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家族

オルガは残された一通の手紙を見て顔を青ざめた。


 病気?そんなに体が弱っていたとは思っていなかった。思い出してみれば、物落としたりすることが増えたような気がしていたが。


 苦しんでいる彼女に気づけなかった自分に腹が立ってくる。なぜ、出ていった。なぜ、話してくれなかった。頭の中で、手紙に書かれた内容がぐるぐると渦巻いて、オルガは頭を抱えた。


 病気なら俺が面倒を見る。この家を病院にしてもいいくらいだ。ずっとそばにいる。離婚はしない。


 簡単なことだ。彼女を連れ戻せばいい。彼女はここが嫌で出ていったのではないと確信があった。オルガは、急いで馬の手配をした。






「で、話とはなんだ。オルガ」


 ゆったりと椅子に腰かける王にオルガは拝礼する。

 突然押し掛けてきたオルガを、兵士たちが止めにかかったが、王の口添えですぐに謁見することができた。


「妻を帰していただきたい」

「はて、なんのことだか」

「とぼけるのもいい加減にしてください。妻の居場所は、王宮しか考えられません。彼女はここ以外知りませんから」


 王に対して厳しい口調で迫るオルガに、近衛兵が詰め寄ろうとしてくるのを、ウィリアムは目で制した。オルガは怯むことなく問いかける。


「病気とは一体どういうことですか。以前にも、ウェンディの体調について聞いていましたよね。何か知っているんじゃないですか」

「……オルガ、お主は王室に忠誠を誓えるか」

「は、」

「いくら夫といえども、ウェンディのそれは国全体に関わること。一介の臣下に伝えることはできん」


 普段はのほほんとしている王であるが、この真剣な瞳にオルガははっと息をのむ。そして、こくりと頷いた。ウィリアムは、近衛兵に下がるように言い、オルガと一対一で話せる状況を作った。それほど、ウェンディの持つ秘密は重大なものだったのだ。


「ウェンディは…」


 ウェンディは、捨て子だった。教会の前で捨てられていたのを神官が見つけ、洗礼の儀式の際に聖女であると判明した。聖女は、世界樹の守護者であり、この国に必要な存在であるため、代々王室が聖女を守るように言い伝えられている。それゆえ、王室は大事に大事に聖女を保護し、守ってきた。


 しかし、オルガが戦場に駆り出されたように、魔物が活発になってしまった。魔物が増加する原因は、世界樹の瘴気を浄化する力が弱まったからである。そのため、世界樹の守護者である聖女はその力を発揮することが求められた。


 聖女の力とは、すなわち、世界樹に生気を渡すことである。その命、体を世界樹に捧げ、世界樹の加護を復活させることが、聖女の本来の役割なのだ。


「そして、ウェンディは聖女の儀式を完了し、すでに世界樹に体を捧げているんじゃ」

「でも、彼女は元気だった…!」

「すぐに生気が吸収されるわけではない。弱っている世界樹に、徐々に渡されていくのだ。しかし…もって数年の命だろうな」


 言葉を失った。ウェンディがもうすぐ死ぬなんて考えられない。これまでの3年にわたるウェンディとの暮らしが次々と蘇ってきて、オルガの黄色い瞳が揺れた。


 「貴方は、彼女が若くして死ぬことを知りながら、王宮に一人で閉じ込めていたんですね」

 「…そうじゃ。人と関わりを持ち、外の世界を知れば、聖女の役目を放棄したり、王宮から逃げ出すことも考えるだろう。しかし、それはならん。この世界を救うためには聖女の犠牲が必要不可欠なのだ」


 彼女は王宮でなまぬるい暮らしをしてきたのではなかった。世間知らず、と今までからかってきたが、そうではない。徹底的に管理された退屈な暮らしをしてきたのだ。



「さて、今ここで話したことは国家機密じゃ。聖女を悪用されたらかなわんからな。オルガ、この国に忠誠を誓えよ」

「陛下。オルガ・シャルナークは命を捧げる覚悟で、国王陛下に、そしてこの国に尽くすと誓います。しかし、一つお願いがございます…」



 今此処が、俺が命を懸けるべき時だ____







***


さっきは静かになったのに、また騒がしくなってきた。


 大人しく自分の部屋で本を読みながら、今日は騒がしい日なんだなと考える。

 しかし、どうやらそのざわめきは、どんどんこちらに近づいてきている。


 泥棒…いや王宮にそれは考えられないか。


 不安な面持ちで、扉の先を見つめる。侍女はさっき出ていったきり帰ってきていない。多分、食事の時にまた呼びに来てくれると思うけど。


 大きな物音とともに扉が開いて、そこにいた人物を見てウェンディは本を落としてしまった。オルガだ。


 開いた口が塞がらないとはこういうことか。オルガはずんずんと近づいてきて、ウェンディはあまりの形相に腰が引けてしまう。


「陛下から全部聞いた」

「あ、はい」


 怒られている子どもみたいな感じになってしまっている。上から詰め寄ってくるオルガに身を小さくした。まさかまた会えるとは思っていなくて、驚きが隠せない。


 ああ、彼は全部知ってしまったんだ。何を言われるだろう。なぜ騙してたって責められるのかな。私が満足したらすぐに公爵家から出ていくつもりだったのに、思ってたよりあそこは居心地が良くて、大切な場所になっていた。結局、体がおかしくなるまでずるずる公爵家に居座り続けた、私の罪。



「なぜ俺と結婚したんだ」


 オルガはウェンディの隣に座って、力なく問いかける。見たこともない悲壮な表情だった。つらそうな彼の震える手を、唯一動かせる右手でそっと触れた。


「世界樹に体を捧げる儀式が成功した後、陛下がなんでも望みを叶えてやろうとおっしゃいました。私は…ずっとここで独りぼっちだった私は、家族が欲しいと望みました。だから、オルガ様と結婚しました」

「なら、ずっと一緒にいたらいい。一人になるな」


 その言葉を聞いて、ウェンディはぽろぽろと涙がこぼれた。甘い誘いだ。でも、これからウェンディの体はもっと動かなくなる。歩けなくなるだろうし、見えなくなるのかも。彼らには彼らの人生がある。煩わしい介護なんてさせられない。


「私は、お荷物ですよ」

 声が震える。嗚咽が出そうになるのを必死にこらえる。


「違う。家族だ」


 その言葉を聞いて、ウェンディは俯いて泣いた。声を出して泣いた。オルガは黙って、力強く彼女を抱きしめた。




 帰ろう、ウェンディ_____



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