【最終話】世界樹
オルガは何やら準備があるとかで一足先に帰り、1週間後にまた王宮に迎えに来た。5年前、ウィリアム陛下に許可をもらってすぐに自分でここを飛び出したけど、今はここに自分を迎えに来てくれる人がいる。
なんて幸せなことなんだろう…。
たった一週間しか離れていなかったけど、また公爵邸に帰ることができた。
急に出て行って、使用人たちに謝らなければならないなと思っていたら、彼らは何事もなかったように出迎えてくれて、ほっと胸をなでおろした。
「なんで、出ていっちゃったんですかぁ!」
ユリウスは泣いていた。オルガから託されていたのに、ウェンディが出ていったことに気が付かなかったことで、ずっと自分を責めていたようだ。対面してすぐに謝罪した。
オルガから、ウェンディは病気であることを告げられたようでよく気遣ってくれた。転ばないように手を支えてくれていたり、食事のときはあーんをしてくれる。ちょっと恥ずかしいけど、ユリウスの純粋な心遣いを無駄にはできなかった。
変化したことは、使用人の数がだいぶ増えたことだ。以前は必要最低限の人数で済ませていたのに、その3倍に増えた。カロライン曰く、これが本来の使用人の数なのだそうだ。今まで大変だったようである。
あとは、屋敷中に手すりができたり、段差が埋められたりしたことだ。一週間でこの広い屋敷を改造するとは、流石公爵家である。有難いけど、ちょっとやりすぎ感はある。ごめん。
しかし、三か月後には右足が動かなくなったから無駄ではなかった。階段を下りている途中でいきなり動かなくなったから、手すりがなければ階段から落ちて悲惨なことになっていた。その日、改めてオルガ様に感謝しといた。なお、夫婦の寝室は一階に移動した。
「部屋が変わると新鮮ですね!」
「毎日変えてやろうか?」
「そ、それはやめてください」
半年後、こっちの方が楽ではないかとオルガが車いすを買ってきてくれた。ユリウスが押してくれて、庭園を見に行ったりした。最近では、ユリウスがお花の世話をやってくれるようになっていて、とても頼もしい。お茶会で、仲のいいお友達もできたみたいで、ほとんどを屋敷で過ごす私に、外の話をたくさんしてくれた。
「それでね、お友達とポーカーをして勝ったんです!」
「へぇ、すごいわね!なんの役が出たの?」
「ロイヤルストレートフラッシュです!」
「あら~(とんでもない才能を開花させちゃったかしら)」
結婚4周年を祝った次の日に、左足が動かなくなった。朝起きたら動かなくなっていて、隣で寝ていたオルガを起こして、運んでもらった。車いすがあるから特に普段と変わらない。これから立つことできなくなるのは少し悲しいけど。それを知ってかオルガはよく抱きかかえてくれた。
「オルガ様、抱っこしてください!」
「……軽いな、ユリウスの方が重いぞ。もっと食え」
「食べてますって。成長期のユリウスと一緒にしないでください!」
その半年後に、目が見えなくなった。これはさすがに辛かった。ここ最近目が霞むようになってきたけど、あまりに突然のことでもう少しみんなの顔をよく見てるんだったと後悔した。私以上にユリウスが泣いてくれた。
「ユリウス、こっちにおいで」
「は、母上」
「顔を触らせてね、あら泣いてるの?」
「ち、違います!これは汗です!さっき父上と剣術の訓練をしていましたから」
「ふふ、そうなのね。訓練、頑張ってえらいわ」
結婚5周年を目前にして、私はベッドから動けなくなった。唯一最後まで動かせていた右手にも力が入らなくなって、もうすぐ死ぬんだなと何となくわかっていた。眠っている時間も長くなって、次に寝たらもう戻ってこれないだろうなとどこかで感じていた。多分、これで最後だろうと、みんなを呼んだ。口と耳が生きているのが幸いした。最後に別れを告げられるから。
オルガが横たわる私の手をそっと握った。でも、彼の温かな手の温度はもう感じられない。隣で泣いているユリウスの涙をぬぐってあげたいけど、手は動かない。カロラインとフィリスの嗚咽も聞こえてきた。彼らも悲しんでくれている。それがすごくうれしい。
きっと王宮にいたままじゃ出会えなかった私の家族。血は繋がっていないけど、心が繋がっている家族だ。
「みんな、愛してるよ」
精一杯笑みを浮かべているつもりだけど、ちゃんと笑えているのかな。
皆、笑ってね。幸せに暮らしてね。私は遠くに行っちゃうけど、ちゃんと見守ってるよ。世界樹になって、みんなを守るからね。
ウェンディの遺体は、王宮に引き渡された。
世界樹に身を捧げた聖女の体は世界樹の下に埋められ、世界樹に還すそうだ。公には、ウェンディは病気の末に死んだことになっている。
あれから、魔物の数は激減した。昔、戦場で一緒に闘っていた仲間たちも故郷に帰ってきたようだ。彼女の功績は誰にも知られることなく、魔物討伐部隊の帰還パレードは行われ、人々は彼らに感謝し、祝福した。
世界樹に埋められた聖女のもとに、オルガとユリウスだけは行くことを許可された。
彼女には身寄りもなく、彼女を良く知り、墓参りしてくれるような人は俺たち家族しかいない。ユリウスは、世界樹が聖女の墓だと認識しているようだけど、シャルナーク家を継ぐ時がくれば、いずれ彼女がどうしてここにいるのかを知ることになるだろう。
ウェンディ、俺たちはずっと家族だ。そこで、見守っててくれ__
願わくば、来世ではちゃんと家族になって、死がふたりを分かつまでずっとそばに。
面白かったら評価をお願いします!次回作もよろしくお願いします!




