第9話・底知れぬ事実
ふたりの人間が目の前で消える様を見たエヴァルスら3人は、微笑むガインを見つめていた。
「素晴らしいでしょう?これこそ神の御業、私は御威光を賜ったのです!」
自分が成してしまったことの意味もわからない老人は、興奮気味に天を仰いで両手を広げた。
薄暗い洞窟で目に映るのは、土くれしかないだろう。
しかしガインの目には居るわけもない神の姿を映しているいるようだった。
「何を……したんだ……」
部下を、世話していた子どもを目の前で消されて状況も受け入れがたい隻腕の男が絞り出した言葉は洞窟内に反響する。
「ご覧になったでしょう?まるで奇跡、汚らわしいものを消し去る御業を!」
ガインは目を見開くと視線をゆっくり下ろしてくる。
「……浄化魔法か」
エヴァルスが溢した言葉にガインは眉を引きつらせる。
王都にあった文献に記されていた魔法の一種。
聖なる光を以って対象を消滅させる、言葉の通り奇跡の業。
その用途は力の乏しい者が魔物から身を守るために授けられたと言い伝えられている。
つまり魔物や自らの身を害するものに向けるために生み出された、邪を退けるための魔法。
文献の中には厳しい修行に耐えた、清らかな者が会得できると書かれていた。
しかし目の前にいる老人が”清らかな者”とは到底見えなかった。
エヴァルスとタンクの視線はガインの胸で輝く魔石に注がれていた。
「魔法だなんて。私は授けられたのです」
あくまでも自分を選ばれた存在と誇示したいガインは魔法であることを否定する。
「私は選ばれた。ゆえに私に害成す者、役に立たない者は神からの天罰が下るのです。いやぁ、ゴミが消えると清々しい」
ガインの物言いにエヴァルスは道中襲い掛かってきたために縛った者たちのことを思い出す。
「ここに来るまでにいた人たちは」
「さぁ?私はただ真っすぐ歩いて来ただけです。まぁ善意で掃除なども致したかもしれません」
その言葉にエヴァルスは銅剣を握りしめる。
「浄化魔法の範囲は狭い。近付かなければ大丈夫!」
他者をいとも簡単に消滅させる浄化魔法だが、その弱点は範囲の狭さだった。
身に降りかかる障害を祓うと言われるだけのことはあり、その範囲はせいぜい腕を伸ばす範囲程度。
先ほどの発動時間を考えると魔石が光ってから発動までズレが生じるようである。
「おっさん、返すわ」
タンクは預かっていた鎌を男に投げる。
飛んでくる鎌を難なく受け取ると肩に担いでガインに向き合う。
「クロスだ。ヤツを殺す、手伝え」
クロスは口の端から血を滲ませながらガインから目を離さない。
浄化魔法の力を目の当たりにして、ひとりで向かい合うほど冷静さを失っていなかった。
「殺すのはダメだ。罪を償わせよう」
エヴァルスの言葉に目だけを動かし鼻を鳴らす。
「お利口な意見どうも。あいにく田舎育ちでね」
クロスはエヴァルスの言葉を受け取らず再びガインに視線を戻した。
「しかしどうする。捕まえるにしてもいつ浄化魔法打たれるか」
「魔石を壊すことができれば」
さすがにガインが自らの力で浄化魔法を会得したとは考えられない。
授かったと言っている以上、誰かから渡されたものであるのは明らか。
しかも以前から使えていたのであればわざわざエヴァルスたちをクロスの元に送り込む必要は無いだろう。
浄化魔法の魔石を渡されたのは、エヴァルスたちがこのサクル山に向かうまでの短い時間。
「つまり、慣れてないってことか?」
すでに紋章を光らせたタンクが拳を構えてガインに向き合う。
「ご相談は終わりましたか?」
3人の様子を歪んだ笑みで眺めていたガインだが、とうとう焦れてきたようだ。
手をかざすと見えない衝撃波が3人に襲い掛かる。
距離があるので吹き飛ぶまで行かないものの、鈍器で殴るような勢いが3人に走る。
「遠くてもこれだけの威力って卑怯じゃねぇか?」
タンクは手をひらひらと振りながら吐き捨てる。
「だが、やはり最初より弱い」
唯一至近距離で攻撃を受けたクロス。
距離があれば威力が下がることを伝えるとゆらりと歩き出す。
「おい、おっさん!」
「近付かなければ意味のないのはこちらだ」
クロスはじりじりと歩みを進める。
「ほっほ。バカが!」
真正面から歩いてくるクロスに手を向けて衝撃波を放つ。
その動きに合わせて肩に担いだ鎌を振り下ろすと、地面がくぼみ土煙が立つ。
「バカはどっちだ。目に見えないかも知れないが”ある”んだろう?だったら潰せばいい」
ガインは目を見開く。
「あり得ない!魔法だ、魔法だぞ!?そんな力技で防ぐなど!」
ガインはうろたえ”奇跡の御業”を忘れたように喚く。
そして手をかざし次々に衝撃波を放つ。
しかしクロスはすべて叩き潰し、かち上げ、逸らす。
ただのひとつも避けることなくじりじりと進んで行く。
クロスの身体能力があれば衝撃波に正面から向かうことなく躱すことも容易だろう。
それにも関わらずひとつ残らずあえてぶつかるというのは、ガインに対しての圧力以外、理由は考えられなかった。
その執念とも言える行動をエヴァルスとタンクは見守ることしかできなかった。
ついにあと5歩といったところまで近付くとガインは声を裏返した。
「愚かな!私には神のご加護がある!」
かざしていた手から光がほとばしる。
「遅い」
クロスはその光が膨らむ前にまるで時を盗むような速さでゲインの目の前に駆るとかざしていた腕に向けて鎌を振り下ろす。
肩からばっさりと切り落とされた腕は回転しながら宙を舞った。
「う、ぎゃぁぁ!?」
「17年前、お前がくれた痛みがわかったか」
その落とされた腕は、確かにクロスが無くした腕と同じ右腕だった。
「ひ、ひひひ……愚かな。この程度の邪魔で奇跡が止まるなどと思うな!」
引きつった笑みを浮かべるガインの言う通り、腕が無くなっても胸の魔石の光は消えることなく、より強くなっていく。
「クロスさん!」
「おっさん!」
ふたりの叫びもむなしく、クロスの身体は魔石の発する光に包まれていった。
「あ、ははは!どうだ!神に選ばれし者に逆らった咎!その身で味わうが……」
耳障りな高笑いが光の収束と共に途切れる。
同時に、エヴァルスとタンクも言葉を失った。
「まだやるのか」
その理由がガインを見下ろしている。
浄化魔法の光に包まれたクロスは消えることなく鎌を突きつけていた。
「ひっ!?バカな、バカなぁ!?」
確信した勝利を裏切られ、老人は無い腕の肩を押さえながら走り去っていく。
そこには落ちた腕だけが現実であることを告げていた。
「……仇、取らなかったんですね」
エヴァルスが声をかける。
てっきりそのまま鎌を振り下ろすと思っていた。
しかしクロスは小さく答える。
「アイツらが還ってくるなら、そうしていたさ」
その感情の籠らない言葉を受けエヴァルスは剣を地面に突き立てた。
「ボクが、いけないんです。皆さんを縛ろうって言ったのは、ボクです。そんなことをしなければ……」
その言葉を聞いてクロスはゆっくりと顔を向けた。
「お前、謝れば済むと思ってるのか。アイツらの命はそんなに軽いか」
先の言葉と同様、温度の無い言葉。
クロスはそれだけ告げると外に向かって歩き出した。
「どこへ」
「あのジジイが全員消したとは限らない」
それだけ告げるとクロスは進んで行くのだった。
「ひぃっひぃっ!なぜだ、なぜあんな汚らわしい者が、神の思召しを!」
浄化魔法が効かず、腕を落とされたガインは息も絶え絶え森を駆けていた。
ばっさり開いた肩口の傷からは駆ける度に赤い命がとめどなく流れる。
すでに永くないことが一目でわかる量の血だまりが道標を作っていた。
「私は、神に選ばれたのだ!こんな、こんなところで……!」
「なんだぁ、負けちゃったの?」
既に顔が青白くなったガインの前に赤い髪の女がクスクス笑いながら木に寄り掛かっている。
「魔石まであげたというのに……やっぱり俗物は俗物ね」
「き、貴様か!こんなニセモノを掴ませおって!」
現れた女にガインは噛み付く。
既に目の焦点が定まっておらず、不用意に近付いていく。
「ニセモノ?どういうこと?」
「すべての人間を消せるなど言いおって!そんな効果無いではないか!」
ガインは血に濡れた手で女に胸倉を掴む。
自らの服が汚れることに眉をひそめると、ガインの胸にある魔石にそっと触れた。
「なら、試してみる?」
女が魔石に触れると、今までとは比べ物にならないほどの光が輝いていく。
みるみる光に包まれていくガイン。
その意味は自らが行なったことで充分に理解していた。
「……嫌だ、こんなところで消え」
それ以上、ガインの言葉が続くことは無かった。
乱れた呼吸も、失われていく血潮も。
胸に魔石の付いた服を遺して肉体はすべて消え失せたのだった。
「ちゃんと効くじゃない」
服を破り、魔石だけ取り出すとべろりと長い舌を這わせる。
「あーあ、もう少し遊べると思ったのに……仕方ないわねぇ」
女はひどくつまらなそうにその場を後にする。
後に遺ったのは、引き裂かれた血濡れの服だけだった。
クロスと共にサクル山の洞窟を抜けていく道中、3人の予想通り縛った部下は誰もいなかった。
エヴァルスとタンクが部下を縛ったところに点々と遺された服を見るたびにクロスは歩みを止めて黙とうをする。
ひとりひとりに捧げる祈りは短いものだった。
ただ誰ひとりに対しても静かに膝を折るのだった。
洞窟から抜けると血の道が続いていた。
「追いかけますか」
クロスはゆっくり首を振った。
「やるつもりなら腕など落とさんさ」
それ以上のことをふたりは聞けなかった。
血の道標は街へと続いていた。
必然、街に戻るのであれば血を追うことになる。
エヴァルスは視線を高めにして、極力その血の道を見ないようにしていた。
しかし、延々続くと思われた血が途切れ、そこにガインの服が落ちていたら否応なく膝を降ろしてしまう。
「……魔石が、ない?」
手に握る服に、間違いなく付いていた今回の元凶が消えている。
そして血の跡もここで途切れていた。
「……因果応報、か。こんな皮肉な神なら要らないな」
クロスのこぼした言葉は、3人の気持ちを代弁するものだった。
クロスはそれ以上同行しなかった。
街に行く理由はない、それだけ語ると洞窟に戻っていった。
引き留める理由が見つからなかったエヴァルスとタンクは足をサクルの街へ向ける。
管理するガインがあんなことになってしまったが、街の人間すべてが同じ考えではないという期待を持っていた。
重い足取りを引きずるようにサクルに向かうと、初めて訪れた時と同じように門扉が閉じられていた。
しかし違うところがあった。
門番が居ない。
初めて来たときはあれだけ警戒をむき出しにしていたにも関わらず、だ。
エヴァルスの胸にざわめきがよぎる、それはタンクも同じようだった。
「誰かいるか!」
タンクは一声かけて門扉に手をかける。
答える者が居ない予感は当たり、乱暴に扉を開いても誰も咎めることはない。
街は静けさに包まれている。
元より賑わいがあるわけでは無い、閉鎖的な街だった。
だから子どもが誘拐されたと言いつつ捨てるようなことをしていたのだろう。
ガインの態度でその嫌な予想は充分に立っていた。
だが。
エヴァルスとタンクが目にしたのは。
持ち主を失った服が散らばる1本道だった。
「……エヴァ、やめよう」
「誰か……誰か!!」
タンクの制止を聞かず、エヴァルスは街の中に駆け出していった。
誰でもいい、ひとりでも街の人が見つかればいいと何度も人を呼びながら走るエヴァルス。
しかし見つかるのは服、服、服。
着ていた主を失い、ぬくもりを失い。
命を失った抜け殻のみ。
「うわっ!」
足をもつれさせてその場に転んでしまう。
思い入れなどない、この街。
だからと言ってこんな無意味な消失を目の当たりにして、何も感じてないわけなど無かった。
「……エヴァ、行こう」
タンクは後ろから手を差し伸べる。
エヴァルスは黙ってタンクの手を取った。
ふたりは誰もいなくなった街を後にした。
サクルの街は、消えた。
その原因が人間の悪意であることを知るふたりは、その事実をどう受け止めていいのかわからずにいた。




