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残された手紙

とうとう来てしまったのだ。


 屋敷に帰ったウェンディは、手のひらをぐーぱーと開け閉めした。手はちゃんと動いている。でも、あの時は動かなかった。お水の入ったグラスをとろうとしていたとき、ちゃんとグラスを掴もうとしていた。でも、手に力が入らなかった。


 そんなことは、今回だけじゃなかった。前から、時々食器を落としたり、本を落としたりすることが増えていた。


 自分が聖女であると確信することは今までなかったけど、ようやくこれが聖女の力が発揮されている証拠なのだとわかった。


 この結婚は期間限定。終わりはすぐそこまで来ている。でも、それを認めたくない自分もいる。口数は多くないけどちゃんと愛情をくれるオルガに、人の心配ばかりする心優しいユリウス。夫と子どもは本当にウェンディにとってかけがいのない家族になっていた。


「ユリウスが心配していたぞ」


 そっと部屋に入ってきたのはオルガだった。ここは二人の寝室で、夜は必ず一緒に寝るようにしていた。お茶会から帰ってから、ウェンディはこの部屋にこもって、「食欲がない」と言って夕食の席にもつかないでいた。


「ごめんなさい」

「今日のことは気にするな」


 優しく頭を撫でてくれるオルガに少し泣きそうになった。横に寝転んだオルガの胸に飛び込む。オルガは黙って受け止めてくれた。とくんとくんと、一定のリズムを刻む心臓の音を聞きながら、ウェンディは眠った。



 ウェンディは部屋に籠ることが多くなった。食事の席にも顔をあまりださなくなった。様子を見に行きたいが、ちょうど領地の視察が重なったオルガはもやもやした心情のまま、ユリウスにウェンディを託して、屋敷を出た。





 仕事が終わり、朝早くフィリスとともに我が家に帰ってきたオルガは急いで、寝室をのぞいた。よく眠れているだろうか、元気にしているだろうかと、ずっと心配だった。でも、ベッドはきれいな状態で、そこに彼女はいなかった。


 こんな朝からどこへ、と思いながらユリウスの部屋にも行くが、彼女の姿はなかった。嫌な予感がする。戦場で生活していたオルガのこの予感はよくあたる。急にぶわっと汗が噴き出してくる。


 いつも仕事をしている執務室に行くと、一通の手紙があった。昔、オルガがウェンディに贈った便せんだった。見たくない、けど見なければいけない。震える手で、手紙に触れた。





 拝啓 公爵様


 まずいきなり消えてごめんなさい。


 心配をかけてしまったでしょうか。公爵様が慌てる姿なんて想像できませんが、もしそうなら見てみたかったな、なんて思います。悪い女でごめんなさいね。

 ユリウスにも謝っておいてください。今度、一緒にケーキを作る約束もしたのに、私はそれを叶えられそうにありません。


 私は病気になってしまいました。最近、部屋に籠っていたのもそのせいです。黙っていてごめんなさい。今は病気の治療ができる安全な場所にいます。だから心配しないでくださいね。


 あと、離婚届も同封しています。私の欄は署名済みです。


 王命を断れないと知っていながら、公爵様を3年も縛ってしまってごめんなさい。でも、公爵様とユリウスのおかげで、私は本当に楽しかったです。あなた方の3年を奪っておいて、やっぱり私は悪い女ですね。


 最後に、2人とも体に気を付けて。公爵様はユリウスにちゃんと言葉をかけてあげてくださいね。


 ユリウスは公爵様を支えてあげてね。勉強も頑張って。


 3年間、本当にありがとうございました。




***


久しぶりに王宮にある自分の部屋に戻ってきた。


私が20年過ごしてきた場所。ベッドや本棚はここを出ていった頃のままだった。定期的に掃除がされていたみたいだ。多分陛下がウェンディがいつでも帰ってこれるようにしていたのだろう。ありがたい。



決心がついたのは昨日だった。


朝起きたら左手が完全に動かなくなっていた。それを見たウェンディの行動ははやかった。利き腕の右手が動くことを確認して、引き出しから便せんと離婚届をとりだした。離婚届は結婚してこの屋敷に来たときにあらかじめ持っていたものだ。とうとう、出番がきたのだなとしみじみ思う。


屋敷の人たちにばれないように王宮に使いをだして、馬車の手配をしてもらう。もう見納めかもしれないと、動かない左手を隠しながらユリウスとカードゲームをした。ちょっと不審がってたけど、「右手だけを使うゲームをしているの」というと納得してくれた。


最後にオルガの顔を見ることは叶わなかったけど、会ったら未練が残って決心がつかなかったかもしれないから、これでよかったのだと思うことにしている。



小さくノック音が聞こえて、顔をあげると、扉の前には国王が立っていた。侍女たちは自然に部屋から退出していった。


「どうだい、体調は」

「左手が動かなくなりました」

「そうか、まだ報告は上がっていないが、じきに魔物の数は減っていくだろう」

「はい、とても喜ばしいことです」


口ではそう言っていても、動かない左手を見て、ウェンディの心は複雑だった。


左手が動かないことと、魔物の数が減ることはリンクしている。

数百年に一度、世界樹が弱るときがある。世界樹が弱り、加護が薄れると、瘴気の増えて魔物が大勢生まれてくる。


そして、今の世界樹は弱っていた。世界樹の守護者である聖女は、弱った世界樹を再生させるため、体を捧げる義務がある。つまり、生贄となる。世界樹は聖女の生気を吸収することで、本来の力を取り戻すことができるのだ。


これから、ウェンディの体はどんどん弱ってくる。次第に、自分の意志で身体を動かすこともできなくなるだろう。でも、死ぬのは怖くない。生まれたときから、それは決まっていたことだし、聖女として王宮で贅沢な暮らしをしてきたのだから、その分をしっかり恩返ししていかなければならないと感じていた。


その時、王宮の外が騒がしいのに気がついた。近衛兵が、ウィリアム国王に近づいてひそひそと何かを伝えている。王は、ぽんとウェンディの肩に触れると、「では、またな」と言って出て行ってしまった。


一体なにがあったのだろうか。でも自分には関係ないことだと、気にしないことにした。



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