第10話・絶望を拭って
サクルを後にしたふたりはしばらく口を開くことは無かった。
足元でうぱが鳴くもエヴァルスは抱きかかえてそのまま歩き出す。
ふたり……特にエヴァルスは暗い顔を隠そうとしなかった。
目を閉じれば、地面に数多の服が広がっているいる光景がまぶたに焼き付いていた。
その元凶であるガインが同じ目にあったことは想像ができた。
だからと言ってサクルの人たちが、洞窟にいたクロスの部下たちや子どもが消えた事実が覆ることは無いのだが。
「うぱ、うぱぱ」
うぱがエヴァルスの腕の中で励ますようにぽんぽん叩く。
そんな様子のうぱの頭を優しく撫でた。
「うん、ボクは大丈夫。大丈夫だから」
うぱが何を言っているのか理解しているわけじゃ無い。
だが、うぱの顔を見てエヴァルスは微笑んだ。
「切り替えよう。オレもそうする」
タンクがそう切り出すとエヴァルスは頷く。
「オレらに何かできることは無かった。それより、だ。問題はジジイに魔石を渡したヤツがいるってことだ」
そのことはエヴァルスも当然わかっていた。
ガインだけじゃない。
以前戦ったシュクも氷の魔石を持っていた。
「ガインさんに魔石を渡したのも魔王の配下、かな」
「かも知れない。違うかもしれない。……全員潰すだけだ」
タンクの声は低く、漏れ出る怒気にうぱは「みっ」と鳴いてエヴァルスの腕から抜け出した。
そしてタンクの足を何度も蹴り上げる。
「……なんだよ、文句あるのか」
タンクはうぱの脇を持って自分と同じ目の高さに持ち上げる。
うぱはじたばたしながらタンクの腕を蹴っている。
「……たぶん、怒るんじゃないって言ってるのかな?」
エヴァルスの言葉を受けてうぱはうんうん頷く。
「だけどうぱ、怒るくらいは怒らせてよ。ボクたちにはそれくらいしかできないんだから」
タンクの腕を蹴るうぱを受け取りながら再び抱きしめる。
かすかに震える腕で、落とさぬようにしっかりと。
タンクは無言でうぱの頭を撫でる。
「わかったよ。あんなクソジジイのことは忘れる。オレらの目的は、魔王だけ。そうだろ」
「うぱっ!」
うぱは嬉しそうに手をじたばたさせる。
「あら、珍しいですね」
ふたりと1匹の空気が緩んだ時、さらに緩んだ声が聞こえてくる。
唐突に聞こえた声に振り向くふたり。
そこにはすらりとした女が立っていた。
首を軽く傾けて薄く笑みを浮かべた、どこか世間ズレした印象を受けるヒトだった。
「いきなり声をかけてすみません。旅のお方がこんなところに居るなんて」
手を口元に持っていってくすくすと上品に笑う。
その行為に毒気が抜けたふたりは警戒を緩める。
「い、いえ。あなたもこんな森で何を?」
近くにある街はサクルのみのはず。
そこから歩いて来たにしてもそれなりの距離がある。
ひとりで、しかも女性が目的も無しに歩いていていい場所じゃない。
エヴァルスの言葉に女は手に持ったカゴを軽く持ち上げる。
「この辺りは木の実が豊富でして。よく来るんです」
「そんな理由で?」
お世辞にも武力があると思えない人物が、たかが木の実程度の理由で出歩く事実に驚きを隠せないふたり。
その反応を見て再び笑いかける。
「じゃーん。実はこれを持っていると魔物が寄って来ないのです」
女がカゴの中から取り出した1枚の札。
手のひらより少し大きいその札には見慣れない模様が描かれていた。
武器も持たない、力弱い女がひとりで魔物うろつく森で呑気に木の実採取などできるだけの効果を発揮する道具。
しかも見た目は模様の描かれた紙きれ。
その事実にふたりは目を丸くした。
「そ、そんな物があるんですか?」
「ええ、聖女さまから賜りました」
『聖女?』
ふたりは同時に聞き返す。
「私の住む村にいらっしゃる神に選ばれた尊い御方です」
女はすっと腕を肩と平行に上げると一点を指さした。
「この先、まっすぐ進めば日が傾く前に着けますよ」
「あなたは?」
「もう少し集めたいのです。ご心配せずとも日が落ちる前には帰りますので」
カゴを持ち上げてにっこり微笑む女。
エヴァルスは何か言いたげだったがタンクが肩に手を置いた。
「わかった。気をつけてな」
ふたりは女に別れを告げると、指し示した方向へ進んで行く。
笑顔で手を振りながら見送った女は吐息を漏らしながら今までと打って変わったような低い声でこぼす。
「アレが私のおもちゃを壊してくれたの?嫌だわぁ、あまりに何にも気付かないからやる気なくしちゃった」
手に持っていた札を離すと、風に流れていく。
カゴを投げ捨てると落ちた場所に血だまりが拡がっている。
「しかし、あのケモノなんなのかしら……」
手をアゴに持っていくと軽く首を傾ける。
女が現れてから、唯一警戒し続けていたうぱ。
女が行動に移さなかった理由はうぱのことを図りかねていた理由も大きい。
「まぁ、いいわ。あの村を生きて出られたらまた会いましょ」
そして女は興味を失ったかのように無表情になる。
次の瞬間には音もなく姿を消していた。
残ったのは、元々のカゴの持ち主。
その無残な亡骸だけだった。
空が赤くなり始めたこと、ようやく目に見える範囲で人の集落が見えた。
小高い丘から見下ろす形となっているふたりはもうしばらく歩けば女の言った村に着くことに胸を撫で下ろす。
「もう少しだな」
「あの人、本当に戻ってくるのかな」
「大丈夫だろ、慣れてそうだったし」
「うぱっ!」
女の話が出るとうぱがエヴァルスの腕を叩く。
「痛いって。落ち着いてよ」
「……いてー!」
声が聞こえる。
その方向を確かめるために上を向いた途端、タンクの顔に人が落ちてきた。
そのまま倒れ込むタンク。
視線を降ろしていくエヴァルス。
口を開けているうぱ。
タンクの立っていた場所には尻もちを着いて頭を掻いている子どもが座っていた。
どうやら生い茂る木に登っていたところから落ちてきたようだった。
「いてて……退いてって言ったのに!」
よく見るとあちこちに擦り傷を作って、右手に布を巻いている子どもが自ら潰したタンクに向かって吠えている。
強引に身体を起こして子どものおでこを指で突く。
「いきなり落ちてきて避けれるか!このクソボーズ!」
「ボウズ!?アタシは女だ!」
まだ10歳にも届いていないであろう子どもは一見の性別はわかりにくい。
髪も短く、木から落ちてきた行動で男の子と勘違いしたタンクは致し方ないことだろう。
「ならガキだ!人の上に落ちてきたんなら謝れ!」
「アンタがそこにいなければ良かったんだろ!」
とんでもない物言いだが、勢いだけはある反論にお互い熱が上がっていく。
「オレが下敷きになったおかげでケガしなかったんだろ!」
「下敷き……あー!アタシの尻触ったな!」
「触ってねぇよ!」
「タンク、こんな子どもに……」
「うぱー……」
「お前ら……!」
味方と思っていた者たちからの白い目に言葉を失うタンク。
「……あれ?アンタたち、誰?」
「今さらかよ!」
素に戻った落下娘はふたりが初対面であることに気付いて首を傾げた。
「人に名前を聞く時は自分から名乗れ!」
「ボクはエヴァルス、この子は」
「うぱっ!」
まだ噛み付くタンクを無視し名前を告げる。
うぱは手を上げる。
「エヴァ!」
「相手は子どもだよ。こっちはタンク。キミはあの村の子?」
「うん。アタシはミリィ。こんなところまでどうしたの?」
素直に名乗ったミリィは膝や尻を払いながら立ち上がる。
「ボクら、あの村に向かってて。聖女さまって知ってる?」
エヴァルスが聖女の名を出すと露骨に顔を歪める。
「なに?アンタらも聖女目当て?」
「アンタら”も”」
「下らない。奇跡なんてあるわけないじゃない」
奇跡という言葉にふたりは顔を見合わせた。
「それって魔物を遠ざけるってこと?」
「……あぁ、そっちか。魔物避けは確かだもんね」
固くなりかけたミリィの態度が少し和らぐ。
「さっき聖女さまのお札を持ってる人と出会ってね。少し話を……タンク」
むくれてしまったタンクはうぱの手を持ってバンザイさせていた。
「良いだろ、そんなガキに関わらなくても」
「こっちだってお断りだ!」
再び火種を燃やすふたりからうぱが逃れてため息を吐いている。
「仲良くって何より」
『良くない!』
同時に叫ぶふたりになにか既視感を覚えるエヴァルス。
タンクとうぱが出会ったときのことと思い出すとうんうんと頷いた。
「これからボクら、村にお邪魔するから。ミリィちゃんも帰るでしょ?それなら一緒に行こ?」
エヴァルスはいっそ図太いと言える理屈でミリィと村に行く提案をする。
タンクは顔をしかめながら腕を組む。
同行することに反対では無いようだ。
「……アンタらが勝手についてくるだけなら」
ミリィも出会いが悪いだけでふたりのことを警戒していないようだった。
「それより、手を出して。アンタも!」
ミリィは服の裾を細く割くと2本の帯を作った。
そしてふたりの手を引っ張ると右手に布を覆っていく。
「それ、村の中では取らないで。絶対だよ」
「それってどういう……」
「良いから!できないなら村に入らないで」
タンクが聞き返したという理由ではなさそうな勢いに、ふたりは意味もわからずに頷く。
「よし。……ところでアンタらお金持ってる?」
ミリィに同行してもらうのは結果として正解だった。
ふたりでは見つけられなかった丘を降りる道で下ると随分と早く村にたどり着くことができた。
もちろん人の道というよりも獣道、歩くうちに草木が倒れた道であったのだが。
「ミリィはよくあの丘に行くの?危なくない?」
距離は近いとはいえ、丘を挟んだ森の中。
子ども……しかも女の子がひとりでいるには危険であることは間違いなかった。
しかしミリィは得意げに鼻を擦る。
「魔物は木の上まで来ないんだよ。だから木に登っちゃえば諦めていなくなるんだ」
「もししつこい奴だったらどうするんだよ」
「あーえー……ここがアタシのウチ!」
言葉に詰まったミリィが目の前の家を指さして扉を開く。
誰がどう見ても誤魔化したとしか見えなかったが、そのことをわざわざ指摘するほどのことでは無かった。
「ただいまー。お母さん、お腹空いたー」
ミリィに続くと中で調理場に立つ女性。
「おかえり……あれ?ミリィ、そちらの方々は?」
見慣れぬふたりを見ると首を傾げた。
エヴァルスたちは軽く名乗って頭を下げる。
「まぁ、こんなご時世に旅を?まだお若いでしょうに」
おっとり微笑むミリィの母は確かに成長した姿に見えた。
「オクと申します。ところで……おふたりがミリィと会ったのはまさか森の中ですか?」
「え、そうですけど」
エヴァルスの答えを聞いたオクは微笑んだまま軋むような動きでミリィに向き直る。
「やー、疲れちゃったなぁ!アタシはもう寝……」
「ミリィ!またそんな危ないところに!あれほど、あれほどもうしないように言ったのに!」
「大丈夫だよぉ、ちゃんと気を付けてるから……」
「森に入っている時点で気を付けるもありません!」
ごもっともすぎる正論でミリィを叱りつける。
その様子を見て、声を上げずに笑っているタンク。
「アナタたちも!」
逃げ出そうとするミリィの首元を掴んでいるオクはくるりと振り向いて、視界にふたりをしっかり捕える。
「ふたりで旅?まだ子どもなのに!?どんな理由があるのか知りませんがいけません!」
「うぱー」
「アナタも!……アナタは、なんですか?」
間に入ったうぱを見るとじっと見て不思議そうにまじまじと眺める。
「うぱ?」
合わせて首を傾げるうぱとオク。
「じゃ、じゃあそろそろおいとまを……」
「ダメです。もう暗くなります。泊まっていってください、良いですね!」
ミリィはため息を吐きながら天を仰いだ。
あまりの勢いに苦笑いを浮かべるエヴァルスとタンク。
うぱだけが首を揺らして楽しそうにしていた。




