第8話・ヒトの悪意
「ふぅ、これでいいか」
タンクは8人目の賊を後ろ手で縛って地面に転がした。
無力化された賊は「離せ、離せ」と喚いているが、都合8回も繰り返せば相手にもしていられない様子だった。
「うぱ、行くよ」
捕えた賊の顔に炭の粉で落書きをしていたうぱはエヴァルスに呼ばれると走って追いかけてきた。
サクル山の洞窟に着くとすぐに賊が襲い掛かってきた。
いきなりの襲撃だったが最初に出てきた賊はふたり。
あくまでも荒くれとはいえ人の強さである以上エヴァルスとタンクの敵ではなかった。
ふたりとも紋章の力を使うこともなく相手を制していった。
あくまでも今回の目的が子どもを連れ戻すこと。
そのため一旦無力化するために手を縛るに留めていた。
その後、洞窟の中で何度か襲撃が入るが繰り返しになってしまっていた。
「お前らさ、そんなに弱くて大丈夫なのか?」
「大きなお世話だ!……痛ぇ!」
タンクは最後にひと押し必要の無い締め付けを加えて先に進む。
エヴァルスが灯している松明を掲げながら追いかけるタンクを待っていた。
「しかし、本当にコイツらが子どもを攫ったのか疑わしいな」
次々に現れる賊たちを息を乱すことも無く捕えていくうちにタンクは疑問を抱いた。
「ボクもそう思う。それについても話を聞かないと」
今、ふたりが子どもを助けに来ているというのはあくまでも街で言われた言葉しか情報が無い。
だが「子どもが攫われた」と言ってきた街の人間たちの、べったりとした違和感を拭えずにいた。
「ただなぁ。どいつも話さないからな」
捕まえた賊に軽く話を聞いてみても誰も口を開くことが無い。
エヴァルスもタンクも尋問や拷問の手管など持っておらず、わざわざ時間をかけて聞き出す理由も無かった。
このまま進んで行けば首謀者がいる。
その者に聞けばおのずとわかることだ。
「頭!半分やられました!」
部下からの報告を受けるとゆっくり頷いた。
「タダのガキじゃねぇってことか」
「すみません、情けなくて……」
部下たちの力を鑑みると、こちらの力が弱いわけでは無い。
曲がりなりにもこの荒れた世界で外道働きをするにはそれ相応の力が必要になる。
それは自分が1番わかっていた。
だからコイツだけじゃなく先に出た奴らも決して弱くはない。
ひとりで魔物を狩れる程度に鍛えたつもりだった。
そいつらを、難なく。
「オレが出る必要があるな」
「か、頭の手を煩わせてしまって……」
部下の言葉で思わず顔を歪める。
こちとら、その手が1本ないというのに。
「残ってるのは」
「へい、オレだけです」
勢いよく返事をする部下の言葉に苦笑いを深めてしまう。
そんな景気良くする返事じゃないだろうに。
「仕方ねぇ。ガキどもの面倒を見ておけ。騒いだら黙らせろ」
「へい!」
小脇に置いておいた得物を支えにゆっくり立ち上がる。
ガリガリと引きずる跡が土に残る。
「久しぶりに楽しませてもらおうか」
洞窟を進むと拓けた空間に出る。
「ヘビとか出てこないだろうな」
タンクが笑えない冗談をこぼした後、顔を引き締める。
何かを引きずる音が奥から響いてきた。
「なんだ、本当にガキじゃないか」
ゆらりと進んできた男。
髪と髭が長く、鋭い眼光がふたりを捕らえていた。
手に持っている長い棒の先には反り返った刃が付いていた。
ふたりの視線が注がれていたのは得物の反対。
男の左腕がある場所には服の袖がたなびいていた。
長く垂れ下がった髪と髭、隻腕。
そして携えた大鎌がまるで死を司る存在に見えた。
「お前がここの頭か」
「見逃してやる、帰れ」
まるで問答をする気のない言葉を返す男。
「どういう意味だ」
「逆に聞きたい。何のつもりだ?」
男はひとつため息を吐く。
「街の連中にそそのかされたのか?ご苦労なことだ」
「誘拐犯が偉そうに」
タンクが構えながら吐き捨てると、男は先ほどとは違う、わざとこぼしたであろうため息を深く吐く。
「ここまで入ってきた相手をタダで帰す謂われもないか」
男は今まで引きずっていた鎌を肩に担ぐ。
足を引き半身を隠すように構えるとふたりを睨みつけた。
構えた瞬間に増した威圧感に遅れて構えるエヴァルスとタンク。
男は向き合って動けないふたりに首を傾げる。
「来ないのか。ならこっちから行くぞ」
男はゆったりとした歩みを進めてふたりに近付く。
別段素早く動いているわけでない男の歩み。
しかしふたりは間合いに入り込まれるまで反応ができずにいた。
「タンク、避けて!」
エヴァルスの声が聞こえた時にはすでに男が目の前に迫り、鎌を振り上げていた。
「ウソだろ!」
タンクは横に飛んだ。
その瞬間、もともといた場所に鎌の柄が振り下ろされる。
轟音。
鎌が振り下ろされた場所にくっきりと1本筋が地面に残っていた。
ゆらりと鎌を持ち上げると再び肩に乗せる。
避けて背後を取ったタンクは男に殴りかかるも身体を回して肩に乗った鎌の刃をタンクの首元に突きつけた。
「まだやるか」
「エヴァ!焼け!」
タンクの叫び声にエヴァルスは紋章を光らせる。
光と共に膨らんでいく炎。
エヴァルスの紋章に呼応するようにタンクのそれもまばゆくきらめく。
「いっけぇ!」
手を振り下ろすと充分に大きくなった炎がタンクと男に向かっていく。
地を這う炎はみるみるタンクを包んでいく。
男は炎を避けようと退こうと身を引くが、タンクが鎌の柄をしっかりと握っている。
「逃がさねぇ!」
しかし男は躊躇なく鎌を手放すと後ろに飛び退いた。
「タンク!今消す!」
タンクだけを焼いている炎の魔力を切るとゆっくり火は消えていく。
「あっちぃ!加減しろ!」
「してたら勝てないでしょ!」
タンクは転がりながら自らに点いた火を消していく。
鎌を手放すことになった男だが目を細めてふたりを睨んでいる。
「小賢しいマネを」
「うっぱぁ!」
にらみ合いの間に割り込み拳を突き上げるうぱ。
無言で抱きかかえるエヴァルス。
「何もないところから炎を出したり、生身でその炎に耐えるなど……お前ら、ただのガキじゃねぇな」
男から完全に無視されたうぱは何か叫んでいるが、揃って無視している。
「誘拐犯に褒められても嬉しくねぇ」
タンクの言葉に男はうっすら目を細める。
「仕切り直しといくか」
「おじちゃんをいじめるなー!」
隻腕の男が構えたところで奥から高い声が飛んでくる。
3人が視線を向けるとそこには幼い子どもと後ろから髭面の男が慌てて追いかけてきた。
「バカ野郎!面倒見てろって言っただろ!」
「す、すみません!でもコイツ抜け出して……」
「お前ら!おじちゃんいじめるなら、先にオレが相手だ!」
隻腕を”おじちゃん”と呼ぶ少年は小さな木剣をふたりに向ける。
「……どうなってるんだ?」
「おやおや、すでに決着が着いていると思ったら」
子どもの登場で空気が緩んだ時、もうひとりこの場にそぐわない声が響く。
そこに現れたのは街を管理し、エヴァルスたちをこの洞窟へ向かうように差し向けたガインだった。
「存外、情けないですね。こんな賊ひとり始末できないなんて」
「貴様……」
「ガインさん、どういうことですか。あなた確か子どもが誘拐されたとおっしゃっていましたよね」
今にも飛び出しそうな男。
エヴァルスはガインに向かって極力冷静であろうと問いかける。
子どもの様子と男の態度を見るに無理矢理連れ去ったようには到底見られなかった。
一目でわかることを指摘するとガインは喉を鳴らすように引きつった笑い声を漏らしている。
「おやおや、まさか旅のお方がこんな賊と組んで我が街を侵していたとは」
「まだそんなこと言ってるのか」
先ほどまで穏やかだった男は目を剥いて噛み付く。
その男を目を細めて見るとわざとらしく手を打った。
「あぁ、まだ生きてましたか。ずいぶんと風貌は変わっていましたが……どうです?片腕の生活には慣れました?」
「貴様……!」
ついに男は飛び出していった。
瞬く間に距離が詰まっていく。
しかしガインは落ち着き払って手を前にかざす。
「身の程を知りなさい」
ガインの胸元にある宝石が光ると目に見えぬ衝撃で男が吹き飛んだ。
「……なっ」
腹部に衝撃を受けた男は元いた場所に転がっていく。
エヴァルスは転がった男を支える。
しかしその目は胸で光る石から離せずにいた。
「魔石……」
「おっさん、それどこで手に入れた」
タンクにも見覚えのあった、胸で光る石。
魔王軍のシュクが持っていた石に似て見えた。
指摘されたガインはアゴに手をやると斜め上を見上げている。
「さぁ、どこでしたかな?日ごろの行いが報われたのでは?」
まともに受け答えするつもりはない様子を受け取り男は歯噛みした。
「ジジイ!おじちゃんに何したんだ!」
「おい、やめろ」
先ほど出てきた子どもがガインの前に突き進んでいく。
部下と思われる髭面が追いかけて止めるが、すでにガインの目の前まで進んでしまっていた。
「口の悪い子どもですね。間引いておいて正解でした」
「間引く……まさか子どもがいないのは攫われたわけじゃ無くて」
エヴァルスの言葉を受けてガインは否定することなくにっこりと微笑む。
「子どもなどいても何の役に立ちません。労働力になることのできない無用な者を飼っておく理由など無いでしょう?」
ふたりはガインの言っている意味がわからなかった。
他者を役に立つかどうかで判断するヒトがいることを理解したくなかった。
「そのことを理解できないあなた……17年前逆らえないように腕を落としたというのに生き延びているなんてね」
ガインは目の前にいる子どもに手をかざす。
「よく見ておくことです。身の程を知らぬ人間がどういう末路を辿るのか」
皆の脳裏に先ほどふき飛ばされた男の姿が浮かぶ。
「させるかよ!」
髭面が子どもの前に立つ。
先ほどの攻撃を身を挺して庇うためだ。
しかしガインはにやりと笑うと厳かに告げた。
「光あれ」
その言葉でひと際輝く魔石。
手から出た光は男と子どもを包み込む。
数瞬の後に光が消えた。
視界が戻った先に残っていたのは、ふたりが身に付けていた服だけが地面に落ちているのだった。




