらう側にならんかった俺が、死んでから全文お祈りメールで殴られとる。
ちゃうやろ。
こういう時はあれやろ、クールに見えて実は、っちゅうやつやろ。
俺は知っとんねん。クーデレは遅効性や。
こういう子が三巻あたりで初めて笑うから売れんねん。
……せやけど宮藤さんの目には、三巻どころか続刊の気配すらなかった。
「処理を確定します。最後に、参考情報を確認します。規定ですので」
宮藤さんがファイルをめくった。
分厚い別添資料や。俺の人生に別添なんかあったんか。
めくる手が、止まった。
「アニメおよび漫画作品視聴時間、累計三万四千九百時間」
「おう」
二十四で割って、千四百五十四日。三百六十五で割って、だいたい四年。
三十二年の人生のうち、まるまる四年。寝もせんと飯も食わんと、アニメと漫画だけ観続けた計算になる。
……合うとるわ。恐ろしいことに、ちゃんと合う。
「同分野書籍購入、七千四百冊。うち六千二百冊、遊技費用捻出のため売却済み」
「手放したんとちゃう。あれは出向や」
「円盤の発売日購入、二百十六枚。うち同一作品の重複購入、六十四枚」
「観賞用と保存用や。常識やろ。布教する奴がおらんから布教用はないけどな」
「全二百十六枚、同じく売却済み。同じく遊技費用」
「…………あれも、出向や」
……妙な話やけどな。
ちょっとだけ、救われた気したんや。
三十二年、俺の好きなもんを数えてくれたやつなんか、一人もおらんかった。オカンも、担任も、ハロワの職員も、数えたんは俺の欠席と空白だけや。
それが死んだ途端、あの世の役所が、七千四百冊を一冊も取りこぼさんと数えとる。
俺の人生、誰にも看取られへんかったけど、数えてはもろたわ。
「供述調書の写し。動機を問われ、回答、『俺の人生や』」
宮藤さんは、その一枚を、他の書類よりちょっとだけ長く見とった。
ほんで顔上げて、初めて俺の目を見た。
デレか? と思ったやろ。
俺も思った。
ちゃうかった。検品の目やった。
「査定外項目『特定分野への傾倒』において、プラスの異常値を検出しました。測定上限を超過しています」
「せやろ。ほなハーレム王――」
「規定第百十二条。査定外項目に上限超過が認められた場合、一クラス以上の格上げを行うことができる。適用します」
カタカタ、ターン。
「馬場直哉さん。あなたをウジムシから、猫に格上げします」
「……猫かい」
「猫です」
「せめて人間ちゃうんかい。飛び級とかないんかい」
「規定は『一クラス以上』です。二クラス上げました。当課としては出血大サービスです」
出血大サービスのトーンも不在通知やった。
書類が三枚出てきて、宮藤さんはハンコを三回押した。
シュコ、シュコ、シュコ、て。
俺の来世が、シャチハタで確定していく音や。
「なあ、せめて転生先どんなとこか教えてえや。異世界か? 剣と魔法か?」
「規定により、死後五営業日以内に転生処理を行います。本日はまだ三日目です。期限内です」
「いや、答えになってへんやろ。営業日て何や。あの世の土日て何や」
「処理を実行します」
「おい、待て、心の準備が」
「では、次の方ー」
床が、抜けた。
実際に抜けたわけではないんやろうけど、抜けたような浮遊感に苛まれる。
落ちていく俺の耳に、宮藤さんの声が、最後にひとつだけ届いた。
「――当課は、再来庁のないことを祈っております」
なんやそれ。
「またのご来庁をお待ちしております」の裏返しかい。
客に二度と来るなて言う窓口、初めて見たわ。役所やのに愛想の欠片もあらへん。
落ちながら、俺は考えとった。
ウジムシよりはマシや。それは間違いない。
ほんで猫いうたら、あれやろ。
ラブコメにおける猫っちゅうのは、割とええポジションあるんちゃうか。
美少女の膝の上、っちゅう指定席がある職業やぞ。
……あれ?
これ、もしかして、悪ない転生なんちゃうか?




