溢れんばかりのプレゼント
「どうしたんだね、ユニ君! その大量の荷物は!」
ライムが目を覚ましてから約三十分後、ユニは補給騎士用のリュックサックをパンパンに丸く膨らませ、帰宅した。
固い布地が中身におされてボコボコと変形している。
夕日の茜色をバックに、肥大化したシルエットを見てマリーが絶句した。
「色々、必要だと知っただけ」
「色々にしても、色々すぎるんだね! 中身を見せてごらん、中身を!」
「別に、マリーには必要ない」
「何を! それが人にものを頼んだ人間の態度かね。一応言っておくと、ボクは楽しく酔っぱらっていたところを君にバケツ一杯分の水をぶっかけられ、強制的に起こされ、快楽の剥奪と同時に命まで奪われそうになったのだよ。それでも、可愛いライム君のためと彼女を世話していたというのに!」
「そう、それはありがと」
「煽ってきただと!? ユ、ユニ君のくせに! なんか嫌の方向に進化しているんだね!!」
ツンと冷たい雰囲気のユニに、マリーがポコポコと怒って抗議の声を上げる。
しかし、ユニはマリーを無視してライムの側に跪いた。
「ライム、無事? 体に辛い所はない?」
ユニが至近距離にやってくる。
ふわりと優しい匂いがする。
どうしてもハグを要求してきた彼のことを思い出してしまって、自然と顔は熱くなり心臓もドギマギと鳴った。
妙に上ずった声で平気だと返事をすれば、ユニはホッとため息を吐いた。
「良かった、このままライムが目を覚まさなかったら、俺、どうしようかと思った。ライムのためになると思って、俺、色んなものを買ってきたんだ。見る?」
「うん。気になる」
ライムがキラキラと瞳を輝かせれば、ユニは少し嬉しそうに口角を上げてリュックサックの中身を次々に床へ広げた。
「わぁ! ご飯の缶詰がたくさん! 豆に、お魚に、果物。ベーコンとかウィンナーもある!!」
「うん。ライムが気絶をしたのは俺のせいだけれど、でも、体が凄く細くて弱そうなの、気になってたから。栄養をたくさん取って血を増やしたら、貧血もめまいも少なくなるって、医者が言ってた」
「そっか。ありがとう、ユニ。後で一緒に食べよう! ところで、こっちの可愛い瓶は? 見た所、食べ物じゃなさそうだけれど」
両手から少しはみ出る程度の大きな瓶。
ラベルにはライムの瞳と同じオレンジ色の花の絵が描かれており、デザインが非常に似通った物がこれとは別にもう一つ存在している。
茶色の瓶の中にはクリーム状の何かが詰め込まれているようだが、ライムの直感が、これは食べ物ではないと告げていた。
二対の瓶を持ってライムが首を傾げると、ユニはおもむろに一つを取って、蓋を開けてみせた。
途端に、ふわりと花のような爽やかで甘い香りが広がる。
「わあ、良い匂い!」
香りを嗅いで、ライムがうっとりとリラックスした表情になる。
ユニは彼女の様子を確認すると嬉しそうに瞳の奥を輝かせた。
「良かった。食べ物じゃないから、ガッカリされるかと思った。これは洗髪料。もう一つは髪を保湿して、サラサラにするやつ。まだ鞄から出してないけど、体を洗う石鹸もある。綺麗なタオルも用意した。ライムの生活、少し良くしたくて」
ユニは嬉しそうに、次から次へと生活雑貨や衣類を取り出す。
メイク道具や香油、寝間着に複数の普段着。
意外なまでに洗練されたユニのセンスは抜群で、どれもライムの好みを捕らえているか、あるいは非常に似合いそうな品であり、彼女の心をガシリと鷲づかむ。
特に、ふわふわとフリルのついたキャミソールワンピには惹かれたが、ライムは、これらを受け取ることはできないと首を横に振った。
「どうして?」
ユニが無感情な銀の瞳を寂しそうに濁らせる。
その姿がライムの胸をチクリと刺した。
淡い罪悪感に後ろめたさが乗る。
「だって、ここはスラムだもの。服を汚すのは嫌だし、城下町の人みたいにいい匂いをさせてさ、こんなに可愛い格好で出歩いたらカモにされちゃうよ。スラムで大切なことは目立たないことなんだから」
本当はライムだってユニの気持ちが嬉しかった。
誰かから自分のことを考えたプレゼントをされるのは久しぶりで、それも素敵な品ばかりだったのだから。
だが、それでもライムはそれらの品を自分が持っていてはいけないものだと判断した。
ライムの気持ちを汲んで、ユニは「そっか」と頷く。
「全く、ライム君もユニ君も真面目だねえ。いや、真面目ではないか、お馬鹿さんか」
つい先ほどまで空気と同化し、楽しそうな二人をニヤニヤと観察していたマリーがここぞとばかりに存在感を発揮する。
急に話しかけられたライムは驚いてマリーの方を振り返り、ユニはうるさそうに片眉を上げた。
「何?」
ユニが不機嫌に言葉を出す。
すると、マリーはニタァと白い歯を見せて嫌らしく笑った。
「ちょっと機嫌がよろしくないからって、ボクに八つ当たりするのは止めてくれたまえ、ユニ君。楽しくて、余計に笑っちゃいそうじゃないか」
「俺は楽しくない」
「そうかい。まあ、人から言われるがままになんでも受け入れて考えることを知らぬでくの坊では当然か。ロクに頭の回らぬ君では、お馬鹿さんなライムを説得する言葉さえ思いつかないのだから」
「別に。俺はそうかもしれないが、ライムは馬鹿じゃない」
「馬鹿だろう。だって、ユニ君という誰よりも強い騎士が自宅に入り浸り、常に自分を監視、もとい守護しているというのに、スラムの常識にとらわれて見えない何かに怯えているのだから。だいたい、ライム君がオシャレをしてすぐに殺されているなら、ボクもユニ君もとうに生きちゃいないさ」
スラムにおいて、ユニもマリーも非常によく目立つ。
マリーは毎日自宅に帰って風呂に入っているし、出勤時には化粧をしてパリッと糊の効いた白衣を身に着けてスラムへやってくる。
当然、非常に良い匂いがするし、何気なく身につけている眼鏡は最先端な技術の結晶だ。
宝石と同等の価値を持つそれを平気で見せびらかしてスラムを闊歩している。
また、ユニの方は生活水準をライムと全く同じにしているものの、生まれた持ったフィジカルが違いすぎるのか肌はツヤツヤ、髪はサラサラだ。
スラムに来た頃に比べて随分と薄汚れた騎士団の制服も、彼が着ればキリッと様になっていた。
どうあがいてもスラムにおいて悪目立ちする二人だったが、騎士としての見た目で周囲を牽制できるユニはともかく、見るからに非力なマリーでさえも平気でスラムの中にいる。
「そう言えば、マリーってよく単独行動するよね。どうやって生き延びてるの?」
「それにはちょっとしたコツがあるのさ。でも、スラム内を歩くだけならライム君の方が詳しいだろうね。大丈夫、喧嘩を売られたらユニ君に頼ればいい。どうせ汚い格好をしていても争いが生まれる場所なんだからさ、ここは」
マリーの理屈はだいぶ力業だ。
だが、確かにユニから貰った物を身につけられない、あるいは使用できないと言い切ることができない程度には説得力を持っていた。
ライムもマリーの言葉には一理あるかもしれないと感じ始めた。
しかし、それにも関わらずライムはやはり渋い表情を浮かべている。
「まったく、何がそんなに不満なのかね。初めてのことに挑戦するのが怖いのかね? それとも、ああ、罪悪感か」
マリーはライムの顔をジッと見つめると、それから訳知り顔でウンウンと頷く。
勝手に心を決めつけられたようで、ライムは苛立ちを覚えた。
「何よマリー、適当な事を言わないでよ。心でも読んだの?」
目つきを悪くし、声を荒げる。
すると、マリーはおかしそうに口角を持ち上げた。
「何を言うかと思えば、ふふ。ボクの魔法は魔力を持っている人間にしか使えない。魔力と感情は密接に関わり合っているからね。心眼は心を読む力ではなく魔力を見る力だ。ボクは魔力を介して人の感情や行動を読み解くが、これには対象が魔力を持っていることが重要になる。本来、スラムの人間には使えないのさ。だからボクは、はなから君には魔法を使っていないよ、ライム君。まあ、ダメ元で見てあげてもいいけど」
眼鏡の奥で宵闇の瞳が怪しく煌めく。
マリーはきっと本気だ。
「やめて! 見なくていいから!」
ライムが大慌てでマリーの瞳を塞ごうと両手を伸ばす。
しかし、マリーはヒョイと体を捻って軽やかにライムを避けた。
勢い余って飛び出した体が着地点を失い、ズサーッと床の上でスライディングする。
「痛いよ、マリー」
顎を打って、ライムがボソボソと文句を言う。
マリーは小馬鹿にするようにクスクスと笑った。
「ふふ、小娘がボクに抵抗しようだなんて百年早いのさ。ねえ、ライム君、君はユニ君に触れたいんだろう? それなら、服でも何でももらってあげたらどうかね。別に、それを身に着けて豊かな振る舞いを得たとて、誰かを裏切ったことにはならない。むしろ、自分の幸せを阻害する罪悪感など捨ててしまえばいい」
マリーはゆったりと穏やかに語る。
その言葉は説得的な雰囲気を多くはらんでいて、ライムが服や香水を身につけたがらなかった核心に触れられていた。
ツキンとライムの胸が痛む。
「だって、私だけいい思いしたら罰が当たるもの」
「当たらないさ。ユニ君は君にプレゼントをしたいと思ったんだ。そう思わせたのは他ならぬ君自身だ。任務の終了後、ノストリア王国に住まう権利が与えられることについても同様だ。君は、君の働きが、人間性が評価され、国や誰かから正当な報酬や褒美が貰える。ただ、それだけだよ」
「そう、なのかな」
「そうだよ」
ライムはしばし、心の中でマリーの言葉を反芻する。
「私、やっぱりユニに貰った物、使おうかな。服はまだ着れないけど、ボロボロの靴は足が痛くて走りにくくて嫌だったの。編み上げブーツ、可愛いなって。それに、ユニとマリーの髪、羨ましかったんだ。良い匂いがして、綺麗でスベスベで。高く売れそうだし」
ライムはモジモジと憧れを語る。
その様子は年相応の可愛らしい乙女で、マリーは笑ってしまった。
「最初から素直になればいいんだよ。君は単純なところが魅力なんだから。ま、何はともあれ良かったね、ユニ君」
マリーがポンとユニの肩を叩く。
ユニはコクリと頷いた。
「ありがとう、マリー」
静かに、自然に、ともすれば聞き逃しかねない声のトーンでユニが礼を言う。
彼の感謝が意外でマリーは数度、目を瞬かせた。
「ユニ君がボクにお礼を? 明日は雷でも降るんじゃないのかい?」
「別に」
「ふふ、そうかい。ユニ君にも意外と可愛いところがあったんだね」
マリーは上機嫌に言うと、それから玄関を見た。
壁の隙間から入り込む茜が強くなって、外はすっかり暗くなり始めていた。
「ボクはそろそろお暇させていただくよ。もう、遅いからね」
「分かった。送っていく」
マリーが立ち上がるのに合わせてユニも膝を立てる。
しかし、マリーはユニに手のひらを向けると彼をその場へとどまらせた。
「いいよ。せっかく君に心が芽生え始めたんだ。今、この時を大切にしなさい。ただ、おそらく君は主治医に『水』を持たされたね」
マリーの問いにユニはコクリと頷く。
「やっぱりか」とマリーは苦笑いを浮かべ、それから呆れたように額に手を当てた。
「君は知らないだろうが、アレは毒だ。せっかくスラム生活が続いたおかげであれを飲む機会も無くなり、洗脳が弱まっている。この機会を逃しては勿体ないよ。今掴みかけているものが本当に欲しいなら、アレはドブにでも捨ててしまいなさい」
珍しく真剣な眼差しがシッカリとユニへ向ける。
ユニは「分かった」と真面目な無表情で頷いた。
「良い子だ」
ユニの本気は伝わっているはずなのに、何故かマリーは苦しそうな表情になって彼の頭を撫でる。
普段は頭を振ったり相手の手を叩いたりしてライム以外の他人からのスキンシップを嫌がるのに、この時ばかりはユニは抵抗をしなかった。




